7話 ジャンクフードで異世界無双はやりますか? やりませんか。

 油が採れる実を容器と『合成』すれば、油が出来上がる。


 同じように、芋、塩、油、皿を『合成』し、複数の選択肢の中から目的の品をタップすれば、調理は完了する。


 こうして所要時間三十秒ほどで出来上がったフライドポテトが、同じようにたった今作り上げたテーブルの上に並んだ。


 普段使いのテーブルや椅子はそのままアイテムストレージに入れているのだけれど、今日はお客さんがいるので、テーブルを少し大きいものにして、椅子を追加で一脚作ったのだった。


 湯気を上げるフライドポテトをいきなり頬張ったキリコは、しばらく噛み締めたあと、目を輝かせた。


「これっ! 食べたことある味!」


「うん。ほら、二人でよく行ったファストフード店の味。食べたことあるものだと、記憶の中から味を再現するみたいなんだ」


「……悔しい……まさかフライドポテトで故郷のことを思い出させられるなんて……フライドポテトのくせに……」


 恨み言を述べながら、キリコはガツガツとフライドポテトを口にしていった。


 外面を気にするヤツではあるのだけれど、一年ぶりとなる塩と油の暴力の前では、さすがの仮面を維持するのも難しいらしかった。

 ここにはキリコの正体を知る俺と、決して秘密を外に漏らさないと俺がお墨付きを与えたエイミーしかいないのも、暴食の後押しになっているのかもしれない。


 その食べっぷりにエイミーは気圧されて固まってしまい、俺も俺で、あんまりにもキリコがむしゃぶりつくものだから、手を出すのをなんだかためらって、観察ばっかりしてしまっていた。


 すっかり皿の上のポテトを食べ終えてしまってから、キリコはエイミーと俺の視線に気づいたようだった。

 ハッとしたような顔になり、居心地悪そうに視線をさまよわせ、分け与えることなく食べ尽くしたポテトの皿を見て、それから視線を床に落として、油でテカテカしている唇を噛んだ。


「……ごめんなさい。暴走しました」


「ちゃんと謝れて偉いな」


「……ぐう」


 許せない、と言いたそうだったが、暴走が事実なため、言えないようだった。


「まあ、材料はまだあるし、消費しない皿とかは再利用ができるし、今から第二陣を作ろう。フライドチキンはいかが?」


「くっ…………ください……というか、あなたの能力、なんなの? 便利すぎではなくって?」


「便利なのは事実だけど、ここまで伸ばすのにはそれなりの手間がかかったよ。最初はあんまり複雑な工程が必要な『合成』はできなかったんだ」


「その能力、ちょっとやそっとじゃない利用法が思いつくのだけれど」


「たとえば商売とか?」


「そう」


「俺も考えた。けどさ、この能力はあくまでも『職人の技術を簡単に再現できる』ものでしかないんだ。でも、商売をするには販路が必要だろ? そっちの才覚が俺にはなかった。才覚っていうか……まあ、コネかな」


 異世界転移者のつらいところだ。

 どうしたって身寄りのない立場からのスタートが強いられる立場のせいで、上流階級との接点が持ちにくい。


 そして、俺の能力を活かして、人件費ほぼタダの加工の難しい商品を大量生産して売りさばくためには、老舗の大店とか、業界の圧力からかばってくれる後ろ盾とかが、不可欠だと判断した。


「あと、この力はなんていうか……常識から外れすぎてて信用を得にくい。普通、職人は徒弟制で弟子をとったりするんだけど、俺はこの通り、チートだから、弟子なんかとれないだろ? そうなると、『技術の独り占め』みたいに思われてイメージがよくないんだよ。そういう『よくないイメージ』は反発を呼ぶし、まあ、面倒くさいなあと思って」


「あなたに熱意があったらこの世界の歴史が変わったかもしれないのにね」


「歴史を変えて背負うデメリットとメリットが釣り合わないからなあ」


「あなたらしいわ。カ、カ、カ……」


「なんだよキリコ? キャラ作り的な笑い声か?」


「やっぱり、許せない……ああ、でも、そうね、あなたは今、『勇者』じゃない? その名前を利用すれば……」


「だからメリットとデメリットが釣り合わないっていう判断なんだってば。子持ちじゃなきゃ挑戦したかもしれないけど、子持ちだし、それに、俺が人件費省いた加工の難しい商品を大量に安値で売り出してみろよ。修行じゃ身につきようもない能力でそんなことされたら、市場が壊れるって。異世界ブラック企業化待ったなしだ」


「言っていることはわかるけど、素晴らしい力があるのに、こんな極貧生活をしているのは、なんだか納得できないわ」


「家具類を全部アイテムストレージにしまってるから貧乏そうに見えるだろうけど、言うほど貧困でもないぞ……あとさ、俺はこの生活に満足してる。変えようとは思わないよ」


「……そう、だったわね」


 許せない、と口の中で転がすような、小さな声でつぶやいた。


 それから俺がフライドチキンを仕上げるまで黙りこくっていたが、


「ねぇ、ちょっとあとで、外に出ない?」


 唐突なお誘い。


 それから、キリコはエイミーの方を向いて、


「私に少しだけ、お父さんを貸してくれないかしら? 二人きりで、話したいことがあるの。とても大事な、話があるの」


 真剣な目。

 吸い込まれそうな黒い瞳。真正面から見つめるとつい視線を逸らしたくなる圧力を発するその目が、今は、優しく包み込むような色合いを帯びている。


 エイミーはまず俺を見た。

 俺は、うなずいた。


 そうしたらエイミーもキリコにうなずいた。


 こうして俺は、食後、貸し出されることになったのだった。

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