御機嫌(ごきげん)七名(ななめい)の一日   作:真部

七月七日 午後十一時


 御機嫌家(ごきげんけ)、四男、死亡確認。






 七月七日 午後十時


 御機嫌(ごきげん)一名(いちめい)は不機嫌であった。トラックに傷が入ってしまったからである。傍には人が倒れている。どうやら人を轢いてしまったらしい。後悔や罪悪感などは全くない。後処理が面倒くさいという感情だけが彼を不機嫌にさせていた。彼は至って安全運転をしていた。対向車線を走っていたバイクから人が飛び出してきたのだろうか。なぜ自分だけがこんな目に合うのだ。早く家に帰りたい。そんなことを思い浮かべながら、彼は警察と救急車を呼んでいた。






 七月七日 午後九時


 御機嫌(ごきげん)二名(にめい)は不機嫌であった。バイクの音がうるさかったからである。いつも午後九時に就寝している彼にとって、この騒音はあまりに耳障りなものだった。また、彼が不機嫌だった理由はこれだけではない。大学の教授に薬物の管理不行き届きで怒られたのである。大学院生である彼は、強い毒性を持つ薬物をいつの間にかなくしてしまっていた。あまり怒られ慣れていない彼にとって、この出来事は彼を十分に不機嫌にさせた。






 七月七日 午後八時


 御機嫌(ごきげん)三名(さんめい)は不機嫌であった。兄弟喧嘩が二階で激しくなってきたからである。御機嫌一家は七人とも同じ家に住んでおり、両親は死別している。そのせいか、兄弟喧嘩は御機嫌家の中では頻繁に起こる。しかし、今回の喧嘩は今までの比にならないほど、凄まじいものだった。ドアが破壊される音やガラスが割れる音、怒鳴り声や奇声などが絶え間なく聞こえてきた。彼はこの騒々しさを記録しようと録音機をその場に置き、近場のカフェへと避難した。






 七月七日 午後七時


 御機嫌(ごきげん)五名(ごめい)は不機嫌であった。自前のバイクを無断使用されていたからである。愛車のエンブレムが大きく欠けていたことを発見し、この事実に気づいた。実際に御機嫌家の三人が彼のバイクを無断使用していた。彼は御機嫌家の中でも温厚な性格である。また親切心もあり、二名の落とした薬物を届けようとしていた。しかし、三年間働いて買ったバイクの破損、彼はこれを許さなかった。この憤りは兄弟4人の壮絶な喧嘩の火種となった。






 七月七日 午後六時


 御機嫌(ごきげん)六名(ろくめい)は不機嫌であった。御機嫌五名のバイクのエンブレムを破損してしまったからである。バイクの手入れ具合を見るに、喧嘩になることは間違いないだろう。御機嫌一家は数字の大きい順に生まれてきた。つまり、御機嫌六名にとって、御機嫌五名は弟で、御機嫌七名は兄に相当する。六名と五名は体格差もあり、六名が喧嘩で負けることはほぼない。しかし、午前中に五名が怪しげな薬物を拾っていたことを考えると、油断ならない。






 七月七日 午後五時


 御機嫌(ごきげん)七名(ななめい)は不機嫌であった。五名から薬物を二名に渡すよう、言われたからである。なぜ、医師として忙しい自分が、弟から厄介事を任命されなければならないのか。ただでさえ遊び惚けているように見える五名からの頼み事は、よりいっそう彼を不機嫌にした。薬物の匂いや、見た目から下剤であると推測した彼は、これを適当な飲み物に入れ混ぜた。この薬物入りの飲み物は午後八時頃、兄弟喧嘩の最中に飲まれることとなる。






 七月七日 午後十二時


 警察は不機嫌であった。深夜に起こった交通事故が、思いのほか複雑な事件であると判明したからだ。被害者は薬で衰弱した後、トラックにぶつかった衝撃によって死んだと判明した。しかし、被害者はバイクを運転できる状態ではなかった。このことから、何者かによって二人乗りの最中に突き落とされたと考えられる。また御機嫌三名が置いていた録音機に、事件と関係していると思われる四人の会話が残っていた。それは次のようなものである。




「まぁまぁ、五名、怒らないでくれよ、エンブレムのことだろ、悪いと思っている」


「俺も悪かった、今度からお前にちゃんと言ってから、バイクに乗るようにするよ」


「違うそうじゃない、六名、七名。お前らが俺のバイクに乗っていたこと自体が問題だ。俺が三年働いてようやく買ったバイクだ、弟たちだけでなく、お前らにも絶対に触るなっていっただろ。なぜ約束を守れない。もういいよ。言葉で言っても、いくら謝っても、解決しない。罰を与えないと俺の気が済まない。お前ら一発ずつ殴らせろ」


「なら、初めから一発ずつ殴っとけよ、五名。ドアとかガラスとかに当たり散らしすぎだろ。そういうところが、まだまだ子供のままだよ」


「うるさい。長男だからって威張りすぎ。お前だけ八発殴ってやるよ」


「やってみろよ、お子様五名」


「まぁまぁ、皆でこれでも飲んで落ち着こうぜ」




しばらく人の嗚咽と悲鳴が聞こえる。




「やばいって、どうすんだこれ」


「まさかあの薬物に毒が入っていたのか、まったく知らないで混ぜてしまった」


「お前マジかよ、七名。殺人犯とかになったら医者として大問題だぞ」


「とりあえず、バイクに乗せて、近くの病院に連れて行こう。担ぐのを手伝え、六名、七名」


「でも多分この様子だと、病院まで間に合わないぞ。病院まで最短で二時間かかる。着く前に死んでしまう」


「じゃあ、どうすればいいんだよ、七名」


「車とかにぶつけて、何とか他殺に見せかけられないか。こういう薬のタイプは時間がたてば痕が残らなくなる」


「本気なのか、七名。それがバレたら、より罪が重なるし、なにより家族だろ」


「でも殺人犯になってしまう方がよっぽど困る。どうせそいつは助からない、どっちが賢明な判断か、考えればわかるだろ」


「俺は一体どうすればいいんだ」


「六名、お前この状況を見てまだわからないのか。もう今にも死にそうじゃねぇか、俺についてこい。コンビニの監視カメラにでも映って、一応のアリバイつくりに行くぞ」


「もう勝手にやっとけ、六名、七名。俺はこいつを病院に連れていく、長男として家族の一員は見捨てられない」






録音機に残っていた四人の会話は以上である。これに加え、コンビニの監視カメラに御機嫌六名と御機嫌七名が映っていた。以上のことから、御機嫌家四男を殺した犯人は一人に絞られる。






 七月七日 午後十時


御機嫌(ごきげん)八名(はちめい)は不機嫌であった。御機嫌五名を見捨てた自分に嫌気がさしたからである。御機嫌家は七人で暮らしていた。長男である御機嫌八名、次男である御機嫌七名、三男である御機嫌六名、四男である御機嫌五名、五男である御機嫌三名、六男である御機嫌二名、末っ子である御機嫌一名、以上の七人家族である。御機嫌四名がいないのは、両親が四という数字を嫌ったからに他ならない。


御機嫌八名は、少し前まで、薬で衰弱していた御機嫌五名と二人乗りをしていた。病院に向かうつもりであったのだ。しかし、七名の言葉がずっと心に引っかかっていた。段々と腰をつかむ五名の力が弱まっていくのを感じる。彼自身、五名の体力は病院まで持たないと気づき始めていた。そんな思いの中、走り続けた彼のバイクの前に、トラックが現れたのである。彼は頭で考えるより先に、手が動いていた。五名を突き落とし、トラックに轢かせたのである。無論、トラックの運転手は御機嫌一名である。結局、御機嫌家七名はどうあがこうと、御機嫌斜めな結末しか待ち受けていないのだ。







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