第五話 封魔局

 ――魔法使い、そして魔法世界。

 突拍子も無い非現実と納得せざるを得ない現実。

 突きつけられた言葉に朝霧は動揺を隠せないでいた。

 するとその時、フィオナの懐にて振動が起きた。 


「おっと……切り忘れていたか……」


(あれって……携帯電話?)


 フィオナが取り出したのは見慣れた端末。

 細かいデザインには差異こそあるが、

 朝霧のいた世界の携帯電話と瓜二つの代物だった。


 そこで朝霧はふと気になり再び外を眺めてみる。

 やはりそこはオカルティックな魔法世界というよりも

 システマチックな近未来都市と呼べる景色だった。


「イメージと違ったかな?」


「はい。魔法使いの世界って……もっとこう……」


 中世欧州の封建社会のような、

 言ってしまえば元の世界よりもイメージだった。

 もちろんそんな事は口には出せない。

 だがフィオナにはその考えを見破られたようだ。


「移動がてら少し街並みを観賞しよう。歩けそうか?」


「は、はい! えっと……どちらへ?」


 携帯の画面を横目で見つめながら、

 フィオナはため息混じりに答える。


「私の上司が君に会いたいそうだ。」



 ――――


 病院を抜け出すとそこには綺麗な風景が映る。

 ビルは競うように高く伸びているが、

 乱雑というよりはむしろ規則正しさを印象付ける。

 主に白や銀色で統一された建物群と、

 その合間に通った水路は清潔感を醸し出していた。


 さらに遠くへと目を向けてみると、

 一カ所だけ大きな橋が掛かっていたが、

 その他は街をぐるっと一周深い青色のが囲んでいた。


「もしかして……この街って。」


「正解。ここは『ゴエティア』。

 原初の都市の一つで、この魔法世界の中心部だな。」


 そう答えたかと思うとフィオナは朝霧を導く。

 彼女に続いて歩き始めると、

 次第にその街に住む人々の生活も見えてきた。


 洒落たカフェのバルコニーで食事をとる女性たち。

 工事現場で鉄骨を運搬する男性たち。

 或いはペットと無邪気に戯れる幼子たち。

 街征く人々の行動は理解出来る。

 朝霧のいた世界と何ら変わらない日常だ。


 だが確実に、その日常に『魔法』が溶け込んでいた。


 バルコニーの女性たちには機械人形が食事を運び、

 作業員たちはブルーシートの代わりに結界を貼った。

 そして子供たちと遊ぶ謎の小動物は宙を駆け回っていた。

 見慣れた光景のはずなのに、その細部が違う。

 それらはこの世界の異世界感を朝霧に強く印象付ける。


「素敵……」


 感動にも似た心の躍動を覚え、

 朝霧は目を輝かせながら想いを吐露した。

 そして踊る胸の高鳴りを身体へ流し、

 彼女は跳ねるようにフィオナの傍に寄る。


「あ、あのっ! フィオナさん!」


「フィオナで良いよ。どうした?」


「じゃあフィオナ……!

 これから行く所はどんな場所なの?」


「封魔局という組織の本部だ。」


「そこにも凄い魔法が沢山あるの?」


 昂ぶる感情のままに弾む声で朝霧は問う。

 次はどんな風景が見られるのか。

 今の彼女はそんな期待で胸が一杯であった。

 が、浮かれる朝霧とは対称的に、

 フィオナの解答はとても冷めた物だった。


「封魔局は……警察組織だ。」


「え?」


「観光気分にさせてしまったのならすまない。

 君は今、所だ。」


「ええぇ!?」



 ――封魔局本部――


 聳え立つ立派な白銀の建物は

 広い駐車場と行き届いたガーデニングに囲まれていた。

 細かく材質をみれば近代的あるいは未来的と言えるが、

 遠目からの風景はむしろ中世の城のような印象を与える。

 それが件の警察組織『封魔局本部』の外観であった。


(凄い、威厳のある建物……!)


「――来たか。」


 圧倒されていた朝霧に声を掛ける男がいた。

 金髪に鋭い目をした若い男であった。

 そして彼の接近に気付きフィオナが頭を下げる。


「ドレイク隊長。例の子を連れて来ました。」


「おう。ついて来い。」


 ドレイクは短くそう呟くと、

 威圧的な態度で朝霧を本部に招き入れる。


 こんな扱いの理由は大体察することができた。

 アトラスをからだ。


 追跡中の被疑者を殺した部外者、それが朝霧になる。

 警察組織として無視出来ないのは納得だ。

 また朝霧自身、魔法の力に目覚めている。

 目に見える拘束が無いだけ温情と言えるほどだろう。


 地下牢にでも閉じ込められるのだろうか。

 そんな不安とは真逆に三人は上層階まで上った。

 ここだ、と言われ立ち止まった部屋には

 と書かれているのが理解出来た。

 動揺する朝霧を余所ににドレイクが扉を開ける。



 ――局長室――


 書斎のような統一された茶色が綺麗な局長室。

 赤いカーペットと金色の装飾がその権力の強さを物語る。

 棚には見たことも無い品々が置かれているが、

 それ以外は元の世界にあっても違和感が無い。


 やがて窓を見ていた椅子がくるりと回る。


 其処には右目にモノクル、両手に白手袋を、

 そして白い前髪を若々しく立ち上げた初老の男性が

 朝霧を鑑定するようにジッと見つめていた。

 男はしばらく彼女の顔を眺め続けると、

 数秒ほど掛けて勿体ぶったように口を開く。


「君が朝霧桃香だね?

 私は封魔局局長、エドワード・J・マクスウェルだ。」


「ど、どうも……!」


 いきなり局長の前にまで連れて来られ、

 朝霧はすっかり混乱してしまう。

 しかしそんな彼女の態度に対して

 マクスウェル局長は柔らかな笑みを零す。


「フッ、そう固くならなくても良い。

 何も捕まえようと言う訳じゃないんだから。」


「え?」


「担当直入に言おう、朝霧桃香殿。

 君には封魔局の特殊戦闘部隊に入隊して欲しい。」


「な――!?」


 朝霧の驚愕と困惑は続く。

 そして背後に控えたフィオナに対して、

 彼女は小声ながらも捲し立てるように迫った。


(ちょっとフィオナ!? 私は捕まるんじゃないの!?)


(? そんな事は一言も言っていないが?)


(いやだってさっき『連行』って!)


(強制的に連れてくるんだ。表現に間違いは無いだろ?)


(そうだけど、そうなんだけどぉっ……!)


 朝霧はパンクしかけた頭を掻き乱し、

 フィオナがそれをニコニコと笑顔で見つめる。

 そしてそんな二人の姿を冷めた目で眺めながら、

 マクスウェル局長は草臥くたびれた声色で呟いた。


「そろそろ良いか?」


「あ、はい。すみません……!」


「まぁ君の混乱も分かる。

 そうだな……まずは少し歴史の話をしようか。」


 マクスウェルは両の手を握り合わせると、

 鎮座した自身の体を中心に冷たい魔力を解き放つ。

 やがて室内の空気を一転させると、

 鋭く真剣な眼差しでこの魔法世界の歴史を語り出した。


 ――曰く、それは今から約三百年も前の事。


 ある偉大な三人の魔法使いがこの魔法世界を創生した。

 目的は当時元の世界で流行した『魔女狩り』からの避難。

 話によると、地球上に残る全ての神秘が彼らに続き、

 約二百年前には完全な移住が完了していたらしい。


 ――しかし、人間は争いをやめられない。


 そしてそれは魔法使いであっても変わらない。

 この魔法世界でも大なり小なり争いは起きたのだ。

 これでは本末転倒。異世界に逃れた意味が無い。


 そこで当時の魔法使いたちはある組織を作る。

 平和維持のための行政機関『魔法連合』、

 そして治安を維持する実働部隊『封魔局』である。


「つまり我々『封魔局』は政府直属の武装集団だな。」


「封魔局に、魔法連合……」


 朝霧は元いた世界の裏で起こっていた、

 規模の大きな話に思わず息を飲んだ。

 しかしそんな彼女の呼吸も整わぬ内に、

 マクスウェルはさらなる情報を与える。


「……問題はここからだ。

 約九年前、この世界で大きな『戦争』が勃発した。」


「な!?」


 魔法使い同士の戦争。

 その苛烈さは朝霧にも容易に想像出来た。

 また戦争には封魔局も参加せざるを得なかったらしく、

 当然、その過程で多くの犠牲を払ったようだ。


 長年封魔局を支え治安を守ってきたべテラン、

 危険な戦場でも最前線を任されたエース、

 そして次の世代を担うはずだったルーキー、

 それらが一切の区別無く、皆平等に死んだ。


「幸い、戦争は五年前に終結した。

 だが爪痕も大きく、この世界は今不安定な状態なのだ。」


 魔法連合の力が弱まっている時期は、

 当然影で良からぬ事を企む輩が急増する。

 そうなれば当然、民衆は封魔局を頼る。

 だか彼らも戦争で人員が不足していた。


「そこで――だ!」


 一通り話し終えると局長は朝霧に向け指を差した。


「≪魔弾≫のアトラス。君は彼を単独で撃破して見せた!

 あのアトラスを単独で撃破出来る魔法使いなど

 封魔局でもそこのフィオナか、隊長たちくらいだ!」


(ようやく話が見えてきた。)


 局長の言葉には熱が入っていた。

 要は人手不足の現状に優秀な人材を

 見つけたからスカウトしたいということらしい。


「朝霧殿。君にはぜひ封魔局員として戦って欲しい!」


(どうやら本当に私を幽閉する気は無いみたいね?)


 状況を飲み込み、現状を理解する。

 そして朝霧の心にある本音と向き合った。

 すぅ、と一呼吸置くと、彼女は言葉を発する。


「お断りします。」

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