002

「どうする?」


 辺りで騒ぐ銃声を気にも留めず、グレイはルークへ真っ直ぐに問う。


「少し、待て。もう少し様子を窺おう」

「必要ない。今、決断した方が良い」

 

 瓦礫の影に隠れたふたりは銃声で掻き消される声を補助するように、互いの口元を読み合っていた。


 ――――――――

 

 面倒事を強請るように警備部へ向かったふたりは『ロードが不在』という理由で追い返され、警視庁入口で出動の準備をする警備部を見かけた。様子を窺うと、何やら二手に分かれるらしい。

 ふたりは、そこでも同じ会話を交わしたのだ。


『どうする?』


 先に聞いたのはルークだ。物陰に隠れたルークと同じように、グレイも少し離れた柱の影に隠れて呟く。


『此処に居てもな』


 雨が降る中、傘を差さずに慌ただしく動く彼らと、穏やかに準備をする彼らを比較して、ルークは提案したのだ。

 

『じゃあ、怪しそうな方について行くか?』


 

 何かあれば報告を、という仕事内容を配慮しての選択だった。同意したグレイが調達した車で尾行し、着いた先はいつかに来たアンモラル廃特区。

 二十名程度の警備が駆り出され、隠れる事もなく、堂々と廃特区へ足を踏み入れる。自動拳銃を手に持って移動する彼等は、何かを警戒しているようで、呆れたような空気を纏っていた。


 グレイとルークは、ひっそりと警備部を見張りながら、気付かれないよう距離を取って追う。

 廃特区の住民からの先制攻撃に巻き込まれなかったのは、幸いだったのだ。

 


『何で此処は相変わらず治安が悪いんだ』

『相変わらず負を詰め込んでるからだろう』

『だからって、突然銃撃戦になるとは思わないだろ!?』

『銃所持の密告でもあったんじゃない? 煽りでも通報があれば行かないと。警察官はそういう生物いきものでしょう』

『お前も警官だろ! 追い返されたからって、こっそり尾行する事なかったんだ……』

『怪しそうな方について行こうって決めただろ?』


 攻防は続いていた。負傷者が廃特区の住民側に目立つのは、警備部は着込んでいるのだろう。

 制服だけを身に纏うのは、住民より少し良い武装かもしれない。


「どうする?」


 そう聞いたグレイは、既に自動拳銃を手に取って装填の準備も整えていた。

 準備が足りてないのは、ルークだけだとでも言うように。


「少し、待て。もう少し様子を窺おう」

「必要ない。今、決断した方が良い」

「そう言って、もう動く気満々なのやめろ!」


 無理に拳銃を掴めば、不服そうな顔でグレイは言った。


「君が嫌なら、撤退する」


 銃声は鳴り止まない。それぞれの指示や煽りの声が、飛び交っていた。

 グレイの渋い表情を無視して、ルークは相棒の制服を掴み、声が確実に聞える距離まで引き寄せる。

 

「一応聞く、他の選択肢は?」

「この場を制圧」

「撤退」

「……了解」


 従う彼に、ルークは少し安堵する。

 グレイに飛び出され、場を制圧されたら。きっと警備部は面倒事へ回さなくなる。そうして、またアレックスが謝罪やらの調整をして、六班へ面倒事を回す日はいずれ来るだろう。それでも、今与えられている仕事にとって不都合な展開だ。

 警備部の危機は計算の上だろう。計算外なのは、六班が此処に居る事。


 盤面をイメージするように、ルークは駒の邪魔をしないよう判断を下す。


「どのくらいで特区外に戻れると思う?」と問えば、グレイは「君次第なんじゃないか」とハッキリと答える。


 グレイの単独行動は素早い。ルークへ少しの配慮を掛ける分、共に行動するのは彼の枷になっている事をルークは嫌と言うほど理解していた。


「わかった」


 ――俺次第で、此処を早く離脱できる。


 ふぅ、とルークは息を吐く。相棒は自分より頼もしく、追えば追うほど自分も強くなれるような気がする。危険な状況から撤退の選択をしたからには、現場から離れる事が最優先。


 ――行くぞ。


 目線でそう伝えれば、グレイは何も言わず頷き周囲へ意識を向ける。

 ルークも同じだった。警備部にも、住民達にも見つからないように。影を移るように、身を潜める道筋を頭に描く。

 ぐっ、と足全体に力を入れて走り出す。身を屈めて、銃声を背にして静かに距離を取る最中。


 その衝撃に懐かしさが混じるのは、一度経験した痛みに似ているから。

 

 ルークの失敗は、自分たちを盤面の外に置いてしまっていた事だ。

 

 

 衝撃は背中に与えられた。蹴飛ばされたのを知るのに時間は掛からない。

 走るスピードを消さず、勢いのまま地面へ倒れ込んだルークに、廃特区の砂が纏わりつく。ざりざりとした地へ擦った身体は、制服によって守られただろう。擦り剥くような雑な痛みを気にするより早く、ルークは自分の居た場所に移り変わったグレイを確かめる。


 ルークの瞳に映ったグレイは、頬に血を滲ませていた。


「ッざけんな!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る