74話 旅の果て

 思えばそれは、何かに導かれるような旅路だった。


 俺たちは立場を捨てて大陸を北東へと進んでいく。


 行けば行くほどモンスターの分布は濃くなっていった。


 そして人為的と思われるいくつもの罠が増えていった。


 俺たちはそれを蹴散らしながら進む。


 道行きが苛烈なのは楽しかった。だって、いかにもその先に目指すものがありそうだったから。

 傷が増えていくのは誇らしかった。冒険をしているような気持ちになれた。


 深刻な負傷や欠損とは縁がない。キリコさえいれば全て治るのだから。


 俺たちはファンタジー世界を冒険していた。


 俺があと二十年ぐらい若くて、キリコがあと五年ぐらい若かったら、それはそれは絵になる『少年少女の大冒険』だったことだろう。


 でも俺たちの旅路はどことなく落ち着いていた。

 ワクワクしないわけじゃなかったけれど、それ以上に安心感があった。

 俺もキリコもここに至るまでに己を鍛えすぎていて、モンスターや罠なんかなんの問題にもならなかったから、それらが苛烈さを増すたびに『良かった良かった、こっちの方向で正しそうだ』なんて、安堵して笑った。


「大学生になった後は、つまらない一流企業に就職するんだろうなと思っていたわ」


 キリコは、わざとらしいぐらい、つまらなさそうに言った。

 こいつ流の冗談であることはすぐにわかる。だから俺も、アイテムストレージから武器を射出し、モンスターを倒しながらではあったけれど、軽口に応じることにした。


「どうして一流企業就職想定なんだ。その自信はどこから?」


「就職できる可能性を否定するなら、就職できない理由を述べなさいよ」


「いや……」


 一流企業という表現はなんともぼんやりしていて、どこのことを指しているかわからないので、なんとも言えないが……

 そういうところに入るには、いわゆる一流大学に入る必要がありそうなのは、想像できる。


 キリコという女はとにかく頭が良さそうで、本人も周囲にそう思われることを望んでいる様子だが、実際のところ、成績はさほど良くなかったはずだ。

 俺も俺で空虚で中身のない学生ではあったと思うけれど、キリコの方は、空虚であり、なおかつ外面だけを取り繕った、パールシュガーたっぷりのドーナツみたいなゴテゴテした中抜けっぷりを持った女子高生だったはずだ。


 俺たちには個性の芯になるような自信がなかった。

 才能とか、努力による成果とか、そういうものが、全然なかったのである。


 俺の沈黙から言いたいことを察したのか、キリコがモンスターを裏拳でぶっ飛ばしながら、使ってない方の手で長い黒髪をかきあげて、言う。


「私たちがあの世界でどんな未来を迎えたかなんて、誰にも立証できないのよ」


「……ああそういうノリね。俺も宝くじ当たったかもしれないしな」


「私の一流企業就職を宝くじと同列に扱われるのは気にくわないわ」


「ほんと難しいなお前は!」


「まあとにかくよ。そういう普通の未来予想図を描いていたっていうのに、気づけば聖女、教祖、流れのモンスター退治屋さんよ。履歴書に書いたら頭がおかしいと思われるわね」


「……」


「大丈夫よ。もう、とっくに、元の世界に戻ろうなんていう気持ちはふっきってるから」


「ああ、うん、まあ……そうか」


「あなたが『元の世界』の話題を出されるたびに、そうやってデリケートな顔をするのが面白くって、ついつい、似たような話題を振ってしまうのだけれど」


「そろそろお前に『地獄に落ちろ』って言っても許されるんじゃないかな」


「地獄なんかないわよ。私の宗教で設定してないもの」


「国家的宗教の開祖は強すぎる」


「まあ、強いて言えばここが地獄よね」


「……」


「案外、大したことなかったわ」


 オチなのか、どうなのか。

 キリコは話を一方的に打ち切ってモンスターの処理に戻ったし、俺もそれ以上追求するほどでもないなと思って、作業を再開した。


 俺たちの旅は、言ってしまえば、モンスター相手にチート能力で無双する冒険だった。

 戦いながら雑談をするし、敵を前に油断したり、余裕を見せたりもする。


 それが格好いいと思ってやっているわけじゃない。

 そうやって緊張感を抜いていかないと、いつ終わるかもわからないこの旅で壊れてしまいそうなほど、俺たちの心は弱いのだった。


 そんな調子でまっすぐ進んで、気付けば目的の場所にたどり着いていた。


 エイミーを見つけた。

 エイミーを守るように取り囲む魔女とかいう連中も見つけた。


 いつまでも十歳ぐらいから成長していなかったはずのエイミーは、すっかり大人になっていた。

 理由はわからない。いや、わからなかった。


 俺が、『俺』の記憶を取り戻すのは、このすぐ後の話だ。


 魔女たちを蹴散らして、エイミーを取り戻して。


 そして俺は、そこにあったアイテムストレージから、『俺』の記憶を見つけた。


 アイテムストレージを『分けて』『置いておく』ことを可能とした俺の記憶。

『記憶』などの概念さえもアイテム化してしまえる、俺の、本当の力。


 そして、この後、世界に何度も起こる、『魔王と勇者の戦い』――

 その原因となったのが自分だったことさえ、思い出してしまったのだった。

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