第131話 紅龍王の背中に乗って

「りゅしか、りゅしか。腹減ったじょ」

「おや、もうそんな時間ですか?」

「ん」

「では、戻りますか?」

「いや、昼飯はうちで用意させている。なんもないが食べてってくれ」

「おー!」

「ハルちゃん、嬉しそうやなぁ」

「かえりぇ、らって飯は大事」

「ハルちゃんはお昼寝も大事やからなぁ」

「あたしが添い寝してあげるわ」

「ひゃにゃん!」


 カエデがシュシュに気付いてイオスの後ろへ飛び退いた。


「なによ、今まで平気だったのに。普通に話してたじゃない」

「だって違う事に気がいっててぇ」

「失礼しちゃうわ。もういい加減に慣れなさい」

「にゃん……頑張るにゃん」

「なんでいきなり思いっ切り猫になってるのよ」

「これは本能でぇ……」

「はいはい、もういいわよ」


 カエデ、まだ駄目か……



「おぉー、ごちそうら!」

「ハルちゃん、たくさん食べやー」

「ん!」


 黄龍王の計らいで昼食をごちそうになった一行。和やかに食事をしていたが、其々思う事はあるだろう。

 長老は特にだ。ハルに関係するかも知れないとなると、やはり心中穏やかではない。


 何故、ドラゴン族の遺跡にハイヒューマンの事が描かれてあったのか?

 何故、エルフ族の遺跡にはなかったのか?

 何故、今? やはり、ハイヒューマンの血を継いでいるハルがいたからか?

 何故、急にハルは精霊の声が聞こえるようになったのか?

 そして、長老はハルの事を龍王に話すのだろうか?


「食べたらハルは眠くなる。城へ帰ろう」

「ん、じーちゃん」


 ハルが、まだ短いぷくぷくとした両手を長老に伸ばす。長老は当然の様にその手を取りハルを抱き寄せる。

 大事な大事な曽孫だ。可愛い可愛いハルだ。奪われてなるものか。守るんだ。それは、長老だけでなくリヒト達も同じ思いだ。

 

「長老、どうすんだ?」


 ハルはもうスヤスヤと長老の腕の中で寝息をたてている。


「リヒト。あまり……話したくはないのだが」

「俺もそう思う」

「だが、5人の龍王達は信用できる」

「それも、そう思う」

「遺跡がハルに反応するとなっては、個人的な事だからと言葉を濁す訳にはいかん」

「ああ、それも分かる」

「だが……ハルは守りたい」

「長老、もちろんだ」

「……」


 長老は考え込む。リヒトが声を掛ける。


「長老……長老だけじゃないんだ」

「リヒト?」

「ハルを守りたいと思っているのは長老1人じゃないんだ。俺達だって思っている」

「ああ……」

「だから、大丈夫だ」


 そう、大丈夫だ。1人じゃないのは、ハルだけじゃない。長老やリヒト達も皆そうなんだ。

 ハルの新しい人生。前世とは大分違う様だ。1人で我慢して我慢して、感情がなくなっていた前世とは違う。皆がいる。


 こうして、遺跡調査の1日目は終わった。

 


 翌朝、遺跡調査2日目……の筈が……


「ハル、おばば様へ会いに行こう」

「じーちゃん、おにばば?」

「ちげーよ。鬼婆じゃねーよ」

「ん? だりぇら?」

「俺か? 俺は紅龍王、ホンロンだ」

「お」

「え? 反応それだけかよ!?」

「ん?」

「もっとさぁ、おぉー!! とか、えぇー!! とかないのか? 紅龍王だぜ?」

「ん、ちぃーっす」

「やる気ねー!! まぁ、いいや。お前、ハルだよな?」

「ん、はりゅれしゅ」

「青龍王の赤子を保護してくれてたんだろ? ありがとな」

「ん、気にしゅんな」

「俺がおばば様のとこに連れてってやるよ」

「いいりぇーしゅ」

「なんでだよ! えぇー! 嬉しいぃー! とかないのかよ!」

「ん、ない」

「そうかよ! ないのかよ! アハハハ! ハル! 気に入った! 俺の背中に乗せてやるよ!」

「おぉー! ドラゴンの背中!」

「おッ! 反応したじゃねーか。アハハハ!」


 また、賑やかなキャラが登場した。

 紅龍王、ホンロン。深紅のワイルドな長い髪に深紅の瞳。見た目イケイケのお兄さんだ。

 ドラゴシオン王国の南方を守護している。



「しゅげー!! 超たけー!」

「ハル! 乗り出したら危ないですよ!」

「りゅしか、平気ら!」


 想像できたでしょうか? そうです。ハル達は今、紅龍王の背中に乗っています。

 鱗が深紅に輝く真っ赤な龍だ。大きな翼が2対あり、優雅に動かして飛ぶ。正に天空の王者だ。最高層から白龍王の里の中階層に住む鬼婆、いやおばば様の元へと飛んでいる。

 態々紅龍王に送ってもらう程の距離ではないのだが。まぁ、ドラゴンに乗ってみたいしぃ、せっかくだしぃ。て、事でハル達は乗っている。で、ルシカのオカンさ加減が……いや、心配性が発揮されている訳だ。

 竜車でも飛んだのだが、ドラゴンに乗るのはまた違うらしい。ハルのテンションが爆上がりだ。

 

「こはりゅー! しゅげーじょー! 超気持ちいぃー!」

「はいなのれす! 高いなのれす! 早いなのれす!」

「やだー! ハルちゃん可愛いぃー! テンションの高いハルちゃんも可愛いわぁ!」


 アッと言う間に着いた。一瞬だ。おばば様の住んでいる中階層の一軒家だ。

 ここは、他よりも沢山の植物がある。おばば様の趣味なのだろうか? 流石に背の高い木はないが、高山でも生息できる植物が所狭しと並んでいる。小さいが畑もある。薬草類もある。エルフには良い環境だ。

 おばば様の一軒家に到着して庭へ下りる紅龍王。もちろんまだドラゴン形態のままだ。


「この子はまたドラゴンのまま下りて!!」


 家の中からエプロンをつけた元気な1人の老婆が飛び出してきた。手にはオタマを握っている。もしかして、それで叩く気か?

 長い白髪をシニヨンに纏めていてシルバーグレーの瞳だ。白龍王の血統らしい。

 皆が『おばば様』と呼んでいるが、本名はホアンと言う。だが、今はもう誰もそう呼ばない。言うなれば、長老の様な存在だ。実際、長老より年上らしい。


「おばば様! 今日は客を連れて来たんだ!」

「客!? 本当かい!?」


 その時、紅龍王の背からヒョッコリと長老が顔を出す。


「おばば様! ご無沙汰しております!」

「おや! 珍しい! 長老じゃないか! まだ生きていたのかい!?」

「アハハハ! ワシより年上のおばば様に言われたくないぞ!」


 そして、長老の胸のところから小さなハルがヒョッコリと顔を出す。


「おやおやッ!?」

「ワシの曽孫だ! おばば様! 帰ってきたんだ!」

「なんだって!! 早く下りといで! ちゃんと顔を見せておくれ!」


 おッ!? おばば様のこの反応は? 皆が下に下りると、おばば様が手に持っていたオタマを放り出しハルの頬を両手でそっと包んだ。

 律儀にルシカがオタマを回収している。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る