第23話 戦争の予兆



ガアアアアアアア!!!!!


巨大なこん棒が咆哮と共に振り下ろされた。非常に大きくおよそ長さが3m以上あるような大きなこん棒だ。


それを余裕の表情を持って紙一重で避けた。


そしてそのこん棒の持ち手に向けて最短経路の道に剣が振られる。剣は肉を切り裂いて、骨を両断した。


「ふん。」


切られた側は痛みで叫び声をあげつつも、残された手でこん棒を握りなおした。


切られたのは巨大なゴブリンだ。体高3・5mほど、筋肉隆々で頭に狼の頭蓋を兜のようにかぶり、狼の毛皮をマントのようにして来ていた。


これはただのゴブリンではなく、その最上位種であるゴブリンキングである。


周囲にはその決闘を見守るゴブリンエリートや、ゴブリンウォーリアーなどがいた。


「こいつらが我らと同じ種族と思われること自体が腹立たしいな。やはりただの肉の塊じゃないか」


それに対して、切った側はそれほどの大きさではなかった。

身長は高いがそれでも2mほど。肌の色味はゴブリンより薄い緑色である。


だが、それ以上に違うのが着ているものだ。

簡単な衣服の上にレザーアーマーを着ており、持っているのが技術をもって鍛えられた剣であった。明らかに文明度が違う。


彼はゴブリンではなくハイゴブリンだった。ゴブリンの不動の王族として認められた一族。

このダンガール大森林のゴブリン達を支配するハイゴブリンの一族だ。


「ほれ、とっととかかってこい。こんなバカげた決闘などさっさと終わらせてやる」


ハイゴブリンは相手を誘うように剣を見せびらかす。

だが、ゴブリンキングはそれを威嚇と見て動けなくなった。


「グゥ・・・」


「はぁ…」


動かなくなったゴブリンキングを見てため息をついてハイゴブリンは、すたすたと無造作に前に進む。


ゴブリンキングは思わず下がろうとしたが、それを周囲の目が許さなかった。

配下となるゴブリンエリートやゴブリンウォーリアーたちの目。皆が自身のトップの実力を黙って見定めていた。


ここで退いたら、このゴブリンキングに従うものはいなくなる。弱みを見せたゴブリンは永遠と下克上を受ける。そんなことをされればいくら実力が上でもいずれは負ける。


下がってゆったりとした毒殺か、前に進んでの夢を見るような落下死か。


ゴブリンキングは前へと進んだ。


「そうでなきゃ困る」


ハイゴブリンはそう呟き、にやりと笑った。


ゴブリンキングとは正式な決闘で倒さねば、支配の引き継ぎが面倒なことになることはハイゴブリンの中では周知されていたことだった。


ほとんどのゴブリンキングは決闘から逃げないが、たまに逃げる者がいる。そうなると決闘と認められない場合があるのだ。

その点を彼は懸念していた。



ゴブリンキングの決死の咆哮に周囲の者が体を縮こませるが、ハイゴブリンは少し煩わしそうにするだけで気にしなかった。


太い筋肉を全力で用いて振り上げられたこん棒を、踊るように余裕をもって回避したハイゴブリンはゴブリンキングの懐へと素早く入り込み、容赦なくその首をはねた。


首がゴロゴロと転がる。周囲の目はそちらに向かい、空気は動かなくなった。


ハイゴブリンはそんな空気を気にせずに周囲のゴブリンを、威圧をもってにらみつける。その立ち姿、あまりの実力の違い。

皆、その威圧に思わず恭順の意思を示した。恭順の波が起きていく。


「ようやく終わったか。しかし、やはりこの広いダンガール大森林の中を探すのが面倒になってきているな」


彼はここまで本拠地からハイゴブリンの足で二日ほどかけて来ている。そして期日は迫っていた。


「よし、おまえら! 俺についてこい!」


ゴブリンにとって王者の言うことは絶対。一万人を超えるゴブリン達が大移動を始めた。






ダンガール大森林の中央から少し東に進んだところにハイゴブリンの街があった。

中央部特有の巨大な木でつくられた簡素な家が並ぶ街であり、その中で一番の立派な屋敷が中央に存在した。


その中にハイゴブリンキングが住んでいた。


「戻ってきたか」

「は! ゴブリンキングの集落を一つ連れてきました!」


ハイゴブリンはゴブリンの不動の王族。そのように言われているが、ハイゴブリンとなってはそれもただの一つの種族となる。


そしてそのハイゴブリンの中にもランクはあった。

ゴブリンキングを打倒した彼はハイゴブリンウォーリアー。

そしてそのハイゴブリンたちを統べるのがハイゴブリンキングであった。


「ふーむ。これでようやく55万か…。」

「目標が80万でしたか」

「ああ、最低限の数字には届きそうだが、目標まではまだまだ足りんな。前回の戦争からまだ時間がたっておらんからな」

「いくらゴブリンの繁殖力とはいえ、増殖には時間がかかるかと」

「とはいえ、戦争は待ってくれん。ここで集めきれなければ、我らが餌となってしまう」

「…はい」


戦争が始まる。

ここら一体を支配しているダークエルフと犬猿の仲のエルフとの戦争だ。この戦争は10年の一度くらいの頻度で起きていた。


だが、今回の戦争は前回の戦争から3年ほどしかたっていない。理由は神々がかかわっているということしか聞かされていない。


このダンガール大森林のハイゴブリンはダークエルフの一派だ。だからその一軍として戦争に参加する。参加しなければダークエルフに群れごと滅ぼされる。


そして参加には数も要請されていた。

だが、ある程度の数があればごまかせる。ダークエルフもわざわざゴブリン達を細かくは数えない。

その最低限の人集めを今していた。



「続けて集めてくるのだ」

「は!」


そしてハイゴブリンウォーリアーは再びゴブリンを集めにダンガール大森林を駆け回っていく。




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