第六話 父は――

 ――ゴエティア・封魔局本部――


 朝霧の返答によって局長が固まる。

 いや、マクスウェル局長だけでは無い。

 フィオナもドレイクも困惑しているであろう事が、

 背中からひしひしと伝わる空気の重さで理解出来る。


「お断りします。」


「いや、二度も言わなくて良いよ……」


「聞こえなかったのかなって。」


「ちゃんと聞こえたから固まってたんだ!」


 封魔局員たちは頭を抱えつつ理由を問う。

 ただ朝霧からすればそれは当然の解答だった。


「私には元の世界での生活があります。」


 彼女には責任と矜持を持って行う仕事があった。

 平和を守れというのなら元の世界の平和を守る。

 そして何より、朝霧本人は認めたくは無かったが、

 未だ父への執着も確かに残っているようだった。


「別に魔法使いになりたいとは思っていません。

 私の故郷は『向こうの世界』です。」


「なるほどな……君の意見は理解した。」


「ご理解頂きありがとうございます。

 ではすぐにでも元の世界に――」


「――いや、それは出来ない。」


「え?」


「理由は二つあるのだが、まず一つ。

 今の君は元の世界に帰る手段が何も無い。」


「!?」


 朝霧の頬を汗が伝う。

 しかしこの世界の住人からしてみればそれは当然だ。

 そもそも決別のためにこの世界を作り上げたのだから、

 わざわざ戻るための手段や技術が進歩するはずが無い。


「でもっ、アトラスは移動したじゃないですか!?」


「そのアトラスこそ前代未聞の非常事態だったのだ。

 ……いや全く前例が無い訳でも無いが、少なくとも!

 今の我々には君の帰還を助けてやれる術が無い!」


 結論、『帰るのは無理』。

 そうはっきりと突き付けられた朝霧は

 頭が痛くなりそうなのを抑えながら続きを聞く。


「それで……二つ目は?」


「君がもう既に魔法使いになっていることだ。」 


「魔法、使い?」


 指摘を受けて朝霧はようやく理解した。

 軽く力を込めただけでコップを破壊する超パワー。

 あれこそが朝霧が魔法使いとなった片鱗であると。


 こんな規格外の力を持っていては日常に戻れない。

 朝霧は己が掌を寂しそうにジッと見つめた。

 だがそんな彼女を余所に局長は続ける。


「――魔法使いと普通の人間を隔てる決定的な差は

 その『祝福』と呼ばれる異能力の有無だ。

 個々人によってその詳細は大きく異なるのだが、

 神が与えし恩恵を全ての人間は。」


「え……? それはどういう?」


 朝霧の脳裏に浮かんだ疑問。

 それに答えたのはドレイクだった。


「人間なら誰でも魔法使いになれるって事だ。

 まぁ既存の魔力に触れることで覚醒は促されるから、

 魔法を知らない奴は未覚醒のまま一生を終えるがな。」


「その通り。そして祝福覚醒者の魂は、

 異能力を扱うために魔力を生み出し始める。

 こうして力を得た者を我々は『魔法使い』と呼ぶ。」


「……私が魔法使いということは、

 この力、こんな力が私の祝福ですか?」


 朝霧は壊すしか出来ないような力に嫌悪を示した。


「う、む……思うところはあるだろうがそうなるな。

 恐らくで覚醒したのだろう。」


(ん?)


 ――朝霧は話の中の間違いに気づく。

 覚醒の要因はアトラスの魔力では無い。

 まず間違いなく、あの『骸骨頭』だ。

 誤解があっては困ると思い朝霧は訂正する。


「いえ、恐らく私がこの祝福に目覚めたのは

 変な骸骨頭が何かしたからです。」


「……え?」


「ドラゴン?の頭のような頭蓋骨で顔を隠した、

 黒い服の……多分男ですね。」


「「ッ――!?」」


 本日二度目、場が凍りつく。

 朝霧もそんな空気に気付き困惑するが、

 やがてその緊張を切り裂くように

 カタカタと震えた局長が大声で怒鳴った。


「『特異点』……だとッ!?

 ならば朝霧貴様っ! 亡霊達スペクターズのスパイか!?」


(知らない単語がいっぱい出てきた!)


 朝霧は動揺と共に怖くて身を震わせる。

 するとそれを見た局長もまたハッと目を逸らした。

 現場には数秒の沈黙が長く、重く鎮座する。

 やがて見かねたフィオナが切り出した。


「どうやらお互い時間が必要なようですね。

 空き部屋に案内します。朝霧、ついて来なさい。」


「は、はい……!」


 呼ばれるがまま朝霧はフィオナに続く。

 退出時、両手を机につけ冷や汗を掻く局長が

 やたらと印象に残ってしまった。

 そうして朝霧たちが部屋から離れたのを確認すると

 ドレイクが溜め息混じりに口を開く。


「どうすんの局長?

 歓迎ムードからいきなり敵意むき出しちゃって。

 まさか本当に亡霊達スペクターズだと思ってないよね?」


「……なぜ無いと言い切れる?」


「黒幕の話をアッチからわざわざしたからだよ。

 奴が口止めしていない証拠だ。

 少なくとも、大した情報も目論見もないよ。」


「そうかもしれん。……が、あの慎重な黒幕が

 何の計画性も無く見ず知らずの女に祝福を与えたと?

 しっかり調査しない訳にはいかない。」


 ドレイクは両手の平を上に向けて首を振る。

 しかし跳ね上がった局長の警戒心は収まり切らず、

 数秒ほど俯いた後、彼は厳かに決心をした。


「……奴を、呼ぶか。」



 ――――


 局長室を後にして、

 何が何だか分からない朝霧の意気は消沈していた。

 まだ急に怒鳴られた衝撃から抜け切れず、

 彼女の体は凍えるように小刻みに震え続けている。

 するとそんな朝霧の隣からボソッと愚痴が聞こえた。


「チッ、無能が。」


 語気の強いその言葉に

 朝霧は思わずヒッと声を上げて顔を向ける。

 するとそこには鬼の形相をしているフィオナがいた。

 だが彼女は朝霧の様子に気づくと慌てて訂正を始める。


「あぁ……すまない。

 君のことじゃなくてあの局長に対してだ。

 気にしないでくれ。」


(それはそれで問題では?)


「全く……戦争でが軒並み死んだせいで

 局長になったとはいえ、仮にも組織のトップが

 あんなに動揺してどうする?」


「あはは……フィオナさんはしっかりしてますね……」


 思わず声が震えてしまう。

 体は大きな朝霧だったが小動物のように

 ビクビクと萎縮してしまっていた。


「だからフィオナでいいってば。

 君にもっと事情を聞いておくべきだった。

 私の落ち度だ。」


 そうこうしている内に二人は空き部屋に辿りつく。

 中はベットに机、トイレやシャワー室があり、

 まるでホテルの一室のような内装をしていた。

 朝霧は「続きは中で」とフィオナに誘われる。


「さて、どこから話そうかな……?」


 朝霧を椅子に座らせて、

 給湯室にて飲み物を用意しながらフィオナは呟いた。

 ようやく落ち着きを取り戻しつつあった朝霧は、

 そんな彼女に注文するように声を発する。


「じゃあさっきの、亡霊達スペクターズ? ……からお願い。」


「了解。」


 ココアを渡すとフィオナも朝霧の対面に座る。

 そしてスプーンでかき混ぜながら彼女は続けた。


「まぁ一言で言えば、敵だな。」


「敵?」


「そ。我々封魔局の倒すべき敵。」


 カツンとカップの縁を鳴らしフィオナは語る。

 曰く、先の会話にもあった戦争の終結後、

 ただでさえ悪かった魔法世界の治安は荒れた。


 その代表例が犯罪者たちのコミュニティ『闇社会』。

 そしてそんな闇社会の中でも特に

 積極的に犯罪を犯す魔法使いの集団が『亡霊達スペクターズ』だ。


「で、その亡霊達スペクターズのリーダーこそが≪黒幕≫だ。」


「私の力を覚醒させた、あの骸骨頭ね?」


「だな。本名も目的も不明の……だ。」


 仰々しい文言を簡単に並べながら、

 フィオナはココアを啜った。


「あれ、じゃあまさか、さっき私は……?」


「奴の派遣した尖兵だと疑われた訳だ。」


「だ、断じて違いますからね!?」


「疑ってないさ、私はね。」


 慌てて身の潔白を主張する朝霧に、

 フィオナは笑顔を向けていた。

 だが彼女はすぐにその笑みを顔から消し去ると、

 机とメモを自身の側に引き寄せる。


「さて、一方的に話しては同じ轍を踏むな。

 奴と出会った詳細を聞かせてくれ。」


「はい……あの男、黒幕が私に話しかけました。

 詳細ははっきり覚えていませんが……

 俺からの祝福だ、とか言っていた気がします。」


「ふむ、恐らく奴自身の祝福のことだろうな。

 本来ごく低確率で覚醒する祝福を奴は出来る。

 ……詳細を思い出せないのは暴走の影響か?」


「いえ、恐らくその時はアトラスに心臓を

 撃ち抜かれていたからだと思います。」


「……心臓を撃ち抜かれた状態で……黒幕と話した?」


 フィオナの疑問で朝霧も自身の異変に気づく。

 なぜあの時、自分は生きていたのか、と。

 祝福が覚醒したのは心臓を貫かれたその後だ。

 少し考えた後フィオナが疑問を投げかける。


「君のご両親のことを聞かせてくれ。」


「……? 母は普通の人です。

 父は……物心つく前に蒸発しました。」


 質問の意図に朝霧が気づく。

 彼女は心臓を撃ち抜かれたのに、

 それでも会話が出来るほどの時間を生き永らえた。

 ここに魔法の存在が無いという方がありえない。

 そしてもし、そんな魔法をかける人物がいたなら――


「父は――魔法使い?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る