第292話 番外編 それぞれの想い 6 ーリヒト編ー

 俺はリヒト・シュテラリール。エルヒューレ皇国の皇族だ。俺の父親が現皇帝の弟なんだ。

 だから、皇帝といっても伯父さんだ。小さな頃からよく遊んでもらった。

 エルフはちびっ子を可愛がる種族なんだよ。自分が可愛がってもらっている時はなんとも思わなかったんだけど……


「……お……おもッ……」


 ある日、身体が重くて苦しくて目が覚めたんだ。


「おい、コラ……なんでここにいるんだよ」

「んん……ハルちゃん、あたしもう食べられないわ……」

「何寝言いってんだよ、シュシュ!」


 そうなんだよ、シュシュが俺の上に乗っかって寝ていたんだ。こいつ、いつもはハルと一緒に寝ているのにどうして俺の部屋にいるんだよ。


「もう、煩いわねぇ……え? なんでリヒトがいるのよ」

「俺の部屋だからな」


 やっと目を覚ましたシュシュは、まだ寝ぼけているらしい。


「俺が聞きたいよ。何で俺のベッドにいるんだよ」

「え? あたしハルちゃんと寝てたわよ?」


 シュシュはドラゴシオン王国に行く途中で保護した聖獣だ。コハルが言うには、まだまだひよっこらしい。だが、堂々とした白虎の聖獣なんだ。喋らなければだけどな。


「あら? どうしてかしら?」

「知らねーよ! てか、重いんだよ!」

「あら、ごめんなさい。じゃああたしハルちゃんの部屋に戻るわ」


 そう言って、のっそのっそと部屋を出て行った。訳がわからん。

 このシュシュ。ハルに超懐いている。1度、ハルが長老の家に泊まる事になった時だ。シュシュはハルの気配と匂いを辿って長老の家まで行ったほどだ。

 今日も、どうせ寝ぼけて間違えたのだろう。

 ハルの側には聖獣が2頭いる。コハルとシュシュだ。

 コハルは創造神から遣わされた神使らしい。俺達が知らない知識も持っている。聖獣の中では格上なんだそうだ。そしてもう1頭が、このシュシュだ。こいつはまだ聖獣になって百年かそこららしい。コハルによく、『ピヨピヨのひよっこなのれす!』と言われている。

 因みに雄だ。なのに『あたし』と言う。

 このシュシュがいる事でハルの行動範囲が広がったんだ。何故かと言うとな、ハルはまだ3歳だ。歩くのも走るのも危なっかしい。だが、このシュシュに乗る事で自由に動けるようになったんだ。

 これがまた、面倒なんだ。気付けばハルはシュシュに乗ってフラフラとベースの中をウロウロしている。


「ハル、ちょっと太ったんじゃない? 最近シュシュに乗ってばかりで動かないからよ」


 なんて、ミーレに言われたりしている。


「ちがうんら! これは幼児体形なんら!」


 と、ハルは言い返しているが。確かに最近少しほっぺがプクプクしてないか? いや、それは前からか。

 ハハハ。とにかくハルは可愛い。最初はどうなるかと思ったが、ベースの前の空き地で、この地に足を下した時から日に日にハルは変わっていった。

 長老も可愛くて仕方がないのだろう。なんだかんだと、殆ど毎日ハルに会う為にベースまで来ている。態々転移して来るんだ。ハルと一緒にルシカのおやつを食べて帰って行く。時には一緒に昼寝をしている事もある。

 あんな表情の長老やアヴィー先生を見るのは初めてだ。


「ほんとう、可愛いわ」

「シュシュ、お前ハルが大好きだな」

「何よ、リヒトだってハルの事が大好きじゃない」

「え? そうか?」

「そうよ、何言ってんのよ。ハルを抱っこしている時のリヒトの顔ったら、見てらんないわよ」


 マジかよ! それは自覚がなかったぞ。俺ってどんな顔してんだ?


「もうね、目が垂れちゃってデレデレって感じよ。イケメンが台無しね」

「ああ、シュシュがハルを乗せている時の様な感じか?」

「なによ! あたしはそんな顔してないわよ!」


 はいはい。みんな自分の事は分からないんだよ。俺だって自分がそんな顔しているなんて思わなかったからな。

 ハルは何をしても可愛いんだ。知ってるか?


「とおッ!」


 と言って、抱っこしていたのに突然ジャンプして下りたりするんだ。今はもう慣れたけど、最初の頃はその度に心臓がキュッてなったわ。

 それに、何より……


「ちゅどーーーんッ!!」


 この掛け声が出た時は、ハルの必殺技らしい。アハハハ、何が必殺技だよ! 『ちゅどーん!』て、何だよ!?

 ハルがやってきて、俺達のベースは明るくなった。ハルとシュシュを見る為に態々やって来るやつもいる程だ。ヒューマンの冒険者達の間では、ハルは超有名人なんだ。

 超可愛いのに鬼強いちびっ子がいるぞ。デカイ真っ白な虎なのに『あたし』という変わった聖獣がいるぞ。て、評判になっている。

 エルヒューレ皇国だけでなく、ドラゴシオン王国やツヴェルカーン王国でもだ。海中の国、セイレメールでさえそうだ。またハルと一緒に遊びに来てくれと言ってくる。


 だが、ヒューマンと獣人の国アンスティノス大公国ではマジで焦った。

 ハイヒューマンの最後の生き残りを助けようとして、ハルが飛び出した時は思わず俺も考えるよりも先に身体が動いていた。

 ハルを助けないと! と思ったんだ。長老が何かを指示していたが、なにも耳に入らなかった。必死だったんだ。

 気付けばシールドを展開させながら、俺はハルの上に覆いかぶさっていた。

 大丈夫だと分かっていても、あの小さなハルの身体が丸くなって倒れているのを見た時は寿命が縮まるかと思ったぜ。

 あんな小さな身体でハルは突っ込んで行く。人種や種族に関係なく助けようとするんだ。だから一時も目が離せない。本人は無意識なんだろう。


 今日も元気に裏庭からハルの声が聞こえてくる。


「かえれー! こうらッ! 手はこうッ! 足はこうッ!」


 また、何かやっているらしい。クックックッ。

 もしかしたら、世界最強のちびっ子かも知れない。最高に可愛らしくて強いハル。これからも俺はハルを見守っていくさ。


「りひとは頼んねーかりゃな、おりぇがしっかり見てねーと」


 アハハハ! うっせーよ!

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