人類の敵となった俺の子育て日誌【なろうリマスター】
秋雨ルウ(レビューする人)
第1話 仇の娘
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凄まじい轟音と何者かの絶叫が魔王城内に響き渡った。魔王がいる大広間の手前で待機していた騎士たちは、俺も含めて息を呑む。
間もなくして城が揺れだし、大広間からボロボロの勇者様達が飛び出してきた。安堵する間もなく逼迫した様子で彼は叫んだ。
「魔王は倒した!城が崩れるぞ!みんな早く外に逃げよう!」
魔王がこの周辺に漂う瘴気を魔力転換させることで支えられていた城が、魔王の力を失ったことで崩落していく。
俺達は外に向けて必死に走った。だが俺は、昔から肝心なところで運が無いんだよな。必死になって走ってる中、突然足場が崩落して、俺はその大穴に落ちてしまった。
「トリスターーーーーン!!!」
誰かが俺を呼んだが、俺は返事を返す余裕もなく、ただ落ちていった。
落下特有の浮遊感を覚えつつ、あちこち体をぶつけながら下に落ちていった。相当長い時間転げ落ち続けていたと思う。
かなり痛かったが、もし途中の瓦礫で落下速度が落ちていなかったら、地面に激突した時点で即死していたのは間違いない。騎士鎧はその衝撃であちこちへこみ、傷付いていた。兜に至っては脱ぐのに一苦労するほどだった。
「いってぇ……!どっか折れてたりしないよな……?おーい!誰かいないかー!」
一応ダメ元で上に叫ぶが、上は真っ暗になっていて何も見えない。床が揺れていないということは、城の崩落が終わって、俺が落ちた穴も魔王城の瓦礫で埋まってしまったのだろうか。
空気の流れは感じるから、完全に閉じ込められた訳ではなさそうだ。なら生還を諦める必要はないかな。
俺は探索用のライトの魔法を展開させ、周囲を目視確認した。あちこちの壁や柱が崩れてはいるが、かなり大きな部屋だ。もしかしたら城のダンスホールに匹敵するかも知れない。何かを護るためだったのか、他の部屋と比べても柱の数が多く、太かった。
「そういえば……魔王の声で玉座へ誘導されて、地下は探索していなかったよな。何を護ろうとしてたんだ?……帰る前に確認していくか。やばいのじゃなければいいけど」
ガシャガシャと鎧を響かせながら奥へと歩いていく。すると、発情した猫のような鳴き声が聞こえてきた。
……いや、猫の鳴き声なんかじゃない!こ、これは!?
「赤ん坊か!?」
瓦礫の山の中から赤ん坊の鳴き声が聞こえてきた。何故こんなところに赤ん坊がいるのかは見当もつかなかったが、とにかく無事なら助けなくてはならない。
役に立たなくなった剣をテコにして、必死になって瓦礫を押し退けると……布に包まれた赤ん坊が現れた。
赤ん坊が無事だったことに安堵したが、その直後電流にも似た戦慄が全身を走った。
「こ……この肌色……この髪色は……ま、まさか……!?」
蘇る恐怖によってか、本能的な拒否反応によってか、体が大きく震えだす。
青白い肌。紫の髪。そして、額の左側から伸びる小さな角は、ぷにぷにとしてよく曲がりそうに見えるが、将来的には硬くなり膨大な魔力を抱くことを俺はよく知っている。痛いほど身に沁みていた。
これは魔族だ。おおよそ成熟していない魔族の乳児だ。魔族の赤ん坊など俺はこの時初めて見た。
何故こんな魔王城の地下にいるのかは分からないが、最も安全な部屋に隠していたことを考えれば、恐らくは高位の……いや、まさか!?
「魔王の……娘か!?くそっ!この悪魔めッ!そのまま瓦礫で潰れていれば良いものを!殺してやるッ!ここで根絶やしにしてやるぞッ!!」
俺は咄嗟に腰に着けていた無骨なナイフを取り出し、成長後に数多の不幸を生み出す元凶を排除しようとした。
しようと、したのだが。
「……う?……あー♪」
悪魔の笑顔は、まるで天使のような愛らしさだった。
「ひっ……!?あっ……!?」
頭の中を、死んだ妻と息子の顔が何度も過ぎ去っていく。
魔族の魔法によって一瞬で消滅させられた二人の顔が、俺に助けを求める顔が、魔族を憎む顔が過ぎった。
痛い、苦しい、熱い、助けて、仇を討ってくれと泣き叫ぶ二人の声が、俺の耳元でガンガンと鳴り響いた。
まだ、息子はうまくしゃべれなかったはずなのに。
ナイフを持つ手が今まで以上にガタガタと震え、それでも赤ん坊の喉元にまでゆっくりと近づけていった。
「こ……ころす……!殺してやる……ッ!仇を取るんだ……ッ!!ポーラの……!!ニコラの……!!」
「……?んうー?」
「……ッ!?危ない!!」
それでも赤ん坊は、笑いながら俺が近付けたナイフを素手で触ろうとしてきた。怪我をすしないように、思わずナイフを放り投げてしまって……そこが限界だった。
「はあっ!はあっ!はぁっ……う……ああっ……!お、俺は……何やってんだ……!」
手の震えが限界を迎え、ナイフを握るどころではなくなった。
俺が赤ん坊を殺せるわけが無かったんだ。
何もかも耐えきれず、赤ん坊の顔の横に両手を叩きつけるようにして号泣した。
「うっ……うううっ……あああああああ!!なんでだ!!なんで殺せないんだ!!魔族だぞッ!?家族の仇だぞッ!?人類の敵だぞッ!?今殺さなきゃ俺が殺されるのにどうしてッ!!どうしてだよぉッ!!」
悔しくて、情けなくて、家族に申し訳なくて、感情が抑えられなかった。妻にプロポーズした時以外には誰にも見せたことのない泣き顔だったが、ここにいるのは一人の赤ん坊だけだった。
『もう、泣かないのっ。……愛してるわ、トリスタン。結婚したら、一緒に良い家族を作りましょうね』
ふと、俺の大量の涙で濡れた頬を、誰かが拭った。
あの日、頬を染めながら俺に抱きしめられてくれた、妻のように。
…………赤ん坊だった。
俺の涙を不思議そうに舐めながら、何度も、何度も、溢れる涙を拭っていた。
「お前……俺を、慰めてるのか……?」
「う?」
いや、そんなはずがない。きっと初めて見る涙が珍しくて、手を伸ばしてるだけだ。
だって死んだニコラも、そうだったから。
「…………ははっ。はははっ……。しょうがないよなぁ……まだ赤ん坊なんだからなぁ……」
生まれたばかりの息子を思い出しながら、へこんだ鎧を脱ぎ捨てて、そっと赤ん坊を胸に抱いた。
小さい。軽い。温かい。
憎い魔族のはずなのに、家族の仇に見えなくて。
長らく忘れていたはずの父性が蘇ってしまった。
「…………シビル」
「んうー?」
シビル。俺のまだ見ぬ娘の、ニコラの妹になるはずだった娘の名前。
仕方ないから……お前にくれてやる。
俺と同じで家族を失ったばかりのお前にさ。
「お前は今日から、シビル・フォーレだ」
「う♪」
崩れた魔王城の地下深く。
恐らくは魔王が何としてでも護ろうとして作ったその大きな部屋で。
俺はシビルと、娘と出会った。
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