第二話 逃ガサナイ

 ――都内・地下通路――


 外の光がほとんど届かず、

 照明の灯りのみ妖しく輝く薄暗い地下通路。

 特段珍しくもないその道にポッカリと、

 異質な次元の裂け目は存在していた。


 裂け目から人間が二人顔を出す。

 一人は赤い髪に橙色の瞳の女。

 もう一人はすらっとした体型の金髪男であった。

 男の方が呪文をつぶやく。

 男たちを中心に透明な円が広がる。


「よし、人払い完了っと!

 んじゃ行こっか。フィオナ。」


 軽い口調で男は話す。呼ばれた女が口を開く。


「手間取らせて申し訳ありません、ドレイク隊長。

 私にもっと権限があれば

 ここまで時間がかかることには……」


「何言ってんだ。お前だから許可が降りたんだ。

 への干渉なんて俺たちにとっても初めての事。

 むしろ、上の対応は迅速な方だと思うぜ?」


 男の言葉に女は頷く。


「はい。理解しています。

 ……この裂け目もじき消滅しますね。

 急ぎアトラスを処理しましょう。」


「だな、は辿れそうか?」


「はい、捉えました――」



 ――都内・高層マンション屋上――


 灰色に統一された地面の上。赤い汚れが三つ目立つ。

 高層マンションの屋上。やたらと曇った空が近い。


 赤い汚れの一つが少し動く。朝霧だ。

 うつ伏せの状態で顔を横に向けている。


(熱い。痛い。苦しい。)


 呼吸も乱れ思考もおぼつかない。

 その目に既に光りは無く、視界はかなり狭い。


 心臓を撃ち抜かれてから、

 一体どれほどの時間がたったのだろう。

 今にも降りだしそうな空模様。空気が冷え込む。

 しかし周りの環境に逆行するように

 朝霧の体は激痛で燃えるように熱かった。


(熱い。痛い。苦しい。)


 同じ言葉が脳裏をぐるぐる回る。

 何度も、何度でも……


(熱い。痛い。苦しい。)

(熱い。痛い。苦しい。)

(熱い。痛い。苦しい。)


『――いや、なんでまだ生きてんの?』


 声がした。まるで機械音声。

 声を無理矢理変えているような耳障りな音。

 朝霧は視界に誰かいることにやっと気がつく。

 声の主がしゃがんで朝霧の顔を覗き込む。


 黒いジャケット、黒いズボン。

 白いシャツに紫色のネクタイ。

 ――普通だ。

 町にいても違和感の無い見た目をしている。


 ある一点を除き。――だ。


 その人物の頭は何かの生物の頭蓋骨であった。

 手は人間のそれであるから恐らく被り物なのだろう。

 とげとげしい見た目の、人間とはかけ離れた頭部。

 まるで神話や伝説のドラゴンの頭のようだった。


も未覚醒かな? でも血を流しすぎてる。

 ……もうすぐ死ぬね。』


 あまりに軽い死の宣告。「死ぬね」。

 その言葉に朝霧の脳は再び動く。

 死にたくない、と。

 生気の無い声を絞り出し言葉を紡ぐ。


「……いや、だ……まだ、死にたく……ない!」


『――でしょうね。

 ホントに死にたい奴なんかこの世にいない。』


 淡白な回答に腹が立つ。それだけでは無い。

 元凶の大男にも腹が立つ。

 ここで死ぬことにも腹が立つ。

 そして、成し遂げられない自分にも腹が立つ。


「まだ……何も! ……出来て……ない。」


『ほう?』


 言葉に思いを乗せる。

 浮かび上がるのは今際の母の顔。

 顔も知らない父への気持ち。

 あの日誓った思いを乗せる。


「まだ……父に! ……!」


『――復讐! クッ、フフ、君は復讐がしたい!

  フハハハハ! 自分の死に際に復讐を望むか!』


 さっきまでとは打って変わり、

 骸骨頭は腹を抱えて爆笑していた。


『良いだろう! 気が乗った!』


 骸骨頭が短い杖を取り出し

 大きな円を描くように振り回す。

 雲が一層暗くなる。雷が落ちる。

 まるで悪魔との契約を称える喝采のように。


 次いで朝霧の頭へ腕を伸ばす。

 その手には黒いエネルギーが

 電気のようにビリビリと纏っていた。

 エネルギーが朝霧を蝕むと

 骸骨頭は両手を広げ高らかに咆吼する。


『さぁ! これより先は生き地獄!

 自ら望んだ生への執着!

 あのとき死んでおけばと後悔すんなよ?

 これは俺からお前への――祝福だ!』


 莫大なエネルギーが朝霧から放たれる。

 刺すようなオーラを纏い、地面に腕を立てた。

 傷は既に塞がり、はユラリと立ち上がる。


 瞳は赤に染まり、ボロボロの服と

 漂うオーラが異形の生物のように錯覚させる。

 まるで、手負いの化け物が目覚めるかのような

 そんな恐怖を与えるほどの禍々しさだった。


「ア、アアア――――ッ!!!!」



 ――――


 何か音が聞こえたか。

 路地裏に潜む大男アトラスは

 さっきまでいた高層マンションに目をやる。


 何か変だ。何かがいる。

 警戒し、光の玉を取り出しの襲来に備える。

 来るか、来るかとその方向に全神経を尖らせる。

 尖らせてしまう。


 ミ ツ ケ タ


 一瞬の隙、瞬き一回のわずかな隙間。

 狙ったのか偶然か、その刹那にそれは来た。


 ドォオオン!!!!


 跳躍一回、この距離をつめる。

 目の前の化け物にアトラスは戦慄する。


「逃ガ……サナイ。」

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