39話 王宮から神殿へ
そのまま流れるように剣術修行が始まって、当たり前のようにボロボロになった。
剣術修行は基本的に『大きな剣を』『思い切り相手に叩きつける』という目的に向かって行われるらしい。
俺もけっこう大柄で、腕力はある方なのだけれど、その俺さえがどんびきするような巨大な剣を持たされて、「振ってみろ」と言われた。
その『巨大剣』は、全長おおよそ二メートル、幅おおよそ六十センチ、厚さ五センチぐらいの鉄板である。
あきらかに人間が個人で運用していいサイズの剣ではないのだった。
しかし『やれ』と言われたことを『無理です』と否定していては話が進まない。とりあえずやってみた。
まず持ち上がらない。
なんとか持ち上がっても振れない。重さに任せて落とすことはできるのだけれど、狙った場所には落とせないし、地面に触れる前に止めるとかも不可能だった。
これを七十三歳のご老体である辺境伯は片手で扱ってみせた。
「身体強化の魔法を用いている。君が魔法を使えないのはわかるのだが、魔法を使える貴族と同じことができないようでは、魔王討伐はかなわない」
なるほど『自分が不可能に挑もうとしている』というのが、目に見えるかたちでハッキリとわかった。
筋トレはどうにも必須だが、三十歳がここから一年みっちり筋トレしたとして、果たして人類の分を超えた巨大剣を振り回せるほどの筋力がつくとは思えない。
サボる理由にはならないが、なにかしらの方法を考えておく必要はあるだろう。
その日は暗くなるまで金属塊を持ち上げたり落としたりするだけで終わった。
腕が上がらない。腰が痛い。
振り下ろした、というか重力に任せて落とした剣がすっぽ抜けないように握っているだけで手は皮が剥け、制動が効かずに地面に剣を叩きつけた時に起こる砂塵で服も顔もどろどろだ。
辺境伯からは「前途多難」という評価をいただき、部屋に戻り、エイミーに手の治療をしてもらった。
普段ならばこれから参殿するところなのだが、三十歳にもなると回復力がなく、疲れが全然体から抜けてくれない。
王宮と神殿は往復二十分ぐらいの距離がある。
普段なら『少し疲れるなあ』ぐらいで済むその距離が、今はとほうもない遠さに思えた。
しかし王女殿下のまわりで流れる噂についてキリコの意見を聞きたくはあったし、王都にいるのだったら顔ぐらいは毎日見たいという思いもあり、ベッドの上で「よし、行くぞ」と気合を入れる。
気合を入れてから十秒ぐらいは動けなかったので、もう一回「よし」とつぶやいてようやく立ち上がると、ちょっとふらついたのでエイミーに支えられてしまった。
小柄なエイミーに体重をかけてしまう前にどうにかふんばりを取り戻し、そこから神殿へ向かうこととする。
道中、ついついエイミーに弱音を吐いてしまう。
「……いやあ、若さが足りない……」
覚悟はしていたが、やっぱりその覚悟は瞬間瞬間で固まっていたりゆるんでいたりするものらしかった。
方針を変える気は今なおぜんぜんない。望んで勇者たろうとしているという気持ちにも嘘はない。
だけれどいきなり『選ばれし者でもない限り振ることさえできない剣』を持たされて、心が折れかけているのも事実だった。
あの巨大剣はどうにも聖剣のレプリカらしい。
勇者にしか扱えない、魔王を倒す剣……それはなにかこう、認証的な話だと思っていたのだけれど、まさか『物理的に勇者級腕力がないと無理』みたいな話とは思わないじゃん?
「父さん、ちょっとだけ不安になってきたよ」
エイミーは声を出せず、表情を変えることができない。
けれどクリッとした真っ黒な瞳で俺を見上げ、顔の左右に垂れたひらべったい耳をぴくりと動かしながらジッと見つめてくるその顔からは、励ましの意図を感じとることができた。
俺は彼女の黄金の髪を梳いたり、触り心地のいい、短い毛の生えた耳をふにふにともてあそんだりして癒されながら、神殿へと到着した。
長い石段をのぼりきったところには、二つの建物が見えた。
すぐ目の前にあるのは『大聖堂』をようする本殿だ。
一般参賀や礼拝などの目的があればこちらを訪れるだろう。
四本の尖塔が斜めに伸びたトゲトゲしい建物は、どこか悪の組織のアジトめいたおもむきがある。
もしも建物が黒かったら完璧だっただろうけれど、残念ながら勇者教の建物はたいていが灰色の石材でできているのだった。
その大聖堂をようする本殿の横を通って、色とりどりの石畳を踏みつつしばらく進むと、目的の建物にたどり着く。
そこは『聖堂』と『真聖堂』のある奥の殿で、特別かつあまり人を入れない祭事などはこちらで行われるようだった。
やはり四本の尖塔が外向きに伸びている灰色の建物の前には、顔の横に布が垂れた帽子と、丈が長く袖のたもとが広い神官服をまとった少女が立っていた。
まだ十四、五歳ぐらいに見える赤毛の女の子は俺がキリコをたずねる時はたいていその場所に立っていて、俺の来訪をキリコに伝えるのを役割としているらしかった。
……今にして思えば、彼女こそが『いかにも聖女という顔でだまくらかして信仰させた手駒』なのかもしれない。
「すみません、聖女さまとお話をさせていただきたいのですが」
俺がそう言えば、赤毛の神官少女は人懐っこい笑みを浮かべ「はい! 聖女さまがお待ちです!」とだけ告げて、建物の前からいなくなった。
マジで俺を待つだけが任務だったらしい。
……開いていた扉から建物に入り、天井に宗教画の描かれた聖堂につく。
赤毛の神官少女が見張もかねていたのか、内部に誰もいない聖堂を抜けて、長い廊下を歩き、ようやくキリコが待つであろう真聖堂に入った。
なぜだか俺は真聖堂への扉をノックするのを毎回忘れてしまって、いつも『次こそはしよう』と思いながら、けっきょく扉を叩けないという日々を送っている。
椅子が二脚とテーブルが一脚でもういっぱいいっぱいというような狭さの真聖堂には、キリコがすでに待っていた。
彼女は例の、帽子を投げ捨て、袖をめくったいつものスタイルで俺を出迎え、ちょっと首をかしげてから、言った。
「今日はなんだか薄汚いわね?」
好きな人から汚いと言われるのは、わりとショックだった。
たしかに汚いけれども。
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