第35話
「陛下! お初にお目にかかります!」
「陛下! 私は――」
「陛下!」
こんな調子で、学生たちの輪の中に入った瞬間、先ほどまで談笑していた学生たちが一気に自己アピールをし始めた。
そりゃそうだろう。
目の前に国王がいれば誰だって自分をアピールする。
自分を売り出す絶好の機会なのだから。
……まあ、王様にアピールするのはわかるのだが、ククレアにアピールしている男子諸君は極刑に処すべきなのだろうか。
ククレアがなんとか躱しているからいいものの……、いや、躱していないかもしれない。
バッサリと切り捨てているねこれは。
かわいそうに。
で、フィレノアにアピールしているのはなぜだ?
やはりみんなこの国の裏の支配者をわかっているということなのだろうか。
こういう突然発生した時でも、自分をアピールできるスキルはなかなか重要だ。
まあ、僕はこの王宮での人事は一切担当していないし、首を一切突っ込んでいないのでアピールされたところでほとんど何も出来ない。
僕は王宮の人事部が採用した人から仕事を任せるし、ていうかまずほとんど僕が仕事を振ることはない。
大臣に振ってそれ以下は大臣に任せるのがほとんどだからね。
僕ではなくて人事部とか、採用関係の仕事に首を突っ込んでいる人とかにアピールした方が良い気がする。
……ああ、だからフィレノアにアピールしていたのか。
やはり学生は賢いな。
「きみ、王宮はどう?」
「え、あ、あの……」
周りに混じれず、後ろの方でこちらを見ながらもじもじとしていた子がいたので、思わず声を掛けてしまった。
わかる。こういうの怖いよね。
僕自身がそうだったからこういう人を見ると話を振りたくなるんだ。
自分からは話に行けないけれど、話したいことがないわけではないのだから。
「えっと……」
ただ、この子はそれでも話すのが苦手らしい。
まあ急に国王に話しかけられたら怖いよね。わかるよわかる。
混乱させて申し訳ないなと思いながら、少しほっこりした心持ちでいたのだが、そこに割り込んでくる男がいた。
「陛下、失礼ながら少し話に入らせていただきます」
「なんだ?」
「この者は薄汚い平民でございます。こんな者と話していては陛下まで毒されてしまう」
そうヘラヘラしながら言ってくる発言の通りの見た目をした少年。
「おっと、申し遅れました。私はウンレレグン侯爵家が長男、ヘデニ・ウンレレグンで御座います。陛下、もしよろしければ私とお話を……」
ほほーん、なるほどなるほど。
この少女はこの屁だか糞だかにいろいろ言われているわけだ。
僕は平民の人の意見を何より大切にして、よく城下に降りては話をしているのだが、それを知って僕を侮辱する用途で発した言葉なのだろうか。
ならこの少女は巻き込んで悪かったな。
「あー、ヘデニだったか?」
「はい!」
「失礼だと思うなら話に入ってこないでくれ。僕は今この子と話してるんだから」
少しイラッときちゃったから少し強めの口調で話してしまった。
想像と違った返事にどうやらヘデニも驚いたらしく、目をぱちくりさせながらこちらを見ている。
こうやって貴族の子息相手に強気に出てしまうと、変な反感を買う可能性があるからあまり得策ではないのだけれど……。
ヘデニという者は、貴族と貴族でないものの関係をはき違えているように感じる。
たしかに貴族は民の上に立っている。
貴族が倒れても基盤となっている民にほとんど影響はない。
ただ、基盤となっている民が倒れると、貴族も同時に倒れてしまう。
だからこそ国において民というのは非常に大事な存在なのだ。
食料を生産しているのは民だし、生活に必要なものを作っているのも民だ。
国を発展させていくために必要な税金の大部分を治めているのも民だ。
民が一斉にそれらの活動をやめてしまえば、国というのはあっという間に滅んでしまう。
やろうと思えば貴族家の1つや2つくらいなら簡単に潰せるほどの力を民は持っている。
それをしっかりとわかっていないと、貴族を名乗ることは出来ないと思う。
まあこれは僕の完全な持論なんだけどね。
「えっと、それはどういうことで……?」
「君はもう少し貴族というのがどのような物か理解する必要があるらしいね」
ここで変に叱って、意図はなくても見せしめのようにしてしまうのは逆効果だ。
平民のせいで俺様がこんな目に! とかっていう風になられても困る。
だから落ち着いて諭すような口調で告げる。
ここで怒っているような素振りを見せてはいけない。
「後日貴族についてしっっっかりとお勉強しようね?」
「……」
「そこの君、突然話を振って悪かったね」
「い、いえ。えっと、ありがとうございます」
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