第12話

「……」


 執務室の中、ティニーを観察しながら無言で茶を啜る少女の姿があった。


 フィレノアだ。


「えっと、フィレノアさん?随分と圧をお出しで……」


「そうでしょうか。ティニーの仕事ぶりを普段とはまた違う目線で見ているだけでございます」


「ああ、そうか……」


 すまないティニー、さすがにこの圧には僕も勝つことができない。


 ククレアはこの張り切った空気に絶えずことができずに、「わ、私は部屋でごろごろしてくるわ」と一言いい逃げるように部屋へと閉じこもっていった。


 ティニーはせっせと動き回っては掃除をしたり、お茶を変えたりと慌ただしく動き回っている。


 その額には汗が浮かび、目元はうるうるとしている。……彼女はいつもこの圧に耐え続けているのだろうか。同情する。


 集中できないながらもなんとか仕事を片付け、この状況を打破すべくフィレノアの前にゆっくりと腰を掛け、話しかける。


「フィレノアやい、ちょっと出かけないか?」


 そういうと、少し考えたようなそぶりを見せた後、多少の笑顔を見せながら答えを返す。


「そうですね。ぜひ行きましょう」


 その言葉が聞けて良かった。


 淹れたてで少々熱いお茶を勢いよく飲み干し、そのまま立ち上がる。


「ではティニー、私はフィレノアとともに少し席を外すから、その間に部屋の掃除をお願いするね」


「わ、わかりました!」


 一瞬目が輝いたのが分かった。


 僕は彼女が受けていた圧を外から見て勝手にほのかな圧を感じていただけだ。ただ、ティニーはそれを正面から受け続けていたわけだから、非常に疲れていただろう。


 僕ができるのはこれしかないし、しばらくフィレノアと2人で出かけることはなかったから、たまにはいいかなと言った感じだ。


 こちらに向かってお辞儀をするティニーに軽く手を振り、2人で執務室を出た。


「陛下、どこへ向かわれるのですか?」


「騎士団の訓練場だよ。ん、く~ッん、はぁ……。たまにはこうやって体を伸ばさないとね。ずっと仕事ばかりじゃ疲れてしまう」


 そう、軽く伸びをしたあとに、手をひらひらさせながら答えると、「たしかに、そうかもしれませんね」と、自身の今の境遇と重ね合わせた様子で返事をした。


「それに、たまにはフィレノアも戦いたいだろう?」


「……それは、そうですね。このままでは体が怠けてしまいそうです」


「ちょっと手合わせと行こうじゃないか」


 そういうと、耳をぴょこっと動かし、顔には出さないもののうれしそうなオーラを身にまといだした。


 フィレノアは、戦闘狂とはいかないものの、そこそこの戦い好きだ。


 獣族だからというのもあるだろうが、とにかく体を動かすのが好きで、まだ王太子であったころはよく手合わせをしたものだ。


 王位についてからは仕事ばかりでろくに手合わせもできていなかったし、騎士団の様子を見るという点でもいい機会だろう。


 そうこうしているうちに、執務室から最も近い闘技場である、第2闘技場へと到着した。


 どうやら今日は第4大隊がこの場所を使って訓練をしているらしい。どうやらこちらに気が付いたようで、第4大隊の隊長が駆け足で近寄って来た。


「よくぞおいで下さいました、陛下。本日はどんなご用件で?」


「ああ、いきなり来て悪いね。ちょっと様子見に、と言いたいところだけど、フィレノアと手合わせをしたくてね」


「おお、フィレノア様とですか。それは面白そうですね」


 隊長があえて後方で練習している者たちに聞こえるくらいの声で返事をしたところ、隊員たちは「陛下とフィレノア様が手合わせするらしいぞ!」と盛り上がり始めた。


 それもそのはずで、もともとフィレノアは騎士としてこの王宮に入ってきて、その後メイドとなった身であるが故、騎士団の中には知り合いが多い。


 それに、騎士団で活動していた間は、戦いに出れば傷ひとつ負わず、手合わせをすればその間合いに入ることすら不可能で、当時の騎士団長に大差をつけて勝つほどの実力を有していたのだ。


 初めは女性騎士ということもあって冷ややかな目を向けられることもあったそうだが、それを実力でねじ伏せ、今では騎士団の中で最も尊敬されている人物の1人だ。


 そして、たまに顔をのぞかせては、騎士をぼこして戻っていく現国王レイフォース、つまりは僕もまた、王としてだけではなく、1人の戦士として尊敬されている。


 自分でいうのも恥ずかしいけどね。


 そんな人たちが目の前で手合わせをするときたら、盛り上がらないわけないだろう。


 どこから聞きつけてきたのか、第4大隊以外のところからも見物人が集まってきており、こちらを見ながら楽しそうに話している。


 仕事はどうしたんだ、と思ったが、僕が言えたものでもないので口に出さなかった。


 どうやら顔を見るにフィレノアも同じようなことを思っているらしい。


 まあ、楽しいならいいんだ。つまらない人生より楽しい人生の方がよっぽどいい。


「武器はどうされますか?」


「こちらで用意するから大丈夫だ」


 そういいながら、土魔法を使って即席の片手剣を作り出す。


 これはまだ学院に通っていた時代に、僕とククレアが協力開発した魔法の1つだ。


 相当な練習と研究を重ねたために、少ない魔力でこの国有数の名刀にも引けを取らないほどの武器を作り出すことができる。


 ただ、複雑な魔法故に、そして発動にかかる魔力量が極めて多いために、使えるものはまだ僕とククレアしかいない。


 対するフィレノアは、普段からももにつけているナイフを慣れた手つきで取り出すと、そこに軽く魔力を注入して形を変化させる。


 フィレノアの使う武器は、“魔剣フェルティア”。


 形を自由自在に変えることができ、使用者の魔法を増幅させるという優れた魔剣で、僕がメイド兼、秘書兼、護衛になるときに贈ったものだ。


 肌身離さず、毎日寝る前にお手入れは欠かさないというほど大切に使ってくれているため、正直非常にうれしい。


 ただ、自分が贈ったからこそその剣がどれほどの物かを知っている。


 魔剣フェルティアには先ほど紹介したのとはまた別のもう1つの能力がある。


 それは、攻撃した相手の魔力を奪うというものだ。


 魔力は生きるために必要不可欠なもので、魔法を一切使えない者でも少なからず有している。


 それは、動物でも植物でも同じで、この世に存在する生物はすべて魔力を有し、その魔力を消費しながら暮らしている。


 魔力が少なくなれば、体の自由は効かなくなるし、もちろん魔法も使えなくなる。


 そのため、フィレノアとの戦いはできるだけ攻撃を食らわないようにしないといけない。


 さすがに1発攻撃が入っただけで相手のすべての魔力を吸い取るような効果はない。もしそんな効果が魔剣フェルティアに備わっているのなら、それをフィレノアに贈ることはしない。


 あまりにも危険すぎるからだ。


 僕の魔力は平均よりはるかに多いため、正直1回や2回攻撃を食らったところでそこまでの支障は出ない。


 ただ、食らわない方がいいのは確かだ。


 10回も20回も攻撃を食らえば僕にも感じる程度の支障は出るわけだし、攻撃を食らえば食らうほど魔力はフィレノアに渡る。


 フィレノアの得意魔法である身体強化は、魔力量に依存するため、攻撃が入れば入るほどフィレノアは強くなっていくのだ。


 正真正銘、彼女はこの国で5本の指に入るほどの実力の持ち主。油断はしてられない。

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