es 番外篇集

藤あじさい

No.S―ナンバーズ―「制服と憧憬と感情」

*「No.S―ナンバーズ―」番外編。時系列は本編#4と#5の間あたりです。




 サテライトにとって、セカンドは妹のようなものだ。二人の年齢は同じで、生まれも育ちも一緒。周囲からは双子のように認識されていたが、サテライトの感覚では、自分が兄でセカンドが妹である。

 そんな境遇だったので、所属先でも二人の扱いはだいたいがセット。彼女のナンバーズへの潜入が決まったときも、サテライトの陰ながらの支援込みの話だった。

 ナンバーズの件は、なかなか上手くいった。最速で幹部に上り詰めたセカンドに、サテライトは武器や情報の支援を続けた。作戦も大詰め。あとは釣り糸に獲物がかかるのを待つのみ。そんな折である。


「明日から、新人幹部の面倒押し付けられちゃった」


 とある幹部会の直後、セカンドが仏頂面でそんなことを言い出した。

 彼女は不満そうに息を吐きながら、くるくると、サイドテールにした髪の毛先を弄んでいる。毛先に向かってピンクに変わっていく金に近い茶髪は、最近の彼女のお気に入り。ナンバーズでは女子高生という設定で通しているらしく、服装は大抵制服。今日は赤いリボンが特徴的なブレザータイプで、紺色のスカートはこれでもかというほど短く裾上げしており、足元はルーズソックスだ。


「へー。新人教育って何するの」

「さぁ。とりあえず、侍らせておけばいいんじゃない」


 投げやりな言葉から、彼女のやる気のなさを感じる。まぁ、それは仕方がないだろう。セカンドは目的があってナンバーズにいるのであって、この組織で身を立てるつもりなどない。殺しの仕事の請負いならともかく、その他の雑用など手間でしかない。


「使えなかったら、あたしが処分してもいいのかなぁ」


 そんな風にぼやいていた記憶は、新しい。

 まぁでも、サテライトは悪くない話だと思った。面倒がるセカンドの気持ちもわかる。でも正直な話、この頃、辻斬りを追う二人の活動は暗礁に乗り上げている。あとひと息というところで、獲物の食いつきが悪い。さては勘付かれたかと不安に思うも、出来ることはこのまま素知らぬ振りをするくらいである。だから、新しい風を入れるのは何かの切掛になるかもしれない。


 しかしセカンドが後輩指導なんて、サテライトには想像もできないのも事実。彼女は部下への指示は的確だがいつも必要最低限、そしてかなりの実力重視。失敗した部下は即クビ。助言して育てようという考えがないので、指導者としては向いていないと常々思っていた。

 対してサテライトは、基本的に部下を自分好みに育成するのが好きである。だから尚の事、セカンドの部下に対する厳しさとは相容れない。今回も、新人とやらはさっさと潰されてしまうかもしれない。あーあ、可哀想に。

 そう思っていたのだが。


 セカンドが件の新人指導を開始して、数日後。サテライトはようやく、面と向かって新人幹部――三船慎太郎と面と向かっての対面を果たした。驚いたのは、予想外に打ち解けた態度を取るセカンドにだ。


「あの新人くんに、随分目を掛けてるんだなー」

「シンタローは見込みがあるからね」


 そうやって、他人を褒めるのも珍しい。仲間内でも、セカンドの人への評価は厳しめで有名だ。信頼する上司にだって時には食いつくのだ。そのセカンドが、親身になって新人指導をしている。その珍しい光景に、ついサテライトは好奇心を抑えられなかった。


「好きなの?」

「は?」


 何を、何が、というのも聞き返すこともなく。セカンドは、鋭い視線でサテライトを睨みつけた。その冷え冷えとした視線をものともせず、いや、あえて空気を読まずに彼は笑って続ける。


「あの新人クンのことだよー。かなり気に入ってるみたいだから、協力者以上の感情があるとか」

「は? 全く、そういうんじゃないんだけど」


 躊躇うことのない否定。そして、冷たい視線にはサテライトに対する侮蔑も含まれていた。流石に、これ以上突き回すとしばらく口を効いてもらえなくなりそう。そう思ってこの時は、話題を打ち切ったサテライトである。

 けれど、そのすぐ後。こんなやり取りが繰り広げられることになる。




「そういえば、セカンドのその制服。所属している学校のなのか?」


 発端は、三船のこの問い掛け。

 この日のセカンドは、ブレザータイプの制服だった。緑色のネクタイに、スカートはチェック。薄ピンクのカーディガンと、紺のハイソックスを合わせている。

 セカンドは仕事をこなすとき、変装して潜入することが多い。今のように、変装していない間は大抵女子高生スタイルだ。


「ちがうよ。カワイイとこのやつ、選んで合わせてるの」

「ああ、だからたまに違う色なのか」

「そーいうこと」


 答えた後でセカンドは、小首を傾げて三船を見上げた。


「シンタローは、どういう制服の女子高生がカワイイと思う?」

「そういうこと、考えたことないんだが……」


 明らかに困惑した表情の三船に、セカンドは満面の笑みで詰め寄った。あっ、とサテライトは気付く。これは、面白い玩具を手に入れたときの反応だ。


「えー、今考えてみてよ。色々あるじゃん。セーラー服かブレザーか、靴下の丈とか色とかさぁ」

「く、靴下の丈?!」


 そんなの考えたことがなかった、とばかりの反応。まぁ、この男は考えたことないだろうなとサテライトも同意だ。三船はどことなく、硬派な印象の男だ。そしてかなりの真面目。だから今回も、セカンドの言葉に眉を顰めつつ、素直に答えを探している。彼は暫く思案してから、ぽつりと話しだした。


「……ちょっと話は違うかもしれないが、幼い頃住んでた近所に高校があって。そこの制服が学ランとセーラー服だったんだ。ある日、俺はちょっとした怪我をしてな。大した傷ではなかったのだが、血が出たので多少大袈裟に見えたのだろう。俺はもう師範の元で修行に励んでいた時で、毎日生傷が絶えなかったものだから、特に気にせずにいたんだが」


 当時を思い出したのだろうか、三船はふっと口元に笑みを浮かべる。


「向こう側から歩いてきた女子高生が、ぱっと俺を見て駆け寄って来たんだ。彼女は、躊躇いもなく俺の血を自分のハンカチで拭った。それから、近くの公園で簡単に傷口を洗ってくれて……。一番有り難かったのは、どうして怪我をしたのか聞かないでいてくれたことだ。その人はひと通り俺の手当てをすると、にっこり笑って、痛いのよく我慢したね、なんて言うんだよ。まるでその時、自分が普通の子供みたいに感じて。俺にとっては、印象深い思い出だ。その時の彼女が、セーラー服におさげという古風な出で立ちで……それを、思い出しただけなんだが……」


 三船にしたら、なんとか絞り出したエピソードなのだろう。だが思いがけず、ちょっといい話だった。

 まさに絵に描いたような美しい思い出。あまりにベタすぎて反応に困るくらいの。サテライトが感心していると、じっと聞き入っていたセカンドは、ぽつりと尋ねた。彼女は何故か真顔で、ちょっと不機嫌に見えた。


「ふーん、セーラー服。何色?」

「何色?!いや、普通の……白と紺だった気がする。タイは臙脂で」

「なるほどね。シンタロー住んでたのって、都内?」

「いや……近県ではあるが」

「そうなんだ。海側?山側?」


 それからいくつか質問をして、セカンドは満足したのか口を閉ざした。何やら考えているらしいセカンドは、なかなか話し掛けづらい雰囲気を纏っている。三船も、彼女の反応に動揺しているようだった。少しの沈黙のあと、彼は恐る恐るといった様子で言った。


「俺はセカンドのその格好、……ブレザー、似合ってていいと思う。セカンドらしいっていうか、ただ着ているんじゃなくて、着こなしているというか……あんまり、そういうのは詳しくないが」


 言葉が尻すぼみなのは、照れくさくなったからだろう。いかにも慣れていないという様子の三船に、セカンドはぱっと顔をあげた。それから、嬉しそうな笑みを濫かべる。


「そう? ふふ、ありがと」


 どうやら機嫌を直したらしい。和気藹々と会話を続ける二人の後ろで、サテライトはやれやれとこっそり肩を竦めたのだった。


 その後、ちゃっかりセカンドが、白と紺のセーラー服を着ていたのには思わず笑ってしまった。しかも髪色はそのままだけれど、髪型はわざわざきっちりおさげの三編み。

 ひと目見て三船はなんだか動揺し、それに対してセカンドは得意げに笑う。


(やっぱり、ちょっとは好きなんじゃないのかなー)


 サテライトはその光景を眺めながら、欠伸を噛み殺した。



20221225

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