ほろ苦チョコと甘い幻想

香屋ユウリ

12月21日

 なんで、どうして。


 ある1人の男子大学生──村雨迷むらさめめいはふらふらと夜の駅を歩いていた。周りを通るサラリーマンだったり、学校帰りの学生だったり……は眉をひそめ、迷から距離を取っていた。


「うわ、あの人めっちゃ歩き方キモ」


「ほんとだ、ウケる‪w‪w‪w」


 通り過ぎたギャルギャルしい女子校生2人から、そんな暴言が放たれる。んだよ、お前らは俺の気持ちなんか理解できねえくせに。そんなことを心の中で毒づく。


 だがしかし、期待を裏切られた絶望と、喪失感の方が苛立ちをまさって、彼は何も言い返すことなく、深いため息をついた。


 冬風が窓から吹き抜ける連絡通路をおぼつかない足取りで通り過ぎ、駅の階段を降りる。屋根に取り付けられた古い蛍光灯の周りには蜘蛛の巣がこびりついていて、そして時折不自然に点滅していた。


 冬の冷たい夜風が、頬を撫でる。首は彼女が以前くれたマフラーのおかげで暖かかったが、ずっと寒さに晒されていた頬はヒリヒリと痛かった。気温は低いが、それに夜風も加わって体感温度は0℃くらいだ。コートのポケットに手を突っ込み、気休め程度の暖を取る。


 そこからの帰り道は、どうやって帰ったかは覚えていない。気づいたら、おんぼろアパートの前に立っていた。月は出ておらず、辺りは真っ暗で、時々階段を踏み外しそうになりながら、何とか自分の部屋までたどり着いた。


 薄茶色のコートのポケットから家の鍵を取り出し、鍵穴に差し込む。ガチャり、と解錠された重々しい音が闇に溶けていく。


 迷は力任せに扉を開けて、そして閉めた。そのままコートを脱ぎ捨て、冷蔵庫から缶ビールを取り出しベットに腰掛ける。


「一気にビールやお酒を飲むと急性アルコール中毒になり、死に至る可能性がある」と聞いたことがあったが、しかし、そんなことは気にせず一気に缶ビール1本分を飲み干した。


「……ひっく」


 スマホを起動し、無料トークアプリ「マイン」を開く。


 彼女とのトーク画面。やはり既読はついていなかった。もう、ブロックされてしまったのかもしれない。


「なんで……なんで」


 約2か月前。彼には人生初の彼女というものができた。サークルで偶然にも、気が合ったのだ。彼女の誕生日がたまたま1週間後だったので銀色の花のヘアピンをプレゼントしたら、いつもつけていてくれた。


 黒色の肩あたりまで伸びた綺麗な絹のような髪に、よく似合っていた。


 一緒にいると嫌なことを全部忘れられるくらい楽しかった。


 なのに。


 付き合って約1ヶ月。12月に入った直後に、彼女と連絡が取れなくなった。大学は冬季休暇に入ってしまっていたため、直接会う機会がなかったから、迷は彼女にマインでメッセージを送った。


 それから3週間。既読がつかないまま、時間は流れた。


 そのことを友人に相談したら、「そりゃ振られたな。自然消滅ルートじゃね」とヘラヘラされた。もしかしたら、誕生日にヘアピンはキモかったかもしれない。初めて異性にプレゼントを渡したし、全くそういった経験がなかったのでありえなくもないとは思ったが、もしそれが理由だったらと思うとさらに落ち込んでしまった。


 そして、気がつけば毎晩缶ビールをやけ飲みするようになっていた。床には空き缶が散乱しており、ところどころベタベタしている。だが、ここまでくると掃除するのも面倒なので放置していた。


 村雨迷、21歳。彼の人生初の彼女は、たった1ヶ月という短い期間で消滅したのだった。



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