魔道具士と婚約破棄された令嬢の話
綾南みか
第1話
「やっと出来たのか、もう少し早く出来んのか、役立たずめ」
俺の上司たちがやっと完成した魔道具を奪っていく。
「本当にとろくさい奴だ」
俺は床に額突いて、彼らが文句を言いながら去って行くのを待つ。一言でも何か言おうものなら、容赦なくゲンコツや足が飛んでくる。ボロ布のようになるのはもう嫌だった。
* * *
俺の名はアシル。平民だ。生まれ育ったラクロ王国は貧しく、特に地方は顕著で、食い詰めた者が夜盗になったり、野垂れ死んだりは日常茶飯事だった。
実家は雑貨屋をしていて俺は三男で、茶色の髪に薄茶色の瞳のありふれた容姿の男だ。だが、平民には珍しく魔力があった。魔力があれば王都の魔法学校に入れる。
俺は親父に頼み込んで学校に行く許可を貰い、近所で手伝いをして金を溜めた。十五歳になって王都の魔法学校に何とか入学できたのだ。
俺には攻撃魔法の才能は無くてがっかりしたが、魔道具を作る能力があった。勉強を頑張ったおかげで、どうにか魔法省の魔道具課に運良く入れて、魔道具倉庫係となった。
倉庫係というのは、倒産した魔道具屋等の、国が財産没収で引き上げた魔道具を管理する倉庫で働く職員だ。めぼしいものは国と取引のある大きな商会が掻っ攫って行く。国はそのおこぼれを、彼らのあくどいやり口を糾弾せぬための、お目こぼし代金として受け取るのだ。だから大した物は無いと上の者は思っている。
倉庫には爺さんが一人いるだけだった。爺さんは怠け者で広い倉庫はぐちゃぐちゃで、回収した物が山のように積み上げられていた。
「おい、新入りの兄ちゃん。片づけといてくれや」
「爺さん。アンタ、昼間っから飲んでるのか?」
「いいじゃあねえか、おれぁ、もう長くねえんだ」
爺さんは俺が入ると仕事を俺に全部押し付けて飲んだくれていたが、やがて仕事に来なくなって、彼の家に様子を見に行ったら部屋の中で倒れて冷たくなっていた。
爺さんの亡骸も残したものも、誰も引き取りに来なかったので、俺が爺さんの遺骸を荼毘に付して、荷物も全部片づけた。
その中に薄汚いボロボロのバッグがあった。爺さんがいつも肌身離さず肩から下げていたので覚えがあったのだ。
「おれが死んだら、コレを兄ちゃんにやらあ」
そんなことを言っていたような気がする。一体何を後生大事に持ち歩いていたのか、調べてみても当時の俺には分からなかった。
俺は自分の荷物の中に入れてそのまま忘れた。
それからはひとりで倉庫を管理した。倉庫は俺にとって宝の山だったのだ。おまけに魔道具にはまだ使える魔石が付いている。俺は喜びで打ち震えた。系統ごとに整理し、壊れたものは直し、知らないものは解体して調べた。
倉庫にある魔道具は適当に積まれて、埃と何の脂か分からないもので汚れていて、汚れを綺麗に落とさないと使い物にならなかった。
最初はボロ布で拭いていたが追い付かない。清掃が面倒になると、水槽に魔解液と防蝕魔法薬を放り込んで攪拌した。
実はこの液体は爺さんが使っていたものだ。爺さんはものぐさで人に教えることはしないけれど、聞けばめんどくさそうに答えてくれた。
「おめえは見込みがありそうだなあ。いつまでもこんな所にいるんじゃねえぜ」
爺さんの言うことは分かるが実家に帰っても職はないし、他に行く所もない。
自分で攪拌するのが面倒になると、スクリューを風の魔石で回して攪拌する装置を作った。一定時間かけて、取り出して乾かす装置も作った。
やがて倉庫にある部品で、保冷装置や温風冷風装置、魔道スクリューなどの魔道具を作った。上司に設計図と試作品を見せると、すべて取り上げられて「勝手なことをするな!」と、叱られた。
しかし、彼らは新しい魔道具を俺には内緒で懇意の商人に見せたのだ。
商人はそれに高額の値を付けた。
「あいつはただの平民だ。何も言えやしない」
上司は金に目が眩んで、手柄をすべて自分たちのものにすることにした。
それからは上司に倉庫での魔道具作りを言い渡された。
「お前は魔道具を作っていりゃあいいんだ」
「でないと倉庫の素材を勝手に使った事を国に報告するぞ」
「これは国の魔道具として、召し上げることになる」
平民の俺は出世とは一切縁がなく、最下級の下級官吏のままだった。新しく作った魔道具、研究した理論、魔道回路は、すべて上司に奪われた。
仕方がなかった。俺は何の権利も持ち合わせていない平民で、何か言えば容赦なくゲンコツや足が飛んできてボロボロにされる。
このままでは爺さんのように、こき使われたまま野垂れ死にしそうだ。
その時は、アイツからもらった魔法陣を使おうか。
***
「アシル、お前は馬鹿まじめだからなぁ」
学校で仲良くしてくれた友人がいた。
「そんな言い方ってあるかよ」
「まあいいじゃん、これ餞別にやるよ」
彼は下級貴族の三男か四男だった。
「何だよこれ」
丸めた紙を渡されて、広げてみると魔法陣が描かれている。
「転移の魔法陣だって。結構高価なんだけど、コレは行先が分からないからなぁ」
「分からないのか」
どこに転移するか分からないと、戻るのが大変で簡単に起動できないな。
「まあ何かの時に使ってくれ」
「ああ、ありがとう」
「アシルの作った魔道具を形見に貰っておくぜ」
彼に贈ったのは魔物の習性を利用した防御力が少し上がる魔道具だ。
「まだ死んでない」
「ははは」
「これ10回分。これしか作れなかった。少し防御上げといた」
防御の魔道具は使いっきりで使えばすぐに壊れる。
「さんきゅ~。お前の少しはシャレにならんからな」
そうだろうか。魔法陣や基盤の線の一本一本きっちり綺麗に丁寧に最後まで書けばちゃんと思い描いた通りに発動してくれる筈だが。俺には天才的な才能や閃きは無いからそれが欠かせない。
俺は友人から貰った転移の魔法陣の紙を引っ張り出して、何枚か転写した。一枚を倉庫の自分が使っているスペースの床に設置して古い敷物で覆う。
これは何処に飛ぶか分からないという。いよいよの時に使うしかない。
***
勤めて3年くらい経った時、忙しくて手が足りない俺は、魔道具起動装置というものを開発した。
魔道具に組み込む汎用部品を作る装置を、出来上がる時間と数量と部品が出来上がる場所を指定して順にポンポンポンと起動して、余計な手間を省こうとしたのだ。忙しさに追い立てられて作ったものだった。
次々に作られる部品を組み合わせて、魔道具を作る。汎用部品は他の魔道具にも応用でき、作業がはかどるのだ。うまい順にポンポンと起動し仕事の速さは格段に上がった。
その設計図も上司に取り上げられたが、もうラインは出来上がっていたので気にもしなかった。俺は相変わらず倉庫で、毎日魔道具を作っていた。
「今日は保温装置の魔道具を大中小、清浄の魔道具と、計算装置と変換装置か」
勤めて5年が過ぎていた。いつものように倉庫の作業室で黙々と魔道具を作っていると、急に部屋がグラグラと揺れた。
地震だろうかと、顔を上げると「ドーーーン!!」と大きな音がしてまた揺れる。
やりかけの部品を持って倉庫の入り口に向かった俺の耳に、恐ろしい言葉が聞こえてきた。
「敵襲だーーー!!」
「逃げろーーー!」
そしてまた部屋がグラグラと揺れる。壁にピキピキと亀裂が入って、俺は慌てて作業部屋の床の、擦り切れた敷物を取り払った。そこにあるのは魔法陣だ。
部屋がグラグラ揺れる中を、俺は自分の荷物を持って魔法陣を起動し、作業場から逃げ出した。
俺はこの転移の魔法陣の行先を知らない。学校で仲良くしてくれた下級貴族の友人は、俺の職場について何か知っていたけれど、その友人も三男か四男でどうともできる訳でもなく、餞別にくれたのだった。
魔法陣が起動した後、ひときわ大きな音がして瓦礫がバラバラ落ちてきた。俺は荷物を背負い頭に敷物を被って身体を丸めて耐えた。先に地面が光って、衝撃はわずかで光が終息する。
顔を上げると、俺は知らない森の中にいた。助かったのだろうか。こんな森の中で助かったと言えるのか。だがあの魔法陣は幸運の魔法陣だったのだろう。
次の日、俺は運命の女神に巡り合えたのだから。
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