第192話 内密に?

 出発の日の朝だ。長老がシュテラリール家からアンスティノス大公国の入り口手前まで皆を転移させる。


「出来るだけ集まってくれ」


 そう言って長老は魔法杖を出す。


「長老、頼みます」

「ハルちゃん、無理しないでね。気をつけるのよ。リヒト、お願いね」

「あい、かーしゃま」

「大丈夫ですよ、母上」


 シュテラリール家の家族が見送りに出ていた。


「心配ない。大丈夫だ。さっさと解毒と浄化をして帰ってくるさ」

「頼みます。長老もお気をつけて」


 長老が皆の周りに魔法杖で円を描いた。すると、白い光に包まれ光が消えると既に皆の姿はなかった。


「行ったか……ヒューマン族は本当に迷惑なものだ」

「あなた、よしましょう。無事に帰ってくる事だけを思っておきましょう」

「母上の言う通りですよ」

「ああ、そうだな。しかし……ちびっ子がいなくなると邸の中はまるで火が消えた様だ」

「確かに、父上。ハルがいると賑やかですからね」

「ハルちゃんは天使だわ」


 とうとうハルさん天使と言われてしまった。皆に可愛がられている。ハルの前世ではなかった事だ。


 アンスティノス大公国近くまで転移してきたリヒト達一行。


「長老、このまま普通に入国していいのか?」

「ああ、構わない。皆、顔を隠すんだぞ。ハル大丈夫か? シュシュは小さくなるんだぞ」

「じーちゃん、完璧ら」

「面倒だわ。ミーレ、抱っこしてちょうだいね」

「分かったわ」


 シュシュが小さくなった。どうやってなるのかと思ったら普通に徐々にシュルシュルと小さくなっていった。


「しゅしゅ、しょうなってんのか」

「あら、なぁに? 着替えを見られたみたいで恥ずかしいわ」


 おい、服を着ていないだろう。何が恥ずかしいだ。


「アハハハ! シュシュはいつも裸じゃねーか」

「リヒト! なんて無神経なの! レディーに嫌われちゃうわよ!」

「お、おう。すまん」


 誰がレディーだ。ツッコミどころ満載だ。

 一行が入国する。入国を担当していた兵がリヒトと長老の名前に反応した。


「あ、あの。失礼ですが、エルヒューレ皇国の方々ですか?」


 兵が、小声で聞いてきた。


「ああ、そうだ」

「此度はご迷惑をお掛けして申し訳ありません。実は私の身内も毒に侵されてしまっていて、それで皆様がお越し下さるのを存じておりました。一部の議員のせいで、失礼な事をお願いした様なのに、こんなに早く来て頂けるとは。感謝致します。私と同じ様に思っている者が沢山おります。どうか、どうか宜しくお願い致します!」


 小声の超早口で言ってきた。一介の衛兵がそんな事を言ってきた。どこからか情報が漏れているのだろうか。そうか、そう思う者達もいるんだ。そう思ってくれるのならまだ救われる。


「ああ、任せてくれ」

「で、君の身内は何層目にいるんだ?」

「5層目です。1番被害が大きかったのは6層目だと聞いております」

「そうか、ありがとう」


 リヒト達が無事入国した。


「長老、どこから行く?」

「そりゃ近くで1番被害の大きい6層目だろう」

「了解」


 リヒトは既に把握しているらしい。長老にそれだけ聞くと馬を進めた。

 今回も変わらずリヒトの前にはハルがちょこんと乗っている。馬に乗る時は長老じゃなくてリヒトなんだね。カエデはイオスの馬だ。最初の頃はルシカだったが、訓練をする様になってから自然とイオスになった。師弟関係が出来ているのだろう。

 そして、ミーレは小さくなったシュシュを乗せている。白いネコちゃんに見える。シュシュは上手にバランスをとって馬にちょこんと座っている。


「ハル、今回馬車はないが眠くなったら言うんだぞ」

「じーちゃん、らいじょぶら」


 ハルももう慣れたもんだ。リヒトに支えてもらいながら馬でも眠れるらしい。お昼寝は大事。ついでにおやつも大事。


「ここからは転移できんからなぁ」

「長老、そう遠くない。ゆっくり行っても昼過ぎには到着するさ」

「ああ、リヒト」


 長老が認識できる場所でないと転移できない。これから向かう6層目の街は長老が行った事のない場所らしい。


「それより、長老。領主には話がいってるんだよな?」

「ああ、取り敢えず領主の邸に行く」

「分かった。街に入ったら分かるだろう」

「大抵、1番デカイ立派な邸だろうからな」

「違いない」


 パカポコパカポコと馬は進む。目的地の街まではまだ少しある。ルシカとイオスが周辺を警戒している。


「ルシカ、何か見られているよな?」

「そうですね。でも1人でしょう? 放っておきましょう」

「ああ。不快だけどな」


 見られている? ルシカが言うには1人ついて来ている者がいるらしい。今はスルーする様だ。

 ルシカの用意した昼を食べ、また少し移動すると目的地に着いた。一行は領主邸を探す。

 街に入ると、何故か確認するかの様に街の人達がリヒト達を見てきた。


「なんだ? ルシカ、俺目立っちゃってる?」

「あら、あたし小さくなっていても魅力が溢れ出しちゃってるのかしら?」

「いえ、リヒト様。そうではなく……もしかして、街の人達は知っているのではないでしょうか?」

「聞いて! スルーしないで!」

「どうやらそうらしいぞ」


 相変わらず賑やかなシュシュはさておき。人々の中にはリヒト達に向かって深々と頭を下げている者達もいる。


「民達は分かっているんだな」

「正式には発表していない筈なんだが。人の口には戸が立てられないと言う事だろうな」

「長老、それ自分の台詞やわ!」

「おお、ことわざはカエデ担当だったか? アハハハ!」

「自分の身内の命が掛かってんだ。そりゃそうなるよな」


 口伝に広がっていったのだろう。領主邸に到着するころには、もう大っぴらに……


 ――頼みます!

 ――よく来て下さった!

 ――お助け下さい!


 等と言う声まで掛けられるようになった。


「これ、内密になんて無理だよなぁ」

「ええ、確実に皆分かっていますね」

「アハハハ! 愉快じゃねーか!」


 長老、それは楽観的ではないか? まあ、大丈夫か。こちらから何か言っている訳ではないのだし。

 一行は街の人達に先導される様に領主邸へと入って行った。

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