第6話 危険信号


 俺は硬いパンを半分食べたところで休憩を終えた。


 立ち去り際に、特別これといって欲しい訳でもなかったが、取得できるならしてしまおうかという理由で、焚火跡に残されていた炭をいくらか拝借した。


 そうして、再び、スケルトンのテイム作業を再開した。




 ――あ。


 テイム作業を進め、しばらくした頃だった。それ自体の作業は順調に進められていたのだが、突然、ヨルズのパスが切れた感覚だけが俺へと伝わってきた。


 俺と共にいるヨルズではなく、下水道に残した方のヨルズだ。


(さっきも三匹の接続が――……ッ?!)


 またしても、連続してパスが途絶えた。


 今度は五匹、今のを合わせたら――まただ。これで十匹以上の接続が切れた。


(おかしいッ、何かが向こうで起こっている)


 これまで一匹ずつ、多くとも三、四匹の接続が切れることはあった。おそらく、イタチとの戦闘だろうと思い、そうなることは予測していたし、俺がいた時もあったことだと、あまり気に留めないようにしていた。


 だが、こんなに一度に、まとめて接続が切れることはなかった。


(おいッ、何が起こっている?! また十匹位、逝ったぞ……)


 残りのヨルズの数は――分からない。少なくとも半数程度は残っているだろうが、しかし、このままのペースで減っていけば、全滅してしまってもおかしくない。


(もしかしたら、事故でも、……いや、……プレイヤーか)


 おそらく間違いない。それ以外には考えられない。


 あんな場所だとしても、今は夜だ。夜になれば、自然と街へと戻るプレイヤーが増えるはずだ。何かしらの理由で退屈を持て余したプレイヤーにとっては、あの場所は好奇心をくすぐる恰好の探索場所になる。


 だから、暇つぶしがてら潜り込んだプレイヤーに、ヨルズの群れが見つかってしまったんだろう。そして、逃げることも叶わず、戦闘に及ばざるをえなくなった。……と、いうところだろう。


(ちっ、くしょぉー……分かってても苦しいな)


 可能性として考えていたことだとしても、悔しさとやるせなさと虚しさと後悔が一度にドッと湧き上がってくる。


(でも、乗り越えろ。……乗り越えるんだ)


 そう念じるようにするしかない。これからも同様のことをするつもりだし、これを続けなくては、企業所属や団体プレイヤーと張り合っていけないからだ。


 そうしなければ勝てない。テイマーの利点をフルに使う必要がある。


 多対一の戦いを、多対多に持ち込むためには必要なことだ。俺には一人の時間と生活ギリギリのリアルマネーしかない。だから、やり合うためにはテイマーしかないんだ。


(……向こうも本気なら、こっちは本気以上になるしかないだろ)


 そうして乗り越えなければ、ここでもプロゲーマーの道が閉ざされる。そうなりたくないのなら、こんな状況が嫌でも耐え続けるしかないだろうが。


(……うん、身構えていても仕方ない)


 接続が切れることを恐れていては、目の前のやるべきことさえも疎かになる。現に、向こうが気になり過ぎて、歩くペースが落ちてしまっていた。


(……一旦、収まったみたいだし、……逃げれたはずだと思おう)


 今から走って帰っても、絶対、間に合わないのだから考えないようにする。ヨルズには申し訳ないが、そうする以外のことは出来ない。


 俺は、目的完遂を――優先する。


『……よし、次だ次っ! 案内してくれ!』




 それから……、


 俺は、計八体のスケルトンをテイムし――


 ――合計、十八体のスルト部隊を一夜にして作り出した。


 その内訳は、剣が一体、手斧が一体、槍が一体、盾が一体、弓が一体の主力部隊と十三体の投石部隊である。身につけている武器や防具自体、そのどれも初心者装備にも劣るほどのボロばかりだが、それでも戦力強化に役立ってくれている。


 モンスターの累計討伐数――は、覚えていないが、数十、少なくとも三十体以上のゾンビやスケルトンを狩れる程度にはなった。それもいちいち足を止めて待ち構えるような戦法を取らずとも、歩きながらに引き潰せる位に戦闘能力が向上している。


 この調子なら、明日には、更に奥のMAPに存在するという古城にまで足を延ばしても問題ないだろうと思える。……それまで、スルト部隊の戦力が減っていなければ、という条件付きではあるが。


『……では、俺達は帰還する。お前達は、くれぐれも無理のないように頼むぞ。……じゃあな! スルト部隊の健闘を祈るっ!』


 旧市街地の外側で、十五体のスルト部隊に見送られる中、俺達は背中越しに手を振って、その場を後にする。もうそろそろ、いつ日が昇り始めてもおかしくないから、ここらで切り上げて下水道に帰らねばならないからだ。


 まだ夜の帳は上がっていないが、朝日が昇る頃には他のプレイヤーが街から押し寄せることとなるだろうから、そのタイミングで鉢合わせたくない。もし誰かしらに見つかりでもしたら、俺のすぐ傍に付き従うスルトがやられ兼ねん。


 俺を中心に、槍持ち一体を前に配置、投石スルト二体を両サイドに展開させた陣形で、下水道から流れる川沿いを駆ける。今のところは、プレイヤーの気配はなさそうだが、しかし、いつ出くわしてもおかしくないから出来るだけ先を急ぐようにする。


 ヨルズの警戒網は有効だが、身体が小さいためにそれほど広い範囲はカバーできない。遠目から、俺やスルトの姿を見つけた弓使いや魔法使いに狙われてしまえば、例え警戒していても気配を察知することなんてできやしないからな。


『……お前達、屈んでても問題ないか?』


 俺がそう問えば、三体のスルトは、


「「「カチ」」」


 っと、歯を打ち鳴らし、肯定の意を返した。


『……よし、なら、出来る限り急ぎつつ行くぞ』


 どうやらスルトは屈んだ状態でも、苦に感じていないらしい。


 その証拠に、まだまだ余力がありそうだと感じる。俺が頑張って駆け足を続けるよりも、スルトの方が歩幅が広いのもあって速い。だから、どちらかと言えば、俺に付いて進んでいるというより、俺が追っかける形になってしまっている。


『急げ、いっそげ、急げ、いっそげ……で、でも、ちょっと、歩く……』


 どれだけ大きく呼吸しても、スタミナ問題があるせいで苦しくなる。


 だから、時折、スタミナを回復するために歩く必要がある。スルトに担いでもらえれば楽なのだが、骨だけだからか、あまり重量あるものは持てない仕様らしく、スルト三体だけでは運ぶこと自体が難しい。


 俺一人担ぐのも最低、四体のスルトが必要だ。


 それに四体に担いでもらっても安定しない。両腕と両足を持ってぶら下げる形になるから乗り心地、もとい、ぶら下がり心地は最悪だ。もう一体、腹の下から抱えてもらえれば流石に安定するが、それでも腕と足に掛かる負担がデカイからしたくない。


 運動会の騎馬戦みたいに出来たら……楽なんだけどなぁ。


『はぁはぁ、やっぱ、スタミナの、最大値が減ってるな……』


 走っては歩いてを繰り返している内に、移動距離が短くなっていた。


 少しばかり足を止めて休んでみても、多少、移動距離が延びる程度で、スタミナ問題が劇的に改善される訳でもなかった。スタミナの管理方法に問題があるというよりは体調の方に問題が生じているようだ。


『そろそろ、本格的に、身体を、休めないと、ダメそうだ』


 これも、ぶっ通しで動き続けられない【Evernal = Online】の仕様のせいだ。


 疲労が蓄積すれば、スタミナの最大値が減っていく。この仕様があるが故に、俺が体力消耗の少ないテイマーを選んだ理由の一つでもあるが、騎乗可能モンスターをテイムするまでは、低スタミナの身体を酷使し続けなければならない。


『し、しんどい。疲れた。……でも、ちょうど、いい。……ゆっくり、いく』


 そうこう考えながら走っているうちに、ようやく丘の上の街と、下水道の入り口が遠目に見えて来た。


 流石に街の近くになれば、辺りにプレイヤーの姿が確認できるようになってきた。ここからは慎重に移動しつつ、いつでも走って逃げられるようにスタミナを整える。


『……ぅえ、……戦ってるじゃん』


 何が恐ろしいかって、プレイヤー同士が戦っている光景が見えることだ。あれは、多分、身内同士のじゃれ合いだろうけど、それでも血の気の多そうなプレイヤーには見つかりたくない。


 特に――にだけは絶対、目を付けられてはいけない。


 一般的にプレイヤー同士の戦い――PVPを好むプレイヤーならば、まだマシだ。勝負を持ち掛けて来られたとしても戦いの強要はされず、話せば分かってくれるだろう。……だが、賊プレイヤーだけは見逃してくれないはず。


 一方的に、有無を言わさず、問答無用で戦いになるからだ。


 賊のように好き勝手暴れまわるプレイヤーは、他のプレイヤーを獲物だと認識している。そんな奴らに一度、弱者だと捉えられてしまえば、されるがままになる。最悪、運が悪ければ、骨の髄までしゃぶり尽くされてしまうことになる。


 特に、今の俺のような存在は、見つからないようにしなければならない。


『テイマーと分かった瞬間、何されるか分かったもんじゃないからな……』


 盗みのみならず強奪は当然、殺しや占拠、付き纏い、詐欺に……etc,etc、と、なんでもありの連中に目を付けられれば、キャラクターの作り直しをしなくちゃならなくなるまで追い込まれる。


 だから、今のところは、見つかりたくない。


 ゲームだからたがが外れてしまう連中も多いし、やり過ぎるなんてこともあるからな。特に、このゲームは自由度が高いのと生易しくない作りになっているから、違反行為と定められていないことは何でも出来てしまう。


 この世界の行く末さえも、プレイヤー次第だと明言されているくらいだしさ。


『……くらわばくらわば、……ん、くばらわだっけか、あれ? く、わ、ばら、か? んー婆ちゃんなんて言ってたっけ? ……あれ? つるかめつるかめの方か?』


 ……なんにせよ。用心するに越したことはない。特に今だけはな。


 一般的には何かと嫌われる存在であるが、そうは言っても賊プレイやその他の悪人プレイも認められるべき一つのプレイ方法なのだから無くなることもないし、廃されるべきでもないと俺は思っている。


 善悪の天秤にかけるにしても、それぞれのプレイ方法に則った形で、だ。


『……んーでも、くらわば、くらわば、の方がいいな?』


 どっちみち、いずれはそうするつもりなのだから、どうせならという意識を持って、今は身を潜ませる方がいい。


 喰らわば――石まで、喰らわば――骨まで、だ。


 モンスターだろうと人だろうと丸ごと平らげるくらいの気概が必要だ。そこには善悪の概念は必要ない。ただ弱肉強食を続け、自然の摂理に従う。


 だって、喰らわなければ――俺は、勝てやしないのだから。


『……まあ、今はまだ、出会いたくないけどさ……』


 でも、いずれは……、俺が強くなるために悪は絶対に必要だ。


 連中の何が良いって、俺がいつどこで誰をどう害そうとも、悪なのだから悪以外の誰からも文句は言われないってところと、一度、つっ突くだけで諦めるまでの間、ずーっと執着してくれるから、とても便利な存在でもあるところが良い。


 だから、今のうちに、しっかり育っていて欲しい。


 俺の準備が整うまでは干渉しないようにするが、準備が出来次第、こちらから迎えに行くと決めている。だから、賊プレイをしているプレイヤーは、その時までゆっくりと着実に成長し続けていて欲しい。


 もし叶うのなら、その時には巨悪となっていることを願うばかりだ。


『……ぉ、もうここか。……着いた着いた』


 草影から頭を出すと、すぐそこに下水道の入り口が見えた。


 人がいないかを確認するために、もう少しだけ背を伸ばして辺りを見回せば、薄暗かった草原は見る影もなく、東から昇った朝日が葉に当たり、太陽の温もり感じさせる色合いに染まっていた。


 街の方からは、プレイヤーらしき人達が、はしゃぎ駆ける姿が見える。


『……ギリギリだったな』


 俺は、そんなプレイヤ―らしき人達の姿を横目に、草陰に潜みながら、滑り込むようにして下水道の内部へと入った。……すると、


「チュ!」


『んっ? おぉ、出迎えか?』


「「「「「チュチュ!」」」」」


 まだ真っ暗な下水道の入り口付近で、ヨルズの声が聞こえた。どうやら、俺の帰りを待っていたのか、皆で出迎えにきてくれたらしい。先ほど、多数接続切れがあったことを心配していたが、意外にも無事なようだ。


『ありがとうな。……じゃあ、俺まだ目が見えないから声で案内してくれるか?』


「「「「「チュ!」」」」」


『よし、頼んだぞ』


 そう言って、ヨルズの声を頼りに、真っ暗な下水道路の壁に手を付いて、進み出そうとした時だった。


「……カチ」


 槍持ちのスルトが俺の前を行き、後ろからは二体のスルトが俺の肩を支えるようにして、歩行の補助をしてくれようと動いた。


 ……どうやら、スルトは暗闇の中でも全く問題ないらしい。頭蓋骨の窪みに眼球らしきものもないけど、なにやら見えているっぽかった。


 俺は、そうして、そのまま、導かれるままに、……歩いた。


「チュ!」


『着いたか?』


「チチュ!」


『んじゃ、俺はここらで――』


「――カチッ」


『……うん? なになに? どしたの?』


 視界も見えぬ状態だから、一度スリーブタイムを挟もうと考えていたところだった。しかし、スルトが俺の手を取ると、両方の掌を前へと差し伸ばすように操った。


『うぉ?! 重っ!? なんだこれ?』


 ズッシリとした重みと、硬い感触が掌に圧し掛かった。それは俺が持ちきれない位の重量だった。なんとかスルトに支えてもらいながら、その物体を何なのかを、手探りで確かめる。


 ……冷たくて、棒状、……膨らんでいて、デコボコ……


『あ、そうだ。……収納! んで、メニューからー……は、ハイー?』


 真っ暗な視界にメニューウィンドウだけが浮かぶ。そして、収納したばかりの物を確かめたのだが――そこには、あるはずのない初心者用のメイスが映っていた。


 思いがけない初心者用のメイスの存在に驚いた俺は、素っ頓狂な声を上げていた。


『ふぇ? え、なにこれ、どうしたの? ……まさか、プレイヤーを、……の?』


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