グレイ・アシュリー

椎名類

Grey Ashley

Trigger


 ――孤独。

 それを感じることが出来る幸せを、きみは認識したほうが良い。

 彼は、孤独を知ることさえ叶わないのだ。



 「グレイ、俺は君を信じていた」

 「信じる? 僕を?」


 降りしきる雨の中、彼は軽快に笑った。表情と声は笑っていても、構えた銃の照準は微動だにしない。それが彼の常だった。

 この街の雨は、“明けても暮れても・七日と四週・春夏秋冬”。晴れの日でさえ、幕間に降られることもある。それでも、今日の一粒一滴が刺すように刻まれた。


 彼の灰髪が普段よりも暗く感じるのは、雨に濡れているからだろうか。月の光も届かないような夜闇ゆえだろうか。濡れた彼を、男は隣で何度も見た筈だった。

 圧し潰されそうな心臓が、鼓動を叫ぶ。まるで、深い夜に生きる彼と初めて出会ったかのように。


 正面に立つ男は、声も、手も、照準も震えていた。季節の寒さも、雨の冷たさも、震えの理由には足りない。男は痛い程に知っていたのだ。彼と向かい合い、この場に立つことは己の死を意味する事を。彼は、与えられた任務を必ず遂行する事を。彼の、他人も己すらも信じない生き方を。


 彼が自分を見つめる瞳は、こんなにも深く濁ったグレーではないと信じていた。カチリと狙いを定めたそれが、真っ直ぐに男の“死”を貫いていたとしても。



 (苦しい。悔しい。――狂おしい程に)



 雨ではない何かが頬を流れても、胸に沸き立つ怒りを言葉に乗せても、どうしようもなく届かない。

 全てを「何かの所為」と押し付けるのは、簡単な事だ。思いが届かないのは、雨音が邪魔をするから。涙が溢れて仕方ないのは、この街へ雨が降り続ける所為にしよう。引き金を引けないのが彼の所為だとしても、男の心は重さを増すだけだ。


 そんな風にして少しずつ割り振ってしまえば、彼はきっと生きることすら許されない。彼が存在している限り、世界は彼で辻褄を合わせようとする。


 男の痛みを、焦燥と悲劇を、彼が推し量るような世界は在るのだろうか。



 「ルーク、さよならだ」



 夜明け前だった。彼の名を、グレイ・アシュリー。躊躇いを知らない指の動きと反動を逃す仕草は、雨よりも深く体に染み込んでいた。

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