第29話 ロブリタ侯爵、終わる。

 ――ドォォン。


 ユーリが豪奢な扉を力任せにぶん殴り、扉は粉々になった。


「なっ、なんだ、お前らはっ!?」


 ロブリタ侯爵は動揺しきっていた。

 なにせ、部屋にいた部下は皆、昏倒しているのだ。

 いきなり起こった事態に理解が及ばず、ブクブクと太った腹を揺らし、禿げ上がった丸顔からはダラダラとアブラ汗が流れ、全身がプルプルと震えている。


「婚約者の顔を忘れたのか? 薄情な奴だ」

「きっ、貴様はっ!?」

「思い出したか? さっきオマエの使いが来たから、返事しに来てやったぞ」

「そっ、そうか……」


 嫌らしい笑みを浮かべる。

 なぜ、ユーリが来たのか。

 なぜ、部下が全員倒れてるのか。

 そんなことをすっかり忘れ、ユーリに話しかける。

 汚いツバを飛ばしながら。


「実物は想像以上だな。よしよし、ワシが可愛がってやるぞ」

「バカか?」

「なっ、なんだとっ!」

「この状況が分からんのか?」

「口の利き方に気をつけろ! これはしつけ甲斐がありおる」


 ぐへへっと潰れたカエルの様な声だ。


「クロード」


 ユーリが命ずると、クロードは侯爵に向かって剣を投げる。

 その剣は侯爵の顔にぶつかり、鈍い音を立てた。


「ぐぎゃっ」


 手加減したことと鞘付きだったことで、死ぬことはなかったが、鼻の骨が折れ、血が流れる。


「これが返事だ」


 荒事に慣れていないロブリタは、痛みに身体をかがめて何も言えずにいる。

 ユーリは構わずに話を続ける。


「権力の本質は力だ。暴力だ」


 とっとのケリをつけるのは簡単だ。

 だが、ユーリはそうしない。


 一度、敵に回った者には一切の容赦をしない。

 二度と刃向かおうという気を起こせないように徹底的にやる。


 その冷酷さが周囲に伝わるように、念入りに。

 浅はかな考えを持った者には、見せしめになってもらう。

 そうやって生きてきた。


「今まで散々、権力で蹂躙してきたのだろ? だったら、より強い力で蹂躙されるのは当然であろう」


 権力は、人を意のままにする力だ。

 だが、ロブリタの権力は自らの手で勝ち取ったものではない。

 親から受け継ぎ、国王から、配下の者から借りた物に過ぎない。


 だから、この状況でなにもできない。


 ユーリが軽く殺気を放つと、「ひっ」とロブリタは腰を抜かす。

 そして、無駄あがきに後ずさりするが、すぐに壁に行き止まる。


 冷たく見下した顔で、ユーリはゆっくりと一歩ずつ歩み寄る。

 破滅が少しずつ近づいていると恐怖させるために。


「さあ、剣を取れ」


 先ほど投げた剣を拾い、ロブリタの鼻先に突きつける。

 ロブリタは首を左右に振るだけで、なにもできない。


「クロード」


 命じられたクロードは、ロブリタの首ねっこを掴み、強引に立ち上がらせる。

 そして、ユーリから剣を受け取り、ロブリタに無理矢理、握らせる。

 だが、震える手からは剣が落ちる。


「クロード」


 クロードは表情も変えず、ロブリタを殴りつける。

 前歯が何本か折れ、口から血があふれる。

 そして、「剣を取れ」と再度、剣を握らせるが、やはり、剣はロブリタの手を離れる。


 もう一度。「ガン」とロブリタの顎が割れる。


「剣を取れ」


 凍りつく声に観念し、ロブリタはようやく剣を構えた。

 といっても、両手で剣を前に突き出しただけ。

 剣を握ったことがないと、子どもでもわかる。

 その上、恐怖によって、剣先は震え定まらない。


「ほう。余に剣を向けるか。いい覚悟だ」


 ――そんな、理不尽な。


 後ろで見ていたアデリーナはつぶやく。

 だが、事実は事実。

 ロブリタは冷酷皇帝に剣を向けたのだ――。


「くっ、くそっ」


 やけくそになったロブリタは剣を振り上げるが――。


 ――ドゴォン。


 振り抜かれたユーリの拳。

 ロブリタの身体は、壁にめり込んだ。

 死なない程度に加減したギリギリの一撃だ。


「ふん。胸くそ悪い」


 ユーリはヒラヒラと手を振って、ロブリタの血を払う。


 乗り込んだ当初は、ユーリもここまでやるつもりはなかった。

 だが、この部屋に来る途中で、ある事実を発見し、気が変わったのだ――徹底的に容赦しないと。


 そして、徹底的に容赦しないのは、前世で得意だった。

 それを実行しただけだ。


「さあ、地下に向かうぞ。アデリーナ、ついて参れ」

「えっ?」


 アデリーナは状況についていけない。

 さっきから、ユーリの振る舞いに圧倒されっぱなしだ。

 今のユーリの発言の意図もつかめなかった。


「クロード、其方そちが来ると怯える。其方そちは屋敷の者を捕縛しておけ。一人も逃すなよ」

「御意」


 それだけ告げると、ユーリは歩き始める。

 その足音は怒りが隠しきれない。

 アデリーナは慌てて、その後を追いかけた。






   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『地下室での再会』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る