証言13 HARUTOを尋問、そして、(証言者:鞭の天才INA)

 鞭を振るうと出るピシィ! と言う音は、対象物に当たった音ではない。

 音速を突き破り、ソニックブームを弾けさせた音であると言う。

 革を強固になめした一本鞭で、椅子に縛り付けたHARUTOハルトを二度、三度ばかり打ち据えた。

 いとも簡単に皮膚が裂け、血の水滴が膨れ上がり、滝のように流れ出す。

 だが、本人は痛みを訴えるどころか、本当に何も感じていないかのように、身動ぎすらしない。

「この……!」

 頭に来て更に鞭を振り上げーーあたしは思い止まった。

 殺してはならない。

 殺せば、復活ポイントに逃げられる。

 そして、この世界に回復魔法や回復薬など、存在しない。負傷のその治癒は、現実のそれに準拠している。

 虜囚が生きている限り、付けた傷は取り消しが効かない。

 限られた試行回数の中で、殺さずに屈服させなければならない。

 VRでなくとも、拷問と言うのは難しいものなのだろう。

 自白にしろ精神的服従にしろ、その他の理解し難い趣味嗜好にしろ、それらを得る事と殺してしまう事とは排他的な関係にある。

 まして、VRゲームでは、どんなに酷い死に方をしようと、死に戻れば五体満足で蘇る事が約束されている。

 目を潰す、四肢を切断すると言った、殺さずとも取り返しのつかない欠損を与える事も出来ない。

 VR拷問とは、純粋な苦痛と恐怖で勝負しなければならなかった。

 どうせ殺せない、とナメられれば終わる。

 あたしは、鞭を替えた。

 先日言及した“キャットナインテイル”だ。

 名前の通り、革紐が九又に分かれた形状をしている。

 単純に猫鞭とも言う。以降は、この呼び方を採用させて貰う。

 あたしは猫鞭を、横に振り抜いた。

 HARUTOハルトの上体が大きく揺らぎ、打たれた素肌がたちまち赤紫のみみず腫れとなった。

 ……彼が揺れたのは、飽くまでも物理的な衝撃に身体が押されたからに過ぎないらしい。

 その顔は、本当に何も感じていないーーマシーンのように、淡々とあたしを見上げているだけだった。

 瞳は、あたしを“視て”いながら、“見て”いないようだ。

 あたしは、さっきまでの遠慮は捨て去って猫鞭を何度も何度も何度も何度も打った。

 鞭の房が多いせいで、一本一本の鞭同士が速さを殺し合い、満足な殺傷力が乗らない。

 ただ、だからこそ、拷問に最適な鞭でもあった。

 滅多な事では殺してしまわないのだから。

 ……、…………彼の上半身は、既に見れたものでは無くなった。青黒く、火傷のような痣が隙間無く肌を変色させ、腫れ上がらせていた。

「意地を張るな! 服従しろ!」

 わかってはいても、声に苛立ちを隠せない。

 これでは駄目だ。わかってはいる。

「……ここで言う“服従”の定義とは?」

「ーー」

「……挑発の意図は無い。自分には本気で分からない。君は、何も“要求”を提示していない」

 痛みが無いわけでは、決してないだろう。

 だが今や、なものである事は確かだった。

 だが、それを認めてしまったら、この拷問は、どうなる?

「ーー仲間、逃げた仲間の居場所を吐け!」

 あの男は、あたしの目を探るように見てから、

「……アジト。あの、セブンイレブンだ」

 あっさりと、仲間のを売った。

 だが、その情報を売った所で売る事にはならないのだろう。あたしにも、すぐに分かった。

 恐らく奴らは、例のセブンイレブンから必要な物資を持ち出し、もう帰らないつもりだろう。

「……自白したぞ。これで解放してくれるか?」

 あたしは、また鞭を取り替える。

 ゴム材で作った、拷問用としては重めの規格だ。

「……また“鞭”なんだな?」

 聞くな。

 聞く耳を持つな。

 あたしは、いつの間にかあたし自身に言い聞かせていた。

「……他の方法は幾らでもある筈だ。全身の皮を剥いでも良いし、指の一本一本を少しずつ潰して行っても良い。歯を折るのはゲームの可逆性を考慮しても非常に有効な手段だろう。

 川の対岸に機能が生きている製鉄所があった。熔けた鉄を飲ませるやり方も出来るだろう」


 何故。

 何故、

 

「……君は何故、鞭に拘る?」

 

 あたし、あたしは、この男を殺してしまわないように抑えるので精一杯だった。

「……君の“鞭”とは、飽くまでユニークスキル発動の媒体でしか無い筈。

 拷問までも、鞭で行う必要性は無い筈だ」

 ーー聞くな。聞いてはならない。

 逃げたいが為の、方便だ、

「……少々、甘いのでは無いか?」

 あたしの作った“瓶詰め”や“逆さ吊り”の装置を見ながら、そんな事をほざく。

 あたしはこの男を、拘束していた椅子から引き摺り下ろして別の処刑器具に固定した。

 かつてあたしの手下に居た、少し器用で相当悪趣味な奴が工場の万力を改造して作った、鉄環絞首刑椅子ガロットだ。

 これも昔、祖父が見せてくれたのだが007の映画で似た拷問器具が出てきていた。

 これの作者はカタルーニャ式だとか抜かしてたか。クランクを回す毎に首の後ろから突起がせり出し、圧力を掛ける。

 あたしは努めて冷静に、ゆっくりとクランクを回し始めた。

「……クトゥルフと、戦った事はあるか?」

 ……、…………。

「……は?」

「……ビルよりも巨大な怪物だ。蛸のような頭で、口からは無数の触手が蠢いて居た。全体的に濃淡様々な緑色が混ざっており、無数の瘤が大小不揃いに隆起している。また、背中と思われる部位には蝙蝠に似た皮膜の翼を持ち、飛行する」

 “ダゴン”だとか“死霊のはらわた”だとかは、幼い頃、祖父に見せて貰った事がある。

 クトゥルフ神話もある程度は知っているが、この男は何を言っている?

「……機会があればThe Outer Godsと言うゲームをやってみると良い。所詮、VR技術も人間の創造物でしか無いから、ラブクラフトの宇宙的恐怖の本質を表現し切れているとは言えないが……オーガスト・ダーレス以降の世界観でも人生観を変えるだけのインパクトはある。

 ……インスマスやコラツィン村、ルルイエと言った所しか住む場所が無い中で、実寸大のクトゥルフやダゴンに殺されて見れば、大抵の災難はどうでも良いと思えるようになる」

 要するに、要するに経歴自慢とハッタリだろう。

 あたしはガロットをますます締めつける。

 手応えが重くなって来た。

 もう、このまま殺してしまおうか。

 そんな誘惑に、負けそうになる。負けてたまるか、ようやくこの男を手中に納めたのだ。

 そして、

「……喋れる、うちに、言っておく」

 

「……ここまで、、助かった」

 奴がそんな事を言った。

 次の瞬間、

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