そんな恋愛ありなんですか?

ぽえーひろーん_(_っ・ω・)っヌーン

されど叶わぬ告白


「——それで? 遺言はある?」


「ちょっとまって!

話を聞いて欲しい!」


目の前で喚いている男は


床に手を着いて

涙で頬を濡らし

悲壮感に満ち溢れる表情で

私を見上げてきている。


必死に懇願する彼に

私はとても冷静にこう返した。


「やだね」


「じゃあ見るだけでも!」


「なにを?」


「え……あ、決意?とか?」


「じゃあ見せてみてよ」


「…………ふん!」


`見せてみてよ`と言われて


顎に手を当てて数秒考えた末に

彼は両腕を折り曲げで力こぶを作り

何やら気合いを入れる動作をした。


誰も何も喋らない

完璧に時間が凍結していた。


多分私は物凄く冷たい目を

彼に向けていたと思う。


「さようなら、今までありがとう」


「ほあ!?まっ……待ってくれ!」


驚くってことは、つまり彼は

今ので私の納得を得られる気で居た

ということに他ならない。


バカなの?

ああ、いやバカか


いきなり私を呼び出したかと思えば

顔を合わせるなり告白してきて


好きな理由は?と尋ねた所

`顔!!!`と大真面目に言い放ち


……まあ、悪い気はしない

一応褒められているのだし

私としては嬉しかった。


だが、問題はその後


彼は私のことを突然

ガバッ!と抱きしめてきて

`愛してる!`と叫んだのだ。


まだ返事してないし


ここ通学路で人いっぱい居るし

馬鹿力で結構痛かったし

割とビックリさせられたし


物理的な愛が私を包み

そしてそれは私の機嫌を

物の見事に損ねた。


その後は想像の通り

このバカ野郎を叩きのめして

地面に薙ぎ倒したあと


頭を——靴を脱いだ足で——踏みながら

人生最後の言葉を述べさせようとしたのだ。


「チャンスください!」


スタスタと

歩き去ろうとする私の前に

滑り込むように割り込んでくるバカ


私は立ち塞がる彼に組み付き

ズリズリと押しのけていく


私は力が強いのだ

そして彼は体重が軽い

簡単に動かすことが出来る


「残念だけど

最高裁の上はないんだよ」


「あ、それ昨日授業で見た

3チャンスもあるって考えると

裁判って結構優しいのかもね」


「キミ授業は寝てたよね

見たのは私の写したノート」


ズリズリ、ズリズリ

靴底が擦れて削れる音

アスファルトの歩道を滑る音


私に押されているというのに

抵抗する素振りすら見せない彼

これじゃまるで荷物みたいだ。


「歩くのサボってる?」


「いやほら、密着してて良いなって」


「……」


しまった

そういう認識だったか


そう言われてみれば確かに

これは見方によっては`抱き着いてる`

とも取れなくもない。


いつの間にか背中に回されていた

彼の腕がそれを証明している。


こねこねと

背中をこねくり回されている

腕枕で眠る恋人にするみたいに

優しく、優しく撫でられている。


「背中撫でるのやめな」


「あ、ごめん、つい」


「ごめんなさいは?」


「いきなり抱きついてごめんなさい」


「いいよ、許す」


私は器が広いんだ

謝られればそれで許す

なんてさっぱりした女だろう


これだからモテちゃうんだな

告白されるのだってこれで

今月入って4回目だし


……そのうち3回は

同一人物なんだけど。


「僕の告白ってどうなったのかな」


「もちろんボツ」


「そっかあ……じゃあまた今度だね」


「そうだね」


私たちはかれこれ一年

こんな事を繰り返している。


彼が私に告白し

そして私が容赦なく振る

しかし関係性は変わらない。


距離感が変わることは無い

相変わらず毎日一緒にいるし

家にだって入り浸っている。


お風呂だって一緒に入る

偶に同じベッドで寝る事もある


でも付き合っていない

告白を受け入れる気は無い


何故か?と問われれば

何故だろう?と返す他ない


私自身、分からない

そして私という人間は


答えの出ない問いを

迷わず放棄する傾向にある


その結果、この

今の妙な関係性が生まれている。


現に今も


「今日寒いねえ」


「マフラー巻けば良かったのに」


私たちは既に普通に並んで歩き

日常会話を交わすに至っている

先程あんな事があったにも関わらずだ。


ゆるい関係

と言い表すのが最適か

私たちの関係はそんな感じだ。


「行ける!と思ったんだけどね

僕、ギャンブルの才能ないのかも」


「2択に負ける男だものね」


クスクスと笑いながら

バカにするようにそう言うと


「あは、それ言えてる」


彼はにこやかな笑顔で

私の言葉を肯定した。


「でしょ」


そしてもちろん私は

彼がそう反応する事を知っていた。


この男はそういう奴だ

怒るという感情が吹き飛んでいる

お気楽で能天気で気持ちの良い奴なんだ。


「んー、じゃあリルは

2択に勝つ女の子かな」


「それは違うよ、私はね

択を与える側なんだから」


選ぶ側なんてとんでもない

私はそれより他人に選ばせる方を取る

そっちの方が楽しいに決まっている。


「主催者側か、ぽいね

すごい理不尽を課してそう」


「その分、乗り越えたら報酬は凄いよ」


「たとえば?」


「パンツ見せてあげる」


「それ僕にやってくれない?」


「今朝着替えた時に見てなかった?」


「あ、そういえばそうだね

確か水玉模様の——」


「え、違うけど」


見つめ合うふたり

歩みがピタッと止まった

しばしの沈黙が流れる。


「分かった!たしか黒の——」


「ミステイク」


再び凍てつく時間

今度はさっきより緊迫感がある


具体的に言うと

彼の額に汗が滲んだ

こめかみの辺りから水が流れ落ちた。


青い顔をしていた彼は

突然、何を思ったか


それまでの態度を一変させて

キリッとした顔を私に向けてきて


大袈裟な身振り、手振りを付けて

こんなふうに叫んだ


「ああ、もう!

じゃあ無しでいいよもう

ノーパン!履いてません!」


無言でスマホを取りだし

ある番号を打ち込んでいく


「……いち、いち、ぜろ」


「うわぁ!ダイヤルストップ!

え、待ってほんとに掛ける気だった?」


「性犯罪者は射殺してもらわないとね」


「裁判すらして貰えないの?」


「もちろん」


「そっかあ……」


「ほんとに覚えてないの?」


「みたい、蹴られたせいかも」


「打ちどころ良かったんだね」


「そうかも、一時間目サボろうかな」


先に断っておくと

彼は決して真面目では無い


校則無視の髪色と髪型

改造され尽くして原型のない制服


彼、ミチノリという男は

紛うことなき不良児だった。


「いいね、私もそうしようかな

体育館でバスケするっていうのは?」


もちろん

私とて例外ではない


プラチナブロンドに染めた短髪

ネイル、ピアス、メイクにエクステ

とにかくやりたい放題している。


「文化部の部室荒らしに行こうかな

とか、僕は考えてたかな」


「またおやつ盗む気なの?」


「置いてる方が悪いよね」


「思考回路が犯罪者」


「もちろん、冗談だよ」


全く感情の籠っていない

此処ではない何処かに向いた目

たぶんお菓子の事考えてる顔だ


「それで嘘のつもり?」


「え、バレた?うそ、なんで」


ピュアすぎる

真っ直ぐすぎる

そして馬鹿すぎる


正直心配になってくる

この男を一人にして大丈夫なのか?

いや、多分絶対にダメだと思う。


そこで


私はふと嫌な予感がして

彼にこう尋ねてみた


「……ねえ、もしかしてさ

私の居ない間にミチノリまた

怪しい壺とか数珠買わされてない?」


「怪しくないよ!おばあちゃんがね

効果があるんだって、言ってたんだよ


凄いよ、銀行口座の中のお金

自動的に増えるんだってさ


こんどスイーツ

沢山奢ってあげる!」


頭痛がした

あと吐き気と目眩

死にたくなってきた


「……ミチノリ?」


「うん?」


「ちょっと屈んで

お辞儀の姿勢だよ」


「……こう?」


ターン、ターンと

軽く跳ねて調子を確かめる。


そして私は彼の

90度に折れ曲がった体の

内側に入り込んで


首と、脚に手をかけて引き込み

そのまま


「わ、わあっ!?」


肩の上から情けない声が響く

女の私に軽々持ち上げられる

その体重どうにかしたらどうなの?


「30って所かな」


「え?何が?」


無慈悲

彼の言葉には取り合わない

淡々とやるべき事を進めていく。


「せぇの——」


「ちょっと、リルちゃん

何しようとし……


うわあああああああああああああ!!?!?」


ブォン!ブォン!

フィギュアスケートのように


その場で

私の体は彼ごと回転を始めた

たっぷりと遠心力を付けて


「ああああああああああああ!!!

あ、あああ!ああああっ!!!!


うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


思いっきりぶん回す

思いっきりだ、全力だ

殺すつもりでぶん回している。


「——あああああああああああッッ!」


「じゅういち!じゅうに!

じゅうさん!じゅうよん!」


「ああああああああははははははは!

あははは!なんか!楽しいこれ!!

あっはっはっはっは!アーッハッハッハ!


う、おえ、ちょっと酔ったかも

あ、無理ごめん、き、気持ち悪い!


気持ち悪い!気持ち悪い!

降ろして!降ろして!降ろし


ああああああああっ!!!」


「にじゅういち!にじゅうに!にじゅう——」


やめてと言われて

止まる拷問は存在しない

彼にはお仕置をする必要がある。


それにこれは暴力ではない

ので、私はちっとも悪くない

平和的かつ微笑ましい手段だろう。


もっとも


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!

もう、買いません!ごめんなさい許して!」


「この!あいだも!そう言って!た!」


私の怒りは

収まらないのだが。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


「リルちゃん!思い出したよ!」


お昼休み

授業終わりの教室に

友達と話していた私の元へ


ミチノリが

物凄い勢いで突っ込んできた。


脈絡ナシ

主語ナシ

意味不明


ほとんど交通事故の様なモノだが

私の友人達はすっかり慣れていて


「うわぁい、ミッチーやっほぅ

リルちゃん借りてたよぉ〜〜」


「ミチノリじゃんビックリ

息切れしてんじゃん!ウケる!w」


とまあ、こんなふうに

完全に耐性が出来ている。


初めの頃は凄かったな

毎度毎度叫び声が上がっていた。


ミチノリのセルフ

ポルターガイストのおかげで彼女たちは


お化け屋敷に入っても

ピクリともしなくなったらしい。


日本一怖いお化け屋敷に行って

談笑する余裕すらあったと聞いた


そのあまりの豪胆ぶりに

係員に記念撮影を頼まれて

お化け屋敷の立て看板に

写真が飾られているのだと言う。


困惑顔ひきつり半笑いピースで

その話を聞いた時は、流石の私も

教室の床を転げ回ったものだ。


「思い出したやって何が?」


「あ、うん、パンツの色

薄いピンク色だったよねって」


「ねえ適当言ってない?

記憶力どうなってるのかな?


掠ってもいないけど

やる気ある?舐めてる?」


「……そんな」


絶望し、項垂れるミチノリ

その様があまりにも可愛そうで

私はちょっと顔に笑みが浮かんだ。


一方で


「アッハッハッハ!何それw

相変わらずアンタらおもろ〜w」


「あーミッチーサイッテ〜」


ワイワイと

楽しそうな観客がふたり

完全に見せ物扱いされている。


「……僕、記憶喪失かも」


「いいよもう、ほら

ちゃんと見てくれよ」


「きゃっ」


「ワオ、だいたん」


私はスカートのゴムを

指で引っ張って隙間を作り

彼に上からのぞき込ませた。


「……そうだ!白だ!

そうだよ、そうそう!


かわいい下着だね

それ確か誕生日に買ったやつだ」


「そうそう、リボン着いててさ

ほらここ、見える?お気になんだ」


「見える見える、良いじゃん

そっかあ、白だったか……」


「ちなみに、朝も同じ感想

私に向かって言ってたよ」


服装を直しながら

彼のボケ具合を指摘する。


「ミッチーの脳細胞がピンチ〜」


「ヤッバw倫理観無さすぎ

ていうかあたしも見ちゃったしw


……いやほんとマジ鼻血でそう……

えっろ……凄いもん見たわ……やっば」


相変わらず外野が楽しそうだ

手を叩いて喜んでる者もいれば


床に手を着いて

何やらブツブツと言っている者も居る

実に賑やかなお昼休みだこと。


「もうすぐチャイム鳴るよ」


時計を見ながら

このはた迷惑な来訪者に警告する。


「んー、どうしよう

このクラスで授業受けようかな」


「また私の机の横の床で

体育座りして授業受ける気?」


「そうだよ?」


無垢な顔

頭の上にお花畑が見える

彼はどうやら本気らしい


「え!マッジで!?

午後の授業ここで受けんの?


おっしゃあ!!!!

ッシャア!退屈にバイバイ!

そして哀れ数学の橋宮wwwwwwww」


「うぉ〜〜こりゃ楽しくなりそぉ〜」


「またどうせ、途中で寝て

私にもたれかかって来るんでしょ?」


「まさか、寝ないよ」


「はいそれ言うの50回目

今まで1回も守れてないよ?キミ」


すると彼は異常なまでに

目を泳がせながら言った。


「まさかwそんな訳ないよw」


「あぁーっ!私の喋り方

移ってっしミチノリ〜w」


「ミッチーすぐ影響されるもんねぇ〜w」


「いや、キミもだよ」


「……うそ」


その後


午後の授業が開始し

教室に先生が入ってくると

真っ先に私の隣の床に座っている


ミチノリに目を向けて

ビクッ!と体を跳ねさせて


教材を抱えた腕が

プルプルと震わせた。


号令をかける時の声が

可哀想なくらい揺れており

これまで積み重ねられてきた

数々のトラウマに押しつぶされていた。


トラウマの原因は主に

`言うことを聞かない`せいだ。


教師としてのプライドを

ズタズタに引き裂かれた先生は

すっかりミチノリを透明なものとして

無視するようになってしまったのだ。


「キミいつか刺されるね」


「痛そう」


密かに

そんな会話が交わされるのだった。


✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱ ✱✱✱✱


これはある日のこと


「リルちゃんリルちゃん

大事な話があるんだ」


行為を終えて

シャワーを浴びた後

乾き切ってない髪の毛に

首からタオルをかけた状態で


ベッドの上に正座して

私に話しかけてきた。


「どうぞ」


「うん」


こんな光景を

私はもう何度も見てきた

慣れ親しんだとすら言って良い


「リルちゃん」


「なあに」


「僕と」


「うん」


「同棲してくれませんか」


「良いとも」


「ほんと?やったあ!

じゃあ髪乾かしてくるね」


脱衣所に消えていく彼

勢いよく動いたので

水滴が飛び散っている。


「……なんだ、違うのか」


私はてっきりまた

告白されるモノと思っていた

だから、正直に言うと驚いた。


「まあいいか、眠いな

ちょっとお昼寝しようかな」


結構体力を使ったので

私の体は披露している


お風呂にも入って

さっぱりとした事だし


少し居眠りをしても

誰も文句は言わないだろう。


「これでよし、と」


来ている衣服を着崩して

が見えるようにする。


「ま、偶にはご褒美

あげたりしないとね」


下着は着けていない

要はそういうことだ。


たっぷり見るといい

なんなら触ってくれてもいい


どうせこれから飽きるほど

見ることになるんだからね。


「……いつ切り出そうかな」


学校用のリュックサックの

一番外側のチャックの中


収納スペース

そこに仕舞われている

桃色をしたステンレスの輪っか


雑誌の付録についてきた

シャレみたいなその物品は

しかして意味を孕んでいる。


私たちは付き合わない

彼の告白は受け入れない


なぜか?


だって付き合うと

いつか別れなきゃないだろう?


これは願掛けみたいなものさ

あえて関係を始めないことで


名前をつけないことで

現状維持を図ろうという

私の可愛らしい乙女心


でも


それもそろそろ

変えなくてはならない。


まだ


本物は買えないけれど

いつかそうなれと願い

そして`予約`をするための


彼は私のもので

私は彼のもの


それを示すための

証のようなモノ


「——ただいま、リルちゃん

て、あれ、寝ちゃってる?」


まあ、そのうちに

渡すことになるだろうさ。


「見えちゃってるよ?」


「見ていいよ、どうぞ」


「ほんと? ありがとう」


なぜなら


私たちの関係は、きっと

もう間もなく進展するだろうから……。

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