003
カウントダウンが始まると、リョウはすぐに言った。
「サラ、目を瞑れ」
サラは言われる通りに目を瞑る。リョウは続けてサラに言って聞かせた。
「どうすればそれを使えるかはわかるよな? 引き金に指を引っ掛けて、そのまま引け」
途端、サラは目を見開いた。その目に“信じられない”という感情が浮かぶ。
サラは首を振った。
「それじゃ、リョウが死んじゃう」
リョウはサラの目を見る。
「そうだ。俺が死ねばいい。それでお終いだ」
リョウの目に、もう涙は流れていなかった。こんなことになってしまったのは自分のせいだ。だから、自分が死んで終わらせるべきだった。
サラを安心させたかった。リョウは余裕ぶって、サラに微笑んだ。
「なんなら金も貰っておけよ。五十秒くらい過ぎたら、俺を撃て」
そう聞いて、サラはいっそう激しく首を振る。
「嫌だ、絶対に嫌」
そう言うだろうという予想はしていた。過程がどうあれ、こんなことをしたいわけがない。
リョウはだから、穏やかな声色を努めて作り、サラに語りかけた。
「深く考えちゃだめだ。どっちかが死ななきゃいけないんだったら、俺が死ぬ」
すると、サラは急に表情を曇らせ、リョウに向かって静かに問いかけた。
「なんで?」
その眼差しに、リョウは一瞬、犯罪をさせない理由をサラに問われたときのことを思い出した。なぜこの一瞬でその出来事を思い出したのかリョウにはわからなかったが、サラは続けて言った。
「リョウは……いつもそう。自分が損をして、私を守れればいいって思ってる。そんなのおかしい」
「何もおかしくない」
「だから、なんで?」
「……サラ、もうどうにもならないのはわかってるだろ。だったら二人のうち、どっちかが生きるしかないんだ。俺はお前に死んでほしくない」
サラはリョウの言葉を聞いて俯くと、言った。
「私……今までずっとずるかった。リョウに頼ってきた。こんな時までリョウに頼って……リョウを殺してまで、生きていたくない」
サラは顔を上げる。
「リョウはずっと私のために我慢してた。だから、リョウが生きなきゃ」
「サラ……」
それはできない、とリョウが言おうとしたとき、無慈悲な声が聞こえた。
「残り十秒」
まずい。
リョウの背筋に強烈な焦燥が走る。リョウはサラがここまで粘るとは、想像だにしていなかった。
「ダメだ、サラ、早く撃て。お前は生きるんだ」
「嫌だ、リョウが撃って」
リョウは叫んだ。
「早く撃て、サラ!」
サラが叫び返した。
「リョウが撃って!」
中央に座る男とタイマーを持った男が、拳銃を抜いた。リョウとサラの手前に立ち、二人の頭に銃口を向ける。カウントダウンが終わると同時に、二人を撃てるように。
タイマーを持った男が淡々と数える。
「三、二……」
銃口が横目にちらつく。正面を見れば、サラはリョウの目を見て、最後まで拒絶の意志を示していた。その手はしっかりと握り込まれ、絶対に引き金を引くつもりがないことを示していた。
もしかして、本当にサラは俺を撃つ気がないのか。
もしかして、このままだと二人とも死ぬのか?
死ぬ?
それを意識したコンマ数秒の間に、リョウの脳裏に猛烈なリアリティを持った恐怖が流れ込む。
死。
「一」
男が最後のカウントをしたその瞬間。
閃光と炸裂が走った。
「!?」
リョウは思わず体を竦ませた。
何が起こった!?
リョウは拘束で動けないなりに体を折り曲げ、自分の身を守ろうと反射で動いた。
だが、それが問うまでもないことだということは、まるでリョウの意識に上ってはこなかった。
閃光と炸裂が起きたのなら、つまり銃が発射されたのなら。
それでリョウが生きているなら、そこで起きていることは一つしかなかった。
だけど、リョウの心はそれを想像することを、どうしても拒んでいた。
数秒経った。ひどい耳鳴りと残像が、部屋の中の静寂を埋めた。
恐る恐る、リョウは目を開ける。
吹き飛んだサラの顔が、眼の前にあった。
「あぁ……」
リョウの全身を、虚無感が包み込んだ。途方もない倦怠感が全身に注ぎ込まれ、まるで空気が全て泥になったように体が動かなかった。
「はっ……」
リョウの口から、自嘲が吹き出した。
何が起こった、なんて……。
俺は何をそんな白々しいことを考えていたんだ。
俺が、サラを殺したんだ。
「生き残ったのはリョウ・トウガ。経過時間は五十九秒」
中央の男が宣言すると、カメラの男が録画を止めた。
ポン、と間抜けな音が鳴る。
中央の男は言った。
「さあ、劇は終わりだ」
ぼんやりとしたリョウの思考では、男が言っている意味を掴むのに時間を要したが、中央の男がまた拳銃を持ち出したことで、ようやくそれを理解した。
中央の男が、リョウに銃口を向けて言った。
「あんな迫真のやり取りを見せてもらった後で悪いが、お前にも死んでもらう」
脱力しきったリョウは男が向ける銃にちらと目をくれたが、すぐにサラの死に顔に視線を戻した。
「驚いてないな」カメラの男が言った。「いつもは、約束が違うとか言って泣きわめくんだが」
リョウはぽつりと呟いた。
「……最初から、わかってたんだ。俺が生きられるはず無いって」
そう、リョウは最初からわかっていた。
リョウを生かしておけば、絶対に禍根を残す。サラはともかく、もしリョウが生き残ったのならば、男たちは絶対にリョウを殺すはずだった。
だから、リョウはサラに撃たれるつもりだった。
それが、最後の最後で揺らいだ。
サラがリョウよりも強い覚悟を見せたことで、自分が生き残る可能性に賭けようという思考に、一瞬でもリョウは滑り落ちてしまった。もしかすれば希望があるかもしれないと思ってしまった。
そしてサラを撃った。
サラを殺した。
それが、今はとても情けなかった。
リョウは言った。
「やれよ。もうどうでもいい、全部……」
男たちは興を削がれたような表情を見せたが、すぐに銃を向け直した。
リョウはずっとサラの吹き飛んだ顔を見ていた。
「じゃあな」
そして、再び、閃光と炸裂が起き――――
――――リョウは、再び目覚めた。
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