第224話 セイレメールの城

「ハル、泳げるじゃねーか」

「りひとも泳いでみりゅ!?」

「ハルちゃん! 危ないで!」

「かえれ、平気ら!」

「もう、言葉がありませんよ」

「なんだルシカ、もう疲れてんのか?」

「イオスだって一緒じゃない」

「俺は全然平気だよ。ハルなら泳ぐ位はするだろうと思っていたさ」

「あら、そう?」

「ああ、そうだ」

「あたしもハルちゃんと一緒に泳いで行こうかしら」

「シュシュ、やめて! そばにおってや!」

「あら、カエデは怖がりね」

「いや、ハルちゃんがおかしいねんて! なんで着いていきなり泳いでるんよ!」

「そりゃあ、ハルちゃんだからよ」

「そうね、ハルだもの」

「アハハハ! 違いねー」

「もう、意味分からんわ」


 そんな彼等の頭上を、ハルはコハルと一緒にススィ〜と泳いでいる。

 小さな白いリスと、戯れる様に泳ぐ3歳児。空中? いや、海中で1回転したりしている。


「アハハハ! めちゃ楽ら!」

「ハルは何でも順応が早いなぁ」

「あれもある種の才能ね」

「アヴィーに似たのか?」

「あら、長老もよ」


 どちらもだろう。長老だって結構無鉄砲なところがある。アンスティノス大公国ではアポも無しにいきなり大公の執務室まで転移したり平気でする人だ。

 それに比べたら、ハルはまだまだ可愛い。


「ハルちゃん、戻ってきて下さいな」


 シェンラがハルを呼び戻す。


「なんら?」


 ハルとコハルがスィ〜と戻ってきた。長老に捕まったハル。


「こちらですのよ。これに乗って上に向かいますの」


 シェンラが、小さな扉を開けると箱の様な小部屋があった。


「さあ、皆さま。こちらに入って下さい」


 一行は訳も分からず指示に従う。


「扉を閉めます」


 シェンラの補佐であるウージンが1番最後に乗り込み扉を閉めた。


「なんら?」


 すると、そのまま小部屋ごと上に移動した。


「お! えりぇべーたーら」

「ハル、何だ?」

「この部屋ごと上に移動してんら」

「その通りですわ。海水を入れたり抜いたりしてこの小部屋を上下させておりますの」

「なんだって……」

「驚いた……いや、驚く事ばかりだ」

「本当ですね」

「凄いわね。こんなに技術が進歩しているのね」

「な、シュシュ。びっくりやな」

「あら、カエデ。分かっているの?」

「それ位分かるし! てか、こんなんある国なんてないやん」

「そうね、ないわね」

「海の中だから出来るのかしら?」

「ばーちゃん、しょんな事ねーじょ」

「ハルちゃん、そうなの?」

「ん、科学が発展していた前の世界らと普通にあったじょ」

「ハル、そうなのか?」

「ん、色んなとこにあっちゃ」


 ハルちゃん、さっきから長老の首元にくっついて浮いている。そのハルの肩にコハルが乗っている。おかしな事になっている。


「浮くかりゃ楽らな」


 まあ、ハルちゃんが良いならそれで良いさ。


「長老、重くないのか?」

「ああ、全然平気だ。ハルはぶら下がっているのではなく、ワシに捕まって浮いているからな」

「便利らな。無重力みたいら」

「ハル、無重力って何だ?」

「じーちゃん、へへん」


 ハルが自慢気に胸を張り、まだ短いプクプクした人差し指を立てた。


「しぇちゅめいしよう!」


 どっかで聞いたセリフだ。


「地上れは重力ってのがあんら。らからおりぇ達は浮かないんら。けろ海中らと浮力が働くかりゃ地上にいりゅ程感じないんら」

「ほう、浮力など難しい事を知っておるんだな」

「ふふん、勉強しゅりゅんら」

「ハルちゃん、時々難しい事言うよな」

「カエデ、ハルちゃんは賢いのよ。この世界にはない知識を持っているわ」


 確かにハルはこの世界にはない知識を持っている。前世での知識だ。それがシュシュには分かるらしい。

 皆が乗っているエレベーター擬きが止まった。


「さあ、着きましたわ」


 ウージンが扉を開ける。と、そこには外からは想像のつかない空間が広がっていた。


「うわ、まじ海の中ちょは思えねー」

「ハルちゃん、本当ね。立派なお城だわ」

「ばーちゃん、エルヒューレの城より広いな」


 大理石の様な床でできた広い廊下、壁は質感が漆喰に似ているもので出来ているがよく見ると微かに光っている。天井には魔石を使っているのだろう光源。両側にドアがある。何部屋もあるのだろう。

 白を基調にしてあり、竜宮城と言うよりもネズミの国にあるお城の様だ。


「外からは想像できませんでしょう? 海底山脈を利用して造られておりますのよ」


 シェンラが先導し、1番奥の扉の前で止まった。


「シェンラです。お連れ致しました」

「入って頂きなさい」


 中から聞こえてきたのは、男性の声だった。

 ウージンが扉を開ける。中に入ると落ち着いた応接室の様になっていた。そこに先程の声の主だろう男性の人魚と、頭にティアラをつけた女性の人魚が座っていた。

 その2人の後ろには近衛兵の様な男性の人魚が立っている。

 服装は着物の様な前合わせだが、プリンセスラインのドレスだ。透ける薄い羽衣の様なショールを掛けている。男性も前合わせの長い上着にワイドパンツに見える。が、2人共、いや兵達も皆下半身が魚の人魚だ。服の下から尾びれが出ている。


「じゃんねん、イメージと違う……ドレスじゃん」

「ハル、何だ?」

「なんれもねー」


 きっとハルちゃんは、乙姫様をイメージしていたのだろう。海の中だし。だが、人魚だから乙姫とは別物だ。亀さんに乗ってきていないしね。男性の人魚が声を掛ける。


「ようこそお越し下さった。お掛け下さい」

「ありがとうございます」


 長老がハルを膝に乗せて座り、並んでリヒトとアヴィー先生が座った。シュシュが長老の足元に伏せる。コハルはハルの肩に乗ったままだ。珍しく亜空間に入らないでずっと出ている。

 ルシカ達はすぐ後ろに立って控えている。


「私は王配でユーランと申します。こちらは女王です」

「メーレルと申す。此度はようこそお越し下さった」


 おや? 女王メーレルの目が1点に釘付けだぞ。


「初めてお目に掛かります。エルヒューレ皇国の長老でラスター・エタンルフレと申します。こちらは、妻のアヴィー、曽孫のハルです」

「お初にお目に掛かります。皇族のリヒト・シュテラリールです。彼等は従者のルシカ、イオス、侍女のミーレにカエデです。宜しくお願い致します」

「こちらこそ、願いを聞き入れて頂き感謝致しますぞ。女王からも……」

「ああ、感謝致す。あの、そちらの……」

「ああ、虎の聖獣でシュシュ。リスの聖獣でコハルです」

「……!!」


 なんだ? どうした? 女王が口に両手を当ててプルプルしているぞ。

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