プロローグ/第一章 『ラキ花』の世界に転生しました
「──コーデリア、君との
やわらかな日差しが降り注ぐ
ラピスラズリを
(さすがヒーロー、今日も
婚約破棄はもう何年も前から
……ないが、いざその
(原作では
などと
「そう、婚約を……破棄……」
(いえ、やっぱりやめましょう。グーは私も痛いしビンタも痛いわ。それより、せっかくだからいわゆる『ざまぁ』を
「破棄……したくない……いやしなければ……」
すっかり自分の世界に入っていたコーデリアは、その時になってやっとアイザックの様子がおかしいことに気付いた。
ん? と思ってよく見てみると、彼は痛みでも感じているかのように顔を
(様子が変だわ。やだ、もしかして私、気づかないうちに闇魔法でも発動させちゃった!? さすがにそれはまずいわ!)
「
婚約破棄されたからといって、王子に闇魔法なんて使おうものなら
コーデリアはあわてて
(……うん、闇魔法のせいではないみたい。それなら一体どうして?)
不思議に思い、視線を上げたところで
いつも冷静
「アイザック殿下……?」
「すまない、コーデリア。私が
「ちょ、ちょっと待ってください殿下。意味が分からないので、
(なぜ、婚約破棄をする側が死にそうな顔をしているの!?
コーデリアの言葉に、アイザックは大きなため息をついた。それから、すがるようにぎゅっとコーデリアの手を
「……聖女
「──なんて!?」
その時うっかり前世の言葉を使ったことに気付いたのは、後々になってからだった。
〇 〇 〇
──話は
加奈が欲しいと思ったものは、すべて幼なじみの〝ひな〟のものだった。
学芸会では担任に「お
(……いや仕事を手伝うって何なのよ手伝うって! 私たち同期なんですが!? 要するに、
その日の加奈は、ロケで使う大量の荷物を
夏真っ盛りの照り付けるような日差しの下、大きなため息をつく。
(確かにひなは
加奈は小さい頃から、「可愛い可愛いひなちゃん……とその幼なじみ」という、お
その上ひなは何もできなくて、なんでもかんでも加奈を
ガリ勉のスグルくんからは「加奈さんってなんか、母親みたいですね」と言われ。
人気者のハヤトくんからは「加奈ちゃんってお母さんっぽい」と言われ。
やんちゃなアツシくんからは「お前あれだよな、うちのおかんに似てる」と言われ。
(言葉は全部
くぅっ、と加奈は
本当は自分だって、可愛くて守られる側の女の子になってみたかった。でも、周りの
(いいけどね! おかげで私、何でも自分でできるし! ひとりで生きていけるし!)
ぐすっと
加奈とて、ずっと今の環境に甘んじていたわけではない。
早々に〝
大学こそは! と国立大に入って一時の
(私の今までの努力って、何だったんだろう……)
入社して三年、念願の広報部に入れたと喜んだのもつかの間。加奈はひたすら同期であるはずのひなのサポートをさせられ、手がけた仕事はすべてひなの名前で報告され、ようやく
もはや、仕事にまったくやりがいを感じられなくなっていた。
「ねえ加奈ちゃん」
そんな加奈の気持ちなど
「この間おじいちゃんがグッティーの新作バッグを買ってくれたの。でもひな、もう同じのを持っているから、よかったらもらってくれない?」
ひなが言う〝おじいちゃん〟とは決して血の
「いや、いいよ。私、そんな可愛い
「え~? 残念。ひなの持っているもので何か欲しいのがあったら、何でも言ってね?」
そう言って、人差し指をほっぺに当てて小首を
(一応
そう、ひなは悪意があってやっているのではない。ただ地球が回っているのと同じように、尽くされるのが当たり前の世界に住んでいるだけ。
だが巻き込まれる方はたまったものではなかった。特にひなの
以前、勇気を出して「資料作りくらいは自分でしてほしい」とひなに言ったら、後日上司(もちろん男)に「どうしてひなちゃんが資料作りをしているんだ? お前の仕事だろう」と
以来、
(あっ、思い出したらやっぱり嫌になってきた。異動願いを出して、それでもダメだったらもう転職しよう……)
その時の
──ところが。
「きゃああっ」
「えっ?」
ひなの
● ● ●
加奈は夢を見ていた。
暗闇の中で、白く発光する美しい女の人が、横たわっている加奈を
(
その人は加奈が起きたのに気付いたのか、頭によく
『ごめんなさいね、あなたたちの設定を少し間違えてしまったみたいなの。お
(えっ? 転生……って、もしかして今
そう考えると、女神は
『さあ、望みを言ってごらんなさい。今だけ、何でも
(望み、望み……。ああ、こんなことならもっと色々読んでおくべきだった。何が一番お得なの? よくわからないから、もう、努力が
努力しても努力しても、ひなの前ではすべて水の
そんなのはもう、ごめんだった。
投げやり気味に考えると、女神がまたくすりと笑う。
『いいわ。では、あなたが努力した分だけ、正しく報われる世界に連れて行きましょう』
そう言うと、女神は
● ● ●
次に目を覚ました時、〝加奈〟は広いベッドの上にいた。
ひとり暮らしの
(いい
そこまで考えて加奈は飛び起きた。
目の前に広がっていたのは、海外の歴史ドラマにでも出てきそうな
ロココ様式とでもいうのだろうか。家具はどれも高そうなものばかりで、
「コーデリア様! お目覚めになったのですか!」
加奈があぜんとしていると、女性の叫び声が聞こえた。
見ると、四十代ぐらいのふっくらとした女の人が、あわてて
「だ、
(って何!? なんとなく言っちゃったけど、ばあやってどういうこと!? しかも私の声すごく高い!)
知らず自分の口から出てしまった声に、加奈は
「よく顔を見せてくださいまし、コーデリア様! ……ああ、元気そうでようございました。階段から足を
なんて言いながら、ばあやはエプロンの
それを見ながら加奈──今はコーデリアと呼ばれている──は、
(ああ……そういえば私の名前はコーデリアだ。この間七歳になったばかり。うん、なんかよくわからないけど、確かにそんな
この家の
(って記憶それだけ!? なんかもうちょっとこう、
──そこに映っていたのは、天使かと
陽光を受けてきらきらと
(うわ、美少女! いや、美幼女!)
(私……本当に転生してきちゃったの? あれ、夢じゃなかったんだ?)
なおもモチモチのお肌を触りながら、加奈は考えた。
(もしかして記憶が大雑把なのって、今の私が幼すぎて全然覚えてないからなの? というか、女神様っぽい人が言っていた『あなたたち』って誰のことなんだろう?)
そこまで考えてから、加奈はふと自分の顔に
(……気のせいかな、この顔にこの
それから
「ねえばあや。私の名前ってなんだっけ? 名字の方……」
「あら、コーデリア様もお名前を気にするようになったのですか? あなた様のお
〝コーデリア・アルモニア〟
忘れもしない。それは加奈が大学時代、ハマりにハマった
「
自分のやたら
「どうされたのですかコーデリア様!? 誰か、誰か! お医者様をお呼びして!」
突然
(知っている……この世界……いや知っているなんてものじゃない……)
コーデリアがまだ加奈だった頃、とあるゲームアプリに
それが『ラキセンの花』、
主人公であるエルリーナは、ある日突然ラキセン王国の守護神・
そんなエルリーナに、ヒーローたちは王の地位を
同時に聖女を
キャッチコピーは「真実の愛を見つける物語」。
とにかく美しいビジュアルと結構な数のヒーロー(しかもアプリだからどんどん追加される)が功を奏し、『ラキ花』は元々ゲーマーである加奈だけではなく、ゲームとは
その中で加奈はヒーローのひとり、
初めは見た目から入ったものの、加奈はすぐに彼の優しさにむせび泣くことになる。
なにせ、生まれてからずっとひなの引き立て役として生きてきたため、男の子にこんなに優しく大事にされたのは初めてだったのだ。
画面の中の相手とわかっていても、いやむしろ画面の中の相手だからこそ、加奈は安心して好きになれた。そうして気付けば、加奈はバイト代をすべて注ぎ込むほど、アイザックにのめり込んでいた。
(ああ~思い出した……。
集積所のゴミ
抽選で当たるかどうかの運なんて、ひなのせいじゃないことぐらいわかる。わかるが、加奈はあまりのショックに、その後『ラキ花』の
(バカバカしいってわかっているけど、アイザック様をひなに取られた上、ポイ捨てされた気分になったんだった……)
今が幼女で、
「……どこか痛いの?」
だから、
泣くのも忘れて声がした方を見ると、そこにはいかにも『ラキ花』の貴族っぽい服に身を包んだ、無表情な男の子が立っている。
ラピスブルーとも呼ばれるさらさらの
(ってアイザック様の幼少期だこれ!)
クワッと目を見開いたコーデリアに、アイザックがビクッと
忘れられるわけがない。この『アイザック王子~幼少期ver~』のスチルとストーリーを手に入れるために、加奈は一か月間もやし生活になったのだ。
(ああ、十歳のアイザック様に生で会えるなんて感動……!!
即座にアイザックの
──今の加奈、こと、コーデリアは、アイザックルートに出てくる悪役令嬢だ。
表向きはツンケンとした
だが、かつての加奈はどうしてもこのキャラが
『あなたがいなければこの国に混乱は
そう涙ながらに語るコーデリアの姿は胸に来るものがあった。実際、聖女が見つかったことで国中を
「……大丈夫?」
「はいっ! 大丈夫です!」
回想していたコーデリアは、またもや近くで聞こえた声に
「元気そうでよかった。階段から落ちたと聞いていたから……」
王子として厳しく育てられてきたためか、それとも
今だって、コーデリアを心配してわざわざ訪問してくれているのだ。
(そう……アイザック様は幼い
本来であれば
ただ
『私はただ、自分の
その言葉通り、周りが聖女に心酔してゆく中で、アイザックだけは
当然、主人公である聖女がアイザックを選ぶこともあるのだが、アイザックもただでは聖女に乗り
……とはいえ結局聖女を選んで婚約
コーデリアが思い出していると、バン! という乱暴な音とともにドアが開かれた。
そこに立っていたのは、ツンツン
「よう! 見舞いに来てやったぜ!」
いかにも自信満々といった様子の少年が、
だが、コーデリアはその少年に見覚えがなかった。
「えっと……誰ですか?」
「はあ!? お前、俺様の名前を忘れたのかよ!? お前の幼なじみで
「あぁ!」
彼は〝情熱の
(幼少期だったからすぐには気づかなかったけれど、確かに顔はものすごく整っているものね……。幼なじみっていう設定は初耳だけれど)
加奈は無料で遊べる分は全部遊んでいるが、お金はすべてアイザックにつぎ込んでいたため、
まじまじ観察していると、ジャンが部屋にいるアイザックに気づいたらしい。
かすかに
「……っと、王子サマもいたんですね」
「……コーデリアの、お見舞いに来ていた」
(このふたり……ゲーム内では王子と
思い出していると、アイザックが無表情のままボソボソと言った。
「……元気そうな顔を見られてよかった。僕はもういくよ。それじゃあ」
「あっ!」
(まだ帰らないで! もっと幼少期のアイザック様を近くで
けれどそんなことを口に出せるはずもなく、コーデリアはただただアイザックが立ち去るのを
「あいつもう帰るのか? 何しに来たんだ?」
不思議そうな顔をするジャンに、コーデリアは
「もちろんお見舞いに決まってるじゃない! でもアイザック様は口下手だから、きっと気を
コーデリアは
「ふぅん……っていうかお前、前からそんな話し方だっけ? あと枕なんか叩いたら、おっかねえばあやに
コーデリアはギクリとした。公爵
(ただの
そこまで考えて、コーデリアはふとあることに気付いた。
(待って。変わるって言ったらもしかして……聖女がアイザック様ルートを選ばなかったら、私が婚約破棄されることもなくなるんじゃない!?)
なんせ、このゲームは
王子に騎士に
ちなみに他のヒーローが聖女に選ばれた場合、アイザックがいる現王家は全員強制的に公爵家へと落とされてしまうのだが、元々現王家も前の聖女に選ばれたことで始まっている。その際に王家から公爵家へと落とされたのが、コーデリアの生まれであるアルモニア家だったりする。だから現王家にとっては、時が
(つまり、聖女がアイザック様ルートを選ばなかったら、私はこのままアイザック様との
コーデリアは
──けれどもコーデリアの期待する〝薔薇色ハッピーエンド〟は、二回目の人生開始早々に打ち
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