第2話


 レギアスのバイト先は王都の繁華街から少し離れた場所にある魔導書店である。

 基本的に、王都での仕事には魔法が欠かせない。それは仕事の効率と言うこともあるが、事故防止も含め常に魔法で仕事が管理されている。そこへ魔法の適正が無いレギアスが入ってしまうと、それだけで仕事に支障をきたしてしまう。それに魔法が使えない者はかなり珍しく、あまりレギアスを目立たせるわけにはいかない。

 そこでオルガの紹介で魔法を使わないでも働けるこの魔導書店にバイトとして入った。

 此処の店主である初老の女性は今時珍しく魔法を嫌う人であり、仕事で魔法を使うことはしない人間だった。それにレギアスが魔法を使えなくとも特段気にする事も無く、仕事さえきちんと熟せば重宝してくれるので、レギアスは感謝している。

 魔法嫌いの人間が魔導書を売るという、少し変わった店でレギアスはスタッフとして働き、巷では働き者の好青年と噂されている。


 しかし今日のレギアスはボーッとして仕事の手が止まっていた。幸いにも今日は客足も少なく、レジで頬杖を突いていても大丈夫だった。

 レギアスの頭の中では武器の件で一杯一杯だった。武器の事は忘れて魔力操作で何とかしようとも考えたが、それでは折角の威力も激減してしまう。

 やはり武器が必要なのだ。


「えい」

「って……」


 考えに耽っていると、誰かがレギアスの頭を本で軽く叩いた。

 叩かれた場所を手で摩り、目の前に立っている少女に気が付いた。レギアスと同じエプロン姿からバイトの同僚だと分かる。

 明るめの甘栗色の長い髪に紅い瞳、整った顔はベールにも負け劣らない美少女。ベールに勝っているとすれば、それは胸の大きさだろう。ベールよりも大きく且つ全体のバランスも悪くない。決して胸が大きければ勝ちと言うわけではないが、それは言葉の綾である。


「なぁにボーッとしてるのかなぁ?」

「あ、ああ。悪い悪い、ちょっと考え事をしててな」

「ふーん」


 少女は抱えていた数冊の本を魔法で浮かばせてあるべき本棚へと飛ばした。それが終わるとレギアスに微笑みを向けて顔を近付ける。


「悩み事?」

「まぁ、そんなところ」

「ふふん、ならこのクレイセリア先輩に打ち明けてみなさい」


 ぷるるんっ、と胸が揺れた。

 レギアスも男の子である。視線が行くのも無理ないだろう。


「んー、でもなぁ……」

「まぁまぁ、何が答えに繋がるか分からないじゃない。話してみるだけでも楽になるかもよ?」


 表情豊かにリアクションしながら迫るクレイセリアに、レギアスは駄目元で訊いてみることにした。


「クレイセリア先輩は武器に詳しかったりするか?」

「わーお、予想外の悩み。んー、現代兵器には詳しくないけど、伝説の武器とかなら知識は豊富だよ」

「伝説……?」


 そこでレギアスはふと思い付く。

 通常の武器ではレギアスの魔力に耐えられない。だがもし伝説上の武器が存在するのなら、中にはドラゴンの魔力にも耐えうる物があるのではないだろうか。突拍子も無く現実的ではないが、最早空想に縋り付かなければならない程、手段が存在しないのも確かだ。

 僅かな望みに賭け、クレイセリアに質問する。


「だったら先輩、伝説の武器でドラゴンが使っていた武器とかある?」

「え? うーん、伝説だとドラゴンは武器なんか使わなかったからなー」

「あー、そうだよな」


 一般的に知られているドラゴンの姿は、端的に言えば翼の生えた蜥蜴。それが山のように大きいモノであったり、火を吹いたりするものだ。レギアスも父親がドラゴンだと知り、人間と同じような姿でもあると知ったばかりだ。クレイセリアが知っている伝説も一般的に知られているものであろうし、人間の姿をしているとは記されていないだろうから武器だって知らない筈だ。


「あ、でもドラゴンを素材にして造られた武器ならあるよ」

「――え、マジで?」


 まさかの返答に、レギアスは目を丸くした。

 クレイセリアはうんうんと頷き、魔法で手元に一冊の本を呼び出した。


「初代竜騎士が使ってた武器なんだけど、ドラゴンの牙と心臓を素材にして鍛えられた竜騎士最強の剣、その名も――【竜剣】」

「りゅう、けん……?」


 クレイセリアから受け取った本は伝承を基に綴られた物語。【竜剣伝説】とタイトル付けされたその本を開いて流し読みしていくと、初代竜騎士が竜剣と共に旅をする内容のようだ。


「竜剣に関しては実在したって説が濃厚なんだよね。でもまだ誰も発見出来てなくて、今でも調査団が結成されて世界中を回ってるみたいだよ」

「……初代竜騎士に関しての資料って、一般人でも手に入るのか?」


 レギアスはこの問題の解決の鍵は初代竜騎士だと思った。だが初代竜騎士に関する資料を目にしたことは今までにない。竜剣物語のような小説ならあるが、専門的な情報が纏められたモノは基本的にその手の機関が保管している。一般公開されているモノもあるにはあるのだが、やはり情報量は格段に違う。


「貴族なら兎も角、庶民は無理じゃないかな」

「そうか……」

「あ、でも私達の学校ならあるじゃん」

「――ああ、学校図書館!」


 イングヴァルト王立騎士学校は初代竜騎士が設立した長い歴史を持つ学校。当然、初代に関しての資料の幾つかは学校図書館に置かれている。誰でも簡単に閲覧できる訳ではないが、許可さえ出されれば、レギアスにだって閲覧可能だ。

 クレイセリアもレギアスと同じ学校に通う生徒であり、だからその事を知っているのだ。

 思わぬ収穫と可能性にレギアスは心が軽くなり、悩みの解決に力を貸せたかな、とクレイセリアは得意げに胸を張って喜んだ。


「流石先輩、助かったよ」

「でしょう? あ、その本貸したげる。小説だけど、それでも伝承を基に書かれてる物の中で一番詳しく描かれてるから。あ、まだ数章あるからそれも貸してあげるね」

「良いのか? 早速今晩にでも読み明かすよ。ありがとう」

「お礼に、図書館で閲覧する時に私も誘ってよ。歴史とか伝説とか大好きだし、助けになるかもよ?」


 レギアスはクレイセリアの厚意に感謝し、その日のバイトを終えた。ついでにクレイセリアと連絡先を交換し、いつでも相談出来るようになった。




 その日の夜、レギアスは竜剣物語を熟読していた。

 思えば、レギアスは竜騎士に関しての知識が殆ど無い。知っている事は世界最強の集団であり、それぞれが領土を持っており、基本的にその周辺の統治と討伐を行っている事ぐらいである。一昔前は頻繁にドラゴンの討伐に赴いていたが、今は内政に力を入れているようだ。

 竜騎士の顔も戦い方も知らないが、彼らが放つプレッシャーを味わった事があるレギアスは、その実力の高さだけはある程度分かっているつもりだ。


 初代竜騎士の話に戻ると、彼は初代マスティア国王でもあり、国王でありながら冒険者でもあったと言う。

 彼は人類の中でも最強の力を持っており、ドラゴンを一人で倒せる実力を持っていた。人々は彼を神と崇め、世界が彼を中心に回っていた時代もあった。

 先に行った通り、彼は元々冒険者であった。竜剣伝説では、マスティアは国では無かった。所謂一部族であり、彼がドラゴンを倒してから建国したという。国王として君臨しても尚、冒険を止めなかった。最初に倒したドラゴンの牙と心臓を核に造られた竜剣と共に世界を渡り、人類に禍を振り撒くドラゴンと戦い続けた。

 彼が見てきた世界は、今では想像出来ない美しさだと言う。緑に溢れ、母なる広大な海が太陽で輝き、数多くの生命で世界は溢れていた。この物語では嘗て大陸は一つだったと書かれている。彼は生きている間に大陸全てを回り、その至る所に彼の存在を刻み込んだ。

 マスティア本土にも、初代竜騎士の遺跡が幾つもある。だが彼に関する文献は少なく、遺物さえ残ってない。遺跡から得られる僅かな情報から今の像を組み立てた為、事実とは異なるものが多々あるだろうが。


「彼の者は生涯で最後のドラゴンを討ち、その後は真王として人々を導いた……か。初代も今や世界の半分がドラゴンに支配され、デーマンが蔓延る世の中になるとは思ってもみなかっただろうな」


 彼がどう言うつもりで政治に力を入れたのかは分からない。戦えない歳になったから玉座から離れなくなったのか、それともいずれドラゴンに世界を支配されると悟り、後世の育成に力を注いだのか。いずれにせよ、彼は最後のドラゴンを倒してから一度も戦場には立たなかった。

 そして竜剣だが、物語の最後では初代がその力を悪用されることを防ぐため、何処かへ隠したとされている。そこで竜剣伝説の幕は下り、物語は完結した。

 彼が経験した冒険を、少ない情報からよくも此処まで濃い内容に仕上げたと思う。この著者はかなり勉強してこの物語を書き上げたのだろう。実に面白く、時間を忘れて読み切ってしまった。


 特にレギアスが興味を惹かれたのは、冒険の中で得た仲間達とマスティア王国を建国した話だ。数多の苦難を共に乗り越え、一丸となって強敵であるドラゴンを討ち、世界から認められた。仲間達との冒険譚がレギアスの心を踊らせた。

 故郷を飛び出した今、世界を回る冒険に夢を見ることがある。その先で新しい出会いを得て、今まで味わった事が無い経験をしてみたい。そう思う事が、レギアスは最近よくあるのだ。

 当初の目的を忘れ、ただ純粋に物語を堪能してしまったレギアスは眠気もすっかり無くなり、積み上げられた竜剣伝説の本を前にホットミルクを飲む。


「……俺も力を完全に制御出来たら、世界を見て回れるか?」


 ――だったら、見せてやろうじゃねぇか。


「ッ!?」


 突如、レギアスの頭に声が聞こえてきた。その声の主は裏レギアスであり、レギアスは精神世界に引き摺り込まれた。

 目を開くと、以前と同じように鎖で簀巻きにされた裏レギアスがいた。相変わらず剣が突き刺さっている姿がシュールである。


「お前……何の用だよ?」

「お前がセンチメンタルな事を口にしたから、この俺が良い事を教えてやろうと思ってな」


 人間のレギアス――表レギアスは裏レギアスをジトーと睨み付けた。

 裏レギアスがそんな殊勝な事をする筈がない。また何か企んでいる事は分かりきっている。だが裏レギアスの企みが不本意ながら表レギアスに有益を齎したのは事実。まだ完全に聞く耳を貸さないとまでいかなかった。

 表レギアスは警戒心を持ちながら、裏レギアスに話してみろと目で訴える。

 裏レギアスはフッと笑ってから口を開く。


「お前が魔法を使えないのは当然だ。お前が学ぼうとしているのは人類の魔法だからな。そこは分かってんだろ?」

「ああ」

「人類が使う道具、術式にドラゴンの魔力が収まるものか。だったらドラゴンのものを使えばいい」

「くどいな。そんなことは分かりきってるんだ。早く要求を言え」


 表レギアスは既に分かっていた。裏レギアスは表レギアスが魔法を使えるようにする為の術を教えようとしている。その代償として、ドラゴンの力を上げて肉体を乗っ取ろうとしているのだろう。

 そんな危険な真似を普通ならしないだろうが、表レギアスの腹は既に決まっていた。

 裏レギアスもそれを察したのだろう、満足げな笑みを見せる。


「竜剣は存在するぞ」

「――何?」


 初代竜騎士が愛剣として使用していた竜剣が実在すると、裏レギアスは告げた。

 嘘や冗談で言っているのではない事は、表レギアスは確信していた。

 裏レギアスは柱と柱に吊されている身体を器用に動かし、ハンモックに寝そべっているような体勢になる。ユラユラと身体を揺らしながら、裏レギアスは言葉を続ける。


「この世界に生まれ落ちてからビンビンと感じる。竜剣は今も力を失わず存在している」

「……何処にあるんだ?」

「黙示の塔。そこを探しな。流石に場所までは分からんが」


 黙示の塔、その名をレギアスは聞いたことがない。

 だが裏レギアスの言う事が本当なら、そこに竜剣があるのか。裏レギアスを信じても良いのか判断に迷うが、彼は己の力を高める為ならこんな所で噓は吐かないだろう。調べてみる価値はあるとレギアスは考えた。

 しかし、分からないことがある。裏レギアスは謂わば表レギアスと一心同体、同一人物でもある。本質は違うが、同じ存在として時間を共有している。

 なのに何故、竜剣の事やドラゴンの事について詳しいのだろうか。


「なぁ、お前なんでそんなに自分の……ドラゴンの事に詳しいんだ? お前は俺と一緒に生きてきたんだろう? なのに何で俺の知らない事をお前が知ってんだ?」


 裏レギアスは身体を起こし、表レギアスを見下ろす。

 その彼の瞳は縦に割れており、所謂有鱗目の瞳をしていた。

 ドラゴンの瞳なのだろう。


「この俺と人間を一緒にしてもらっては困るな。ドラゴンってのは文明を破壊する存在であると同時に、文明を齎す存在だ。生まれたばかりのドラゴンだろうが、生まれたその瞬間から叡智を持ち合わせてるんだよ」

「……それはまた、知らない事を知る喜びを得られないなんて、つまらなさそうだな」

「言ってろ。精々俺の為に頑張るこった。その間、俺は此処でのんびりとしておくさ」


 再びハンモックの姿勢になり、裏レギアスは寛ぎ始める。

 随分と器用に鎖を扱うようになったもんだと、表レギアスは苦笑してしまう。

 何にせよ、表レギアスは裏レギアスにより問題解決の糸口を掴むことが出来た。

 表レギアスはそのまま現実世界に帰還し、起床時間まで仮眠を取るのだった。



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