ユメ売り
ある町に、とっておきの売り文句をスピーカーにのせた。
ながしのユメウリがやってきた。
「ゆめや~、ゆめだけ~」
「貴方の心のともしびに~、ゆめはいらんかね~」
「ひとつと言わずにふたつみつ~」
「心のおともはいらんかね」
明るく元気でほがらかに。
町中をながしては、売り文句を繰り返す。
「さあさあ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい。よりどりみどりえりごのみ、今日のあなたの心のともはゆめのまくらにおりたつよ」
――さあさあよってらっしゃいみてらっしゃい
町の空き地で
橋のたもとの河辺で
憩いの公園で
荷台を開き、飾り立て、ほんの隙間を見つけては町人に言葉をかけていく。
おじいさん、おじいさん、ユメをおひとついかがです?なになに、将棋名人になれるものはあるかって?どうですお嬢さん方、ユメをひとつ。おっ、分かります?そうなんです。うちは流行りもしっかりと押さえてますんでね。ええええ、ひとつと言わずふたつでもみっつでも。まいどあり~。奥さん、どうですこれなんて、可愛いお子さんにぴったりでしょ。えっ、彼女さんへのプレゼント?ほ~、また利発そうなペットで。チャンピオン?そんなご主人ともにお似合いなのが、ほらここに。
――さあさあよってらっしゃいみてらっしゃい
ひと息つくユメウリの前をボールと転がる少年がいた。
「坊ちゃん、ユメはいらんかね」
「いらないよ、決めたものがもうあるんだ」
そうきっぱり断る少年を、ユメウリは眩しそうにして。
「ゆめはいくつあってもいいんだぜ」
売れずに残る、荷台のひとつを少年に手渡した。
渡されるままに橋まで持ってきた少年だけど。
手の中にあるソレがボールを蹴り帰るにはどうにも邪魔で。
やっぱり、いらないやと道に投げやった。
――転々と橋を転がってって欄干こえて。ソレは、ぽちゃんといった。
元気になったユメウリは。
「そこなお兄さん、ユメをおひとついらんかね」
道端を行く人の前をふさいで、相手に見合った売り文句を一つ。
「ケガの分だけサービスするよ」
ケガで片腕をつった相手へそう言った途端に、ユメウリは無事な方の腕に胸ぐらをつかまれ、突き飛ばされた。
「二度と顔を見せるな、バカヤロウ!」
押しやられた勢いそのままに車につっこんで、どんがらがっしゃん。
その衝撃にユメは。並ぶ荷台をいくつもまろびでて、地面に落ち割れた。
「あぁ、われちゃった」
頭を振ってユメウリは残骸をカバンに掃き集めると、店を畳んだ。
帰りしな土手をながしていると水草から光が見え、寄ってみればそれはすっかり色の抜け落ちたユメの玉だった。
「あーあ、ただの玉になっちゃって。また飾ってやんなきゃ」
車に戻ったユメウリは、ただの玉をぽいっと助手席のカバンへ投げやった。
日暮れに染まる町の外を。
「はかなくそまる~こわれもの~」
「ひとつと言わずにふたつみつ~」
「心のおともは…」
スピーカーを通さず歌うユメウリへ、がしゃがしゃんと残骸の合の手が入る。
助手席のカバンの上では。ただの玉が特等席で聞き入るように顔をのぞかせている。
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