第6話

 大晦日、私は巫女として助勤じょきん(巫女はアルバイトのことを助勤というらしい。きよしさんに教えてもらった)します! 更衣室に行って巫女服に袖を通しました。紐を結んだりと、着るのはとても難しかったのですが全身鏡で姿を見たときにそれまでの苦心が遥か彼方へと消え去りました。


「かわいい!」

「そうねえ」


 隣から年末年始のみの短期の助勤として来た大学生に話しかけられます。


沙織さおりちゃん、似合ってるわよ」

「ありがとうございます! 鈴花すずかさんも素敵です!」

「ふふっ、ありがとう。それじゃあ持ち場につきましょうか」

「はい!」


 鈴花さんについて行って外へ出ます。うー、足がスースーして寒いですね……かわいい姿の弊害です。

 神社はいつもの閑散とした雰囲気が嘘のようにたくさんの人で賑わいを見せていました。私が年始でここに来るのは三が日を過ぎてからなので、ここまで人であふれるのかと驚きます。

 境内にも少なからず屋台が出ていて夜の七時とは思えないくらい明るいです。

 私の仕事はお守りの授与です。十時までします。両親には心配されましたが社務所でお泊りすることになりました。ちなみにお正月も昼から仕事です。

 おじいちゃんも儲けは年末年始が八割以上だと言っていました。当たり前ですがこの時期の神社はとても忙しいのです。


 何度かの休憩を挟みながら三時間の務めが終わりました。

 大学生の助勤の方に交代して私は更衣室へ行きます。その道中、清さんを発見しました。

 小ぶりな受付で御朱印帳を渡しています。人がいてきたので話しかけに行きます。


「清さん、お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。高校生なんだからすぐに寝なよ」

「はい。清さんはいつ寝るんですか?」

「人が来なくなったらかな」

「……来なくなるんですか?」

「どうだろうね」


 清さんは苦笑いを浮かべます。


「大変ですね……」

「まあ、それが神社を継ぐことだからね。それ以外の日は暇してるわけだし」


 話していると、参拝者がやってきました。


「あの、御朱印帳を受け取りたいのですが」

「ようこそお参りくださいました。少々お待ち下さい。――さ、君は早く寝な」

「はい、お休みなさい」


 これ以上いても邪魔になるだけですからその場を後にします。

 更衣室で着替え、社務所に入り、敷かれた布団に横になりました。外の喧騒が止む気配は毛頭ありませんが、疲れが睡魔を誘って私はすぐに微睡みに沈んでいきます。


 ◇ ◇ ◇


 目覚まし時計がジリジリと鳴って目が覚めました。あまり寝たという実感がありません。これは深い眠りなのか浅い眠りなのか……。

 目覚しを止めて体を起こします。見慣れない内装が視界に拡がります。枕もいつもと感じが違ったような。外からは賑やかな人の声がします。

 あれ、ここどこ?

 記憶の混濁を紐解いている最中、ガラガラと扉が開く音がしました。その後に好青年といった印象の声が響きます。


「沙織ちゃん、起きた?」


 というかこの声、清さんです。ようやく頭が鮮明になっていきました。私、ここに泊まっていたのです。


「は、はい。起きました!」


 清さんがスタスタと入ってきます。寝起きを見られるのは恥ずかしいんですけど!


「朝ごはん用意するね。とは言っても弁当を温めるだけだけど」

「いえ、ありがとうございます」


 清さんは欠伸あくびをしながら棚の上にある電子レンジにお弁当を入れます。


「もしかして寝てないんですか?」

「ああ、当たり前だけどずっと忙しくて。今日もまだまだ眠れそうにないな」


 顔に精気が宿っていないのが見て取れます。


「無理しちゃダメですよ」

「うーん、前まではこんなの無理でもなんでもなかったんだけどどうやら体力が衰えているみたいなんだよね。本当に疲れたら休ませてもらうよ」

「徹夜は誰でもキツいと思いますが……」


 布団から出てローテーブルの前に座ります。そして冷静に今の状況を分析します。寝起き姿を好きな人に見られました。好きな人に下の名前で、しかもちゃん付けで呼ばれました。というか、これって好きな人の家に泊まっていたことになりますよね。

 い、いけない! 考えれば考えるほど恥ずかしさでどうにかなりそうです!


「大丈夫? なんか顔が赤いけど……」

「赤くないです!」

「え、でも……」

「赤くないです!」

「そ、そうか」


 電子レンジがチンッと音を立てます。清さんがテーブルまで運んでくれました。


「んーと、君は午後一時からだよね。それまで好きにしてもらっていいから」

「……"君"呼びなんですね」

「え?」

「いえ、なんでもないです」


 清さんは本当になんのことかわからないと言いたげに首を傾げました。私を無駄にドキドキさせないでほしいです。


「あ、そうだ!」


 少しいいことを思いつきました。


「これから一時まで私が清さんの仕事をします。それまで清さんは休んでいてください」

「いや、それは大丈夫」

「いいえ、これは譲れません。絶対です」

「そうは言われても……」

「絶対です」


 清さんは私の熱意に折れて、一瞬視線を下に落とします。その後すぐにまた目を合わせました。


「わかったよ。助勤の人たちに伝えてこよう。私の仕事は受付で御朱印帳を渡すこと。そんなに難しくはないけど言葉遣いと所作に気をつけてね」

「はい!」


 私がお弁当を食べている間、清さんは助勤中の人たちにこのことを伝えます。これで清さんの負担が減ればいいなと思います。


 それからも清さんの負担をなるべく減らすように意識して一週間を巫女として過ごしました。もちろん大晦日以外の日は家に帰りました。長い間留守にするわけにはいきませんしね。

 三が日を過ぎれば人並みは一気に減り、七日である今日はほとんど人がいません。

 夕刻、私の巫女としての時間は終わりました。普段着に着替えて社務所に行きます。そこには清さんがいます。中に入ると、笑顔で迎えてくれました。


「今日で終わりだね。お疲れ様」

「はい。お疲れ様でした」


 清さんがお給料を渡そうとしているのがわかって制します。私にはその前にやりたいことがありました。


「清さん、一つお願いを聞いてもらってもいいですか?」

「ああ、どうかした?」

「私と一緒に参拝をしてほしいです」


 清さんは二つ返事で了承してくれました。

 ふたり並んで本殿まで行きます。まるでデートのようで、私の心は寒さを感じないくらい温まっていました。

 お賽銭の前まで来ます。私たちは無言で百円玉を入れ、二拝二拍手します。お願いごとを神様に伝えて、さらに一拝。

 冷たい風が私たちふたりの間を吹き抜けました。静寂が優しく包み込みます。

 顔を上げると、清さんはまだ頭を下げていました。しばらくして、顔を上げた清さんと目が合います。


「それじゃ戻ろうか」

「はい」


 歩きながら私は聞きます。


「何を願ったんですか?」

「秘密」

「えー」

「そういう君は?」


 よくぞ聞いてくれた! というように私は胸を右手で叩きます。


「清さんとお付き合いできますように、と。まあ、振られはしちゃいましたけど私はまだ諦めていません。というか、その気がないなら清さんも私を突っぱねてくださいよ」

「そうだな――君が高校を卒業したら真面目に考えるよ」

「えっ――」


 思いがけない言葉に私は足を止めました。前を行く清さんが振り返ります。


「それ、本当ですか?」

「ああ」

「私、こういうの真に受けるタイプですよ?」

「いいよ、それで」


 嬉しくて、声が震えてしまいます。


言質げんち、取りましたからね」

「ああ。とりあえず今日は早いとこ給料を渡すよ。バスが来るの、もう少しじゃろ?」

「はい!」


 真面目に考えてくれる。それだけで物凄い進展です。背を向けて歩き出す清さんは夕日に包まれて眩しく見えました。

 社務所でお給料を貰い、今日はお別れです。


「巫女のお仕事、楽しかったです!」

「それはよかった。こっちも助かったよ」

「それじゃあ清さん。また今度」

「ああ、またね」


 手を振ると、それに応えて清さんも手を振ってくれました。無意識に顔がほころんでしまいます。

 今日はとてもいい日でした。清さんと一緒に参拝できて、約束までしてもらって。スキップをしたいくらいです。こんな幸せな日がずっと続けばいいのに。

 そう思った直後。後ろからドサッと重い音がしました。なんだろうと思って振り返ります。


「えっ――?」


 私の視界に、清さんが地面に倒れている姿が映ります。微動だにしていません。


「清さん?」


 私の心臓がドクンと脈打ちました。


「清さん! 清さん!」


 走って駆け寄ります。体を揺すっても清さんからの反応は何もありません。


「だれか、清さんを助けて!」

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