俺のペンネームは世界一可愛い

船越麻央

第1話

 玄関ドアを開けると、部屋に灯りがついていた。

 あれ? 出かける時に消し忘れたかな。しょうがないなあ、俺は靴を脱いでワンルームの部屋に入ったが……。

「わっ⁈」俺はア然とした。

「す、すみません、ま、間違えました」


 俺は回れ右をして部屋を出ようとした。

 いや? まてよ? ここは確かに俺の部屋だ。間違いない。だとすると……。部屋の真ん中の座椅子に悠然と座っている、金髪碧眼の美少女はいったいどこの誰だ? 俺は夢でも見ているのか?


「お帰りなさい、星章太郎さん」


 うっ、俺の名前まで。さては大家さんにうまいこと言って鍵を開けてもらったか。しかし俺の記憶を総動員しても、目の前の美少女が誰だか見当もつかない。


「た、ただいま……、えーと、えーと」

「ワタシが誰だか分からないんですか? ひどいっ」

「いや、その、どちら様でしょうか?」俺は恥を忍んで尋ねた。いくら考えても分からんものは分からん。

「ワタシは、アマギリフブキ、天霧吹雪よ。思い出してくれた?」


「天霧吹雪」。彼女ははっきりと名乗った。


 なに? 何だって? 「天霧吹雪」だと! そんなバカな。そ、その名前は……。


 「天霧吹雪」。その名前は俺のペンネーム! WEB小説サイトに登録しているペンネームだよ。いい名前だろ?

 

 そうか。この女俺の小説のファンなのか? 家に押しかけてくるほどなのか?

いや待てよ。サイトには住所はおろか本名も登録していないはずだが。


「ふふふ、疑っているのね。でもワタシは正真正銘の天霧吹雪よ。あなたのペンネームよ」

「そんな、まさか……。本当の名前を言ってくれ」

「ひどい、ヒドイ、酷い。あなたが最近全然ワタシを使ってくれないから。仕方がないから出てきたのに」


 そう言えば最近は忙しくて、WEB小説とご無沙汰している。それで俺にハッパをかけるために出てきたということか?


 それにしても、何だその姿は。サラサラ金髪、きれいな青い瞳、色白の肌。服装はごくフツーだが。まるでラブコメラノベの表紙イラストから飛び出して来たようだ。


 しかし可愛い。とびっきりの美少女である。それは認めるよ。街を歩けば男女を問わず振り返ること間違いなし。そんな美少女が今俺の部屋にいる。まるで夢のようだ。


「さっ、さっさ、章太郎さん、こちらへどうぞ」


 天霧吹雪を名乗った少女は立ち上がると、座っていた座椅子を俺にすすめた。俺は荷物を床に置いて少女と向き合った。


「それで、その、俺に何の用?」

「だから言ってるじゃないですか。最近全然書いてくれないから。少しがんばってもらわないと」

「そう言われてもねえ」


 俺はまだ半信半疑だった。もう少し少女の話を聞いてみようと思った。そもそもペンネームがこんな格好で存在するなど聞いたことがない。所詮創作する(小説を書く)上での方便でしかないはずだ。それが何で美少女の姿で俺の部屋にいるんだ?


「まだ信じてくれないんですね。いいでしょう、それではワタシが証明します」

「よし、聞くよ」

「あなたの本名は星章太郎。〇×△□年●月▲年生まれ。現在白金学院大学経済学部2年。恋人ナシ。高校入学後WEB小説サイトに登録、天霧吹雪のペンネームで小説を執筆。名前の由来は駆逐艦「天霧」と「吹雪」から。二次創作に始まって、ラブコメ、SF、異世界ファンタジー、現代ファンタジーなどを公開。読者反響はそこそこあるものの、懸賞コンテスト入選歴なし。現在スランプ中」

「うむ、だいたいあってるけど恋人ナシは余分だろ」


 俺は彼女に俺の書いたWEB小説についていくつか質問してみた。答えはスラスラとかえってきた。見てきたような、いや自分自身で書いたように……。うーん間違いない。


「とにかくワタシとあなたは一心同体。え? この格好? それは自分の胸に聞いてくださいよ」

 自分の胸に聞けといわれても……。手をあててよく考えると、えーと、まあ、確かに……その……。

「わ、分かった、分かったよ、まったくもう……。要するにお前は俺の分身ということで、その格好は俺の願望……なのかな」

「やっと理解してくれましたね。章太郎さん」

 美少女は輝くような笑顔になった。


 しかし……。油断もスキもあったもんじゃない。なんでまた突然自分の分身が姿を現すんだ。しかも金髪碧眼の美少女で。いったいどうなってるんだ。世の中間違っている。


「それで」俺は吹雪(これからこう呼ぶことにする)にたずねた。

「これからどうするつもりなんだ?」

「そんなこと決まってるじゃないですか。まずは懸賞コンテストに入選すること。そしていずれはプロ作家としてデビュー、作品が書籍化されて本屋さんに並ぶのよ」

「天霧吹雪の名前でか?」

「トーゼンよ」吹雪は胸をそらした。けっこう大きい……。


「ど、どこ見てるのよ。まったく……。とにかく二人で夢を実現しましょう」

「なるほどね、話は分かったよ。上手くいくかどうか分からんが努力するよ」


 努力するというのは、俺の本心だ。そりゃあ懸賞コンテストには入選したいし、プロ作家としてデビュー出来たら最高だ。夢だよ、夢!


「その夢をかなえるためにワタシは来たの。章太郎さんよろしくね!」

「こちらこそよろしく。それじゃあ元の場所に戻ってくれ」

 俺が言うと吹雪は涙目になった。

「章太郎さん、まだ分からないんですか? ワタシを追い返すんですか? サイテーです、グスン。せっかく二人になれたのに、グスン」

「そ、そんな追い返すなんて。ちょ、ちょと落ち着いてくれ」

 俺は少しあわてた。泣かすつもりなんかないよ。しかし女の子のナミダには弱い。


「でもな、吹雪。この部屋はこの通り六畳一間だし。俺は大学もバイトもあるし、とりあえず今まで通りということでどうかな?」

 

 俺は吹雪に出来るだけ優しく提案した。何で自分の分身にこんなに気を使わなければならんのだ。責任者出て来い。


「そのことなら大丈夫です。章太郎さんにご迷惑はおかけしません。一緒に生活しても何も問題ありませんよ。ノープロブレムです。それに……」

「それに、何だ」

「実はワタシ、基本的に他の人からは見えないことになってるんです。一緒にいてもだれも分からないはずです」

「そ、そうなのか」


 俺は少し驚いた。それではまるでユーレイ……。俺にしか見えないということは……。便利なような不便なような。うーん、どうしたものか。


「さあ章太郎さん、ご飯にしますか、お風呂にしますか? とれとも……」

 なぜか吹雪は顔を赤らめて言った。

「え? いや、メシは食ってきたし、風呂はシャワーで済ませるよ」

「そうですか。ではシャワーの準備をしてきますね」


 吹雪はユニットバスの方へトコトコと歩いて行ってしまった。勝手知ったるなんとやらということか。後ろ姿もけっこう可愛い。俺は改めて部屋を見回した。二人で生活してもノープロブレムとか言ってが、どう考えても無理だろう。ひとり分の布団を敷くのがやっとなのに。いくら分身とは言え男と女……。


「章太郎さーん、準備OKですよー」


 どうやらシャワーの準備が出来たようだ。俺はとりあえずシャワーで汗を流すことにした。


 俺はシャワーを浴びながらもう一度頭の中を整理してみた。突然姿を現した金髪碧眼の美少女。俺のペンネーム「天霧吹雪」を名乗り俺の分身であると主張している。


 分身? そう言えば聞いたことがある。


「ドッペルゲンガー……」


 自分の分身が姿を現す現象である。かつてリンカーンやエカテリーナ二世、芥川龍之介が遭遇したといわれている。医学的には自己像幻視の症状らしいが……。


 しかし不思議である。本来ドッペルゲンガーは、性別はもちろん容姿も本人と同じはずだ。だが俺と吹雪は性別のみならず容姿だって似ても似つかない。それに他人から見えないとは初耳だ。周囲の人間と会話はしないそうだが。ドッペルゲンガーも更新プログラムでバージョンアップするということか? そんなバカな。後でネットで調べてみよう。


 シャワーから上がると、吹雪は部屋の片隅で正座していた。俺を待っていてくれたのか?


「お帰りなさい、章太郎さん」吹雪は上目づかいで言った。可愛いよやっぱり。

「う、うん」

「ドッペルゲンガーですか……。面白いですね」


 えっ? えええ? 俺の考えてることが分かるのか? さすがは俺の分身!

「いや、それはその、次の小説のテーマにしようかと……」

 俺は苦しい言い訳をした。どうせお見通しだろうけど。


「いいじゃないですか。それでいきましょうよ。たとえば主人公のヒロインをめぐって、ある男性とそのドッペルゲンガーが争うとか」

「そ、そうだな。ついでにヒロインのドッペルゲンガーも姿を現して……」

「収拾がつかなくなりそうですね」


 俺と吹雪はしばらくその話題で盛り上がった。やはりこの美少女と俺は一心同体なのだろうか。ドッペルゲンガーかどうかは別として。


 やがて寝る時間になった。明日は大学の講義もあるし。しかし六畳一間のこの部屋で……。布団は一人分敷いてあるが……。


 俺が思案していると、吹雪はのんびりとした口調で口を開いた。

「さあ、寝ましょうか。章太郎さんワタシにお構いなく。いつも通りに寝てください」

「うん、そうするが。おまえは……」

「章太郎さん、おやすみなさい。また明日ね」


 俺が覚えているのはそこまでだ。吹雪と会話の途中からの記憶がない。気がついたら朝になっていた。いやホントだよ。俺は何もしてないって。ハハハ……。


 とにかく、俺は金髪碧眼の美少女天霧吹雪に一目惚れしてしまったのです。








 

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