第27話 うっ、頭が…
目の前まで迫る牙を見て、俺はとっさに後ろに跳躍して避けた。
目の前にいるのは巨大な蜘蛛。体の大きさは2mほど。だがその足はその倍の長さを持っており、狭い森の中を器用に動かしていた。
こいつが噂のフォグスパイダーか。フォグなんて名前なのに体真っ黒じゃねぇか。
そしてさらに距離を取るように後ろに下がるが、再び体に違和感を感じた。
ちらりと見ると、うっすらと糸が見えた。
「また蜘蛛の糸か!」
これならこの辺り一帯に蜘蛛の糸が張り巡らされていると考えたほうがいい。
ゆっくりと意識が遠のくいていく気がする。それが足の痛みと合わさって、頭がごちゃごちゃになってくる。
俺はとっさに息を止める。少なくともほどちゃんは睡眠ガスと言っていたのだから息を止めれば何とかなるはず。
だがこんな対策では何の解決にもならない。こいつを倒さなければいけない。
だが、どうすればいい? 動けばそれだけの糸にからめとられる。
動けば動くほどにこちらの状況は不利になる。
考えている間にも、やつの牙は再び迫っていた。
こうなれば最速で屠るしかない。
牙による噛みつき攻撃を紙一重で避けて、舌から救い上げるかのようにスキル《鋭利Ⅵ》で強化された手刀をかます。
「ピギャアアア!!!」
浅い。仕方がない。結局俺の腕分のリーチしかないのだから。
悲鳴なのか怒りなのかわからない声を上げ、前足と共に上体を起こしながら後ろに下がる蜘蛛。
その動作は蜘蛛の腹が丸見えになっていた。
俺はその体に手の突きを入れて殺すべく、地面を爆発させて前に突進する。。
だが、蜘蛛は次の攻撃を許容しなかった。
その豊かな数を持つ足で俺の体をはじくようにふるう。
勢いのない蹴りといえど、2mにも及ぶ巨体、そして3mにもなる足によって繰り出された蹴りは、俺の体を吹き飛ばすのに十分だった。
大した防御もしていなかったためにまともにダメージを負い、そして木の間を縫うように吹っ飛ぶ。
今日は吹っ飛んでばっかだな! おい!
サッカーボールじゃあねぇんだぞ! 友達のように扱え!
吹っ飛ばされた時に攻撃を受けた反対側の腕で、そこら辺の枝をつかんでおり、そして奴の目をめがけて放つ。大概の奴は目が弱点だからな。
だが、やつはそれを容易に避けつつ逃げた。一度距離を取ったか。
俺は受け身を取って着地するも、意識を体に向けると全体に蜘蛛の巣が巻き付いているのを感じる。
吹っ飛んだ際に巻き込んだか…。
「ぐ・・・」
半身が痛い。ダメージをまともに食らったのは初めてかもしれない。いつも避けるか《堅固》はしていたからな。だが、痛がっている場合でもない。何とかこらえる。
どうする?
動き回れれば、逃げつつチクチク攻撃していくこともできただろう。だが今回は糸だらけの森であり、さらには睡眠ガスと俺の得意分野が封じられている。
長期戦は不利。動いても不利。だが、一撃で決めるほどのリーチがない。
俺はこの時に、自分が苦手な状況に対応するための能力が乏しいと感じた。
少なくとも事前に得意分野が防がれたときの離脱プランぐらいは練っておくべきだった。
失態だ。
逃げるか? 逃げて奴の糸の範囲外に出るのが先か、それとも奴の睡眠ガスにやられるのが先か。
いかん、息が。肺が苦しくなってきた。
息を、息をどこで吸えばいい? あたりには睡眠ガスが充満している。体にも付着している。
周囲を見渡して、一度も見ていない方向に意識を向ける。一か八かに賭けるしかない。
俺は残りの空気を使って体を動かす。
顔が青くなっていくのを感じるが、構わない。
大地を蹴って跳躍し、さらには木を蹴って上へと昇っていく。そして森の上へと飛び上がった。
一気に息を吐いて吸った。
飛び上がる最中の空気なら睡眠ガスは俺の後ろにある。俺が吸う空気には含まれていない。
回復した肺を確認し、次にどうするかを考える。
このまま森の上を走るか? 多少はひっかかかるだろうが、それで開けた場所まで行けば奴の糸の効果範囲外だ。
ちらりと下を見ると、そこにはフォグスパイダーが俺の着地地点で口をあんぐりと開けていた。
な! あいつ自身が追ってきた!?
ありえない! だがどうする? 実際に真下にいやがる。
手刀をかますか? いやこうなったら、よりリーチの長い方でやるしかない。
俺は体を縦回転させて片足をぐんとのばした。
そしてスキル《鋭利》と《堅固》を伸ばした足に重点的にかける。
くらえ! かかと落とし!
フォグスパイダーの口にめがけて吸い込まれるように入っていく。
フォグスパイダーの口を割いて、目を割いて、頭を割いて体の中ほどで引っかかるようにして止まる。
足を引っかけた俺の上体がだらりと後ろに下がって、フォグスパイダーの体ごと森の中へと落ちていった。
巻き込まれないように離れて着地した。
ふう。やっと一息つける。もうこんな戦いこりごりだ。これ勝率絶対50%切ってただろ。
その時、強烈な眠気が俺の頭を支配した。
「うっ、頭が…。こいつ普通に体内にも、油断した…」
意識が急速に遠くなっていった。
「レベルが上がりました。進化条件を満たしました」
ほどちゃんの宣言が意識の中でこだましていき、そして失った。
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