金庫

〔蒼〕

 苦労して調べた番号で回す。"かちゃ“とも"きゃちゃ”ともつかない音が鳴り、小さな振動が僕に快感を与える。

この金庫は数ヶ月前に亡くなった碧生のものだ。彼は、事故で亡くなった。直接血が繋がっていたわけではないが、同じ恐怖に立ち向かっていたという共通点があった。仲間の喪失は心の支えを無くしたのと同じであった。

 彼は勘が良かったので僕の意思に気がついていたかもしれない。彼は、よく冗談を吐いた。


碧生は,何かをノートに書いている。そうだ,あれは宿題をやっていた。

「なんだよ,バリウムイオンって。Ba2+なんて知らないよ」

そういえば、苦戦している様子だった。碧生は化学分野が苦手と言っていた。

「3+とか2+だとか、覚えられないなあ。

まさに,『2+の悪魔』だよな,蒼威。」

共感を求められても、と笑いながら言った記憶がある。


 この金庫のことはあいつには隠している。あいつが荒らして、碧生のせっかくの遺品や、想いがぼろぼろにされてしまうのが嫌だったからだ。姉妹にも隠していた。先ほども言った通り、碧生は何か気がついているのかもしれない。一緒に金庫を開けて、不利益になるものが入っていたら困ったからだ。

そして、あいつを思い出すと共に,亡くなった姉の事が蘇って来て、手に籠る力が強くなった。

不都合ではあったが、葵は急に入って来たし、不自然に隠すのも逆に怪しかったから、堂々と開けることにした。

「どした?」

と、何も知らないような顔で、葵が覗き込む

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る