証言01 このアタシが唯一認める、無謬なる戦士(証言者:LUNA)

 アタシの名はLUNAルナ

 その名の通り、アタシを敵に回した者は、例外無く†狂気・恐慌・狂乱†ルナティックに呑まれる運命にある。

 アタシがスリングショットによって放つコンクリ瓦礫の塊は、まさしく恐怖と絶望の体現。

 柳の肢体をパワードスーツで鎧ったアタシは、ゴリアテを粉砕したダビデの再来だ。

 ベリーショートを通り越して、ほぼ丸刈りの坊主頭なアタシを女とみなして欲情する奴など、この世にはいない。

 そんなアタシが心から認める、認めざるを得ない男が一人だけいる。

 

 アタシが、パワードスーツのギクシャクした所作で駆け付けた頃にはもう、モヒカン刈りの彼ーーHARUTOハルトは仕事を完了していた。

 彼の周囲に散らばる亡骸は、雑魚モブの隊商三人と……恐らく“ユニーク・エネミー”と思われる、革ジャン姿の男が一人。全くの丸腰である所から、格闘家タイプだろう。

 アタシ達が今居るこのゲーム“カレント・アポカリプス”では教科書のようにありふれた光景だった。

 核戦争で滅びたポストアポカリプスの世界。

 アタシ達プレイヤーは、無政府状態となった世界で懸命に生きる野盗になって暮らしている。

 そして、今しがたHARUTOハルトが殺したような略奪対象どもは、ゲーム側で用意されたモブNPCだ。

 彼にとっては幸か不幸か、ランダムイベントが発生して、そこの武闘家が出現スポーンしたのだろう。

 彼の手には“ピストル”と言うには些か大柄で肉厚な……デザートイーグルが握りしめられていた。

 マガジン、ボルト、バレルを.50AE弾仕様にカスタムした、まさしくハンドキャノンとも称される化け物拳銃だ。

「嘘? “伝説級”を抜く程の相手だったの?」

 挨拶だとか安否確認だとかよりも、まず、その言葉が口をついて出た。

「……いや、多分ボウガンで充分だったろうが……念の為だ」

 彼は、低くもどこか品のある声音でアタシに応えた。

 聞いている方としてはもどかしいかも知れないけど、色々と前提として知ってもらう事がある。

 まず“伝説級”の武器について。

 これは、すなわち“実銃”と同義だ。

 何故なら、アタシらがプレイしているこの世界は滅亡後のそれであり、銃器の製造なんてほぼほぼストップしている。

 しかも、銃には弾薬と言う消耗品が付き物だ。

 戦前の工場を掌握し、製造ラインを稼働している勢力も存在するので、全く生産が無いわけでは無いが……一発が法外な値段で取引されているのは言うまでも無い。

 だから基本的に、実銃は“伝説の武器”であり、よしんば手に入れたとしても、奥の手として扱うべき貴重品なのだ。

 そこに投げ捨てられているボウガンが良い比較対象だ。

 雑多なジャンク品から捻出した木材や金属を継ぎはぎして、どうにかボウガンの体裁を整えた粗品。

 あるいは、アタシがさっき言及したスリングショットだって、布切れをあれこれ細工してどうにか形にしたものだ。

 これが、アタシら野盗にとっての“標準装備”なのだ。

 だって、文明はとっくの昔に滅びたんだから。

 前置きは長くなったけど、そんな貴重品を惜しげもなく使える、この男の思いきりの良さがまず恐ろしい。

 キャリアだけを言えば、アタシよりも3、4タイトルは余分に別ゲームをやり込んで来たのだろうと思う。

 アタシは、彼に返り討ちにされたモブNPCの武闘家から、ドッグタグを奪って眺めてみた。

 このゲームでは、PC・NPC関係なく、あらかたの個人情報が記されたドッグタグが配布されている。

 ……殺死冥導拳さっしめいどうけん師範“ハードコア・シャオ”……ねぇ? モロにブルース・リーのパクりじゃない。

 まあ、こう言うポストアポカリプスの世界を武器に頼らず徒手空拳で戦い抜く……北斗の拳なる古典作品の影響はこの現代でも根強い。

 実際、素手専用の技能Perkは相当数あって、それ自体は決して弱いわけではない。

 あらゆる個体の身体能力がデジタルデータで如何ようにも出来るのが、このVRMMOの世界だ。

 かつ、打撃の強さだとか、身体の頑強さだとかは、最新鋭の物理演算エンジンで管理されている。

 運営側が設定したユニーク・エネミーともなれば、ゴリラの腕力、ガゼルの脚力を併せ持つ“ステータス”にする事も自在だ。

 でも、まあ。

 物理演算エンジンと言うのも、案外と公正中立なものだ。

 そして、ネットゲームのゲームバランスに公正中立なんてものはない。

 素手タイプの育成方針ビルドって、このゲームじゃ正直、趣味とかやり込みの範疇なんだよね。

 まあ、このケンシロウのなり損ないはプレイヤーではなく、別ゲームで言うところの無限湧きする中ボスモンスターみたいなものなんだけど。

「実入りはあった?」

 一応、訊いておく。

 RPGの例に漏れず、ユニークエネミーのドロップアイテムは、通常の雑魚のそれよりも色がついている事が多いけれど。

「……ご推察の通り、素寒貧すかんぴんも同然だ」

 まあ、己の肉体だけを恃みにしている奴から、装備品のドロップなんてほぼ望めないよね。

「……金が15,000円程度か」

 このHARUTOハルトと言う男、発言の前にいちいちワンテンポの間があるのだけど……あるいは、その数瞬の時間で最適な結論を導き出しているのかも知れないと、アタシは思っている。

 それで、お金について。

 貨幣については、旧世界のそれが、そのまま生きている。

 トイレットペーパーにもなりゃしねえ、だとか、コーラの瓶のキャップに成り代わったとか、そう言う変移は無かった世界だ。

 そんなわけでHARUTOハルトは、偉人が印刷された二枚のお札をポケットにしまいこんだ。

 アタシへの分け前……については、アタシが不在の状況下、単独でブチ殺したのだから、今回は要求できないだろう。

 

 話を戻そう。

 アタシがHARUTOハルトと言う男を半ば畏れている理由。

 ほぼほぼ勝てる相手に対して、貴重な弾薬を惜しげ無く放てる判断力。

 確かに、ある側面において、それは正しい。

 これはあくまでもゲームだ。

 仮に戦って死んでも、それが“本人”の死となるわけではない。

 そんなデスゲームが存在したら、この世は滅茶苦茶だ。

 ゲーム中に殺されたとしても、何度でも生き返る事は出来る。

 当然、現実と寸分違わない神経作用システムが働いているので、死ぬ時に被ったあらゆる苦痛も体感させられるのだけど。

 何よりも、ひとたび殺されてしまえば現実があった。

 略奪者がどこまで欲張るか次第な所もあるけど、どれだけ苦労して揃えた装備も財産も、根こそぎ奪われた、最悪全裸の状態で復活ポイントに投げ出されるのだ。

 万に一つ、侮っていた格下の雑魚モブであっても、殺されてしまえば最悪のデスペナルティが課せられる。

 それを、芽が出る余地すら許さない。

 その為であればどんな過剰火力も辞さない。

 そんな彼の姿勢に、アタシは畏怖しているのだろうと思う。

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