第4話 二人はクロードの家に向かう。

 冒険者ギルドを後にした二人は、クロードの案内で街を歩く。

 ギルドのある辺りは喧騒にあふれていたが、歩くに連れて閑静な街並みに変わっていく。

 貴族や富裕層の巨大な邸宅が立ち並ぶ中、こじんまりとした一軒家にたどりつく。


「ほう、ここか。悪くない」


 庶民の家にしたら十分な大きさだが、周囲の豪邸とは比べるまでもない小さな家。

 その第一印象は――質実剛健。

 一切の装飾を排した石造りの二階建て。知らぬ者が見たら、兵舎かと思うくらいだ。


「陛下のご趣味に合わせました。お気に召していただけるかと」

「ああ、気に入ったぞ」


 皇帝ユリウスは華美な装飾を嫌った。


 ――どれだけ希少で高価なものを使ったか、どれだけ手間暇をかけたか。

 ――そんなのは貧乏人の見栄だ。

 ――小さな自分を大きく見せようする愚かな行いだ。

 ――余の上には誰もおらん。

 ――張り合う必要なぞまったくない。


 そう言って、効率性を最優先させた。


 ユーリは満足した様子で、入り口のドアに向かって歩き出す。

 クロードは先回りして、ドアを開ける。


「まずは着替えだ。動きにくくて、どうも落ち着かん」


 ユーリはヒラヒラのドレスの裾をつまみ、眉間にしわを寄せる。

 彼女が身にまとうのは、装飾過多のドレスだ。

 このような服では、敵に襲撃された際に、咄嗟とっさに反応できない。

 敵が多かったユリウスには、我慢のならない格好であった。


「どちらに致しましょうか?」


 クロードがふたつの服を見せる。

 ともにユーリのサイズに合った服で、男物と女物だ。

 庶民が着るようなシンプルなデザインだが、生地は一級品。

 着心地と動きやすさを追求したものだった。


「ほう、用意周到だな」


 ユーリは満足気に頷く。

 クロードは、主君がいつどうような姿で現れてもいいように、男性用と女性用、すべてのサイズを取り揃えていた。

 その万端さに「前世でもそうだったな」とユーリは笑う。


「せっかくこの身体になったのだ。女物で構わん」


 着替えを受け取ったユーリはためらわずに服を脱ごうとし――。


「陛下」

「ん?」


 慌てて後ろを向いたクロードを見て、ユーリは気づく――今の自分は幼女であることに。


「ああ、構わん。こんな貧相な身体で男も女もない。それとも、其方そちは幼女趣味か?」

「いえ、失礼いたしました」


 背を向けたクロードには構わず、ユーリは手早く着替えを済ませる。手慣れたものだった。

 というのも、皇帝であったときも身の回りのことは自分でやっていたからだ。


 もちろん、望めば些末さまつなことはすべて他人に任せられた。

 だがユリウスはそうしなかった。


 着替えに人を使うくらいなら、他の有用な使い方をするべきだと考えたし、なにより、他人に気を許しておらず、無防備な姿を晒したくなかった。


「もういいぞ」


 その声にクロードは振り向き、はっとする。

 ドレスを脱ぎ、質素なワンピース姿だ。

 それでも、その高貴さは失われない。。


 ――やはり、この御方は陛下だ。


 どのような姿であっても、隠しきれない覇気。

 人の上に立ち、世を統べるべき御方。

 クロードはあらためて、忠誠を誓う。


 ――今生も、我が命はこの御方のためにある。


 感激しているクロードに、ユーリは着ていたドレスを手渡す。


「それは必要ない。適当に処分しろ」

「かしこまりました。では、こちらに」


 クロードはリビングに案内する。

 飾り気のない部屋に頑丈なテーブル。

 見渡したユーリは満足そうに頷く。


「お飲み物はいかが致しましょうか?」


 席についたユーリにクロードが尋ねる。


「余の好みは知っておるだろ?」

「もちろんでございます」


 クロードはうやうやしく頭を下げるとキッチンに向かった。

 戻って来た彼の手には、ワイン瓶が一本にグラスひとつ。


 前世のユリウスは白ワインを好んだ。

 赤ワインは血を思い出させるし、強い酒で酩酊するわけにはいかなかった。


 ツマミは必要ない。

 せっかくの酒の味が濁ると、ユリウスは好まなかった。


 栓を空けると、グラスにひと口注ぎ、飲み干す。

 毒が入ってないと示すためだ。

 それからグラスを拭い、今度は並々と注ぐ。

 グラスの中のさざ波が収まると、ユーリの前にすっと差し出した。


 クロードは立ったまま動かない。

 ユーリはクロードを見上げる。


 ――そういえば、こいつはこういう生真面目な奴だったな。


「なにを突っ立ってる。其方そちのグラスも持って来い」

「かしこまりました」


 クロードはキッチンからもうひとつのグラスを取って来る。

 ユーリを見た彼は、小さく眉を動かす。

 その小さな手に瓶が握られていたからだ。


「まあ、座れ」


 クロードは戸惑いを覚える。

 同じテーブルにつくなど、前世ではとても考えられなかった。


 だが、すぐに気持ちを切り替え、ユーリの向かいに腰を下ろした。

 同じ言葉を繰り返させるわけにはいかなかったから。


「ほら、グラス」


 クロードが差し出したグラスにユーリが酌をする。

 その際、ユーリの手が震え、ワインが少しこぼれた。


「この身体は難儀だな」


 未だ慣れぬ幼き身体。

 ただのワイン瓶が大剣よりも重かった。

 自嘲気味につぶやいたユーリは、クロードのグラスに自分のグラスを軽く当てる。


「新しい人生に乾杯だ」




   ◇◆◇◆◇◆◇


次回――『ユーリとクロードは語る。』

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