第72話 72ースラム

 教会を出ようとしたらカエデとニークが戻ってきた。ニークは大きな鍋を馬車からおろしている。


「あ! リヒト様! ハルちゃん!」

「かえれー!」


 ハルが手をフリフリしている。


「もう、済んだんか?」

「ああ、終わった。カエデ、まだ粥作れそうか?」

「リヒト様、材料は大丈夫やで。まだ作るんか?」

「今度はスラムだ。多いぞ、作れそうか? 薬湯が出来たらルシカもそっちにやるよ」

「分かった。任せてや! いっぱい作っとくわ!」

「おう、頼んだ」

「リヒトさん、先生は?」

「アヴィー先生は伯爵に会いに行った」

「領主様の伯爵ですか?」

「そうだ。これは人為的なものなんだ。次はきっとスラムだ。俺達はこれからスラムに向かう」

「あ、じゃあニークさんはリヒト様達を案内してや」

「え? でもカエデちゃん1人だと大変だよ?」

「大丈夫や! 任せてや!」

「カエデ、本当に平気か?」

「当たり前や! 前はもっと沢山作ってたんや。余裕やで」

「アハハハ、そうか。じゃあルシカに行ってもらうからそれまで頼むな」

「任してや! じゃあニークさん、その粥頼むわ!」


 カエデはまたアヴィー先生の自宅に戻って行った。


「リヒトさん、粥をノンに渡してきますから少し待って下さい。スラムに案内します!」


 大きな鍋を持ってニークが教会に入っていく。


「りひと、ばーちゃん大丈夫かな?」

「ん? アヴィー先生か? 大丈夫だ。何があってもアヴィー先生はヒューマンには負けねーよ」


 そうなのか。やはり強いのか?


「イオス、まだ薬湯あるか?」

「はい、リヒト様」

「それ貰っとくわ。また追加頼む」

「分かりました。取りに行ってきます。次はスラムですね?」

「おう、そうだ。頼んだ」


 イオスが走って戻って行った。



「お待たせしました! 行きましょう!」


 ニークに案内されたスラムはそれは酷い状況だった。道端に人が倒れている。既に発熱していて手足も麻痺している。動けずに倒れてしまったのだろう。


「なんて事を……」

「ニーク、このスラムを仕切っている奴はいないのか?」

「いますよ。案内します」


 ニークはそう返事しながら、倒れている人達にルシカが作った解毒と浄化の薬湯を飲ませている。


「動ける様になったら、同じ症状の人達をどこかに集めてもらえませんか? アヴィー先生から薬湯を預かってるので治療しますよ」

「あ……ああ。ニークじゃねーか。分かった。助かったよ、ありがとうな」

「はい、頼みます。他の人にもそう言って手伝ってもらってください」


 ニークはスラムの奥へと進んでいく。そう大きくもないスラムだ。ただ、もう壊れかけている家が目立つ。壁が崩れていたり、天井が半分なかったり。これでは、住めたものじゃないだろう。

 それどころか、いつ崩れるか分からない危険な状態だ。


「酷いな……」

「ここまで酷くはなかったのですよ。例の子爵が男達を連れてきて暴れさせるのです。それで、こうなってしまいました」

「なんだそれ!? 家を壊して追い出そうって魂胆かよ」

「そうです。再開発するにはどうせ壊しますからね。容赦ないんです」


 リヒトに抱っこされながら、ハルは黙ってジッと周りを見ている。スラムに入ってからずっとハルの瞳が光っている。


「リヒトさん、ここです」


 ニークが案内したのは、同じ様に壊れかけた家だった。


「ニークです。入りますよ」


 声をかけて入っていく。もう既に入口のドアなどない。


「おう……ニークか」


 家の中も荒らされたのだろう、酷い状態だ。そこにはリヒトの父位の歳に見える男性がベッドだっただろう物に横たわっていた。見た目が同じ位でも、当然実年齢は全然違う。エルフとヒューマンだから。


「大丈夫ですか!?」

「参ったよ。昨夜から熱が出ちまって、今は手足まで動かなくなっちまった」

「薬湯です。飲んで下さい」

「これで治るのか?」

「これは、解毒と浄化の薬湯です。大丈夫です。直ぐに動ける様になります」

「すまねー」


 ニークが薬湯を飲ませる。

 リヒトはパーピを飛ばす。解毒と浄化の薬湯がまだまだ必要になりそうだ。ポーションも欲しい。イオス、早く追加をスラムに持って来て欲しいと。


「いつからですか? 発熱は昨夜からですか?」

「ああ、昨夜からだ。ここら辺の奴等みんな同じ症状なんだ。こんな家に住んでっから、最初は風邪でもひいちまったかと思ったんだが。参ったぜ」

「大変でしたね。もう大丈夫ですよ」

「わりぃな。エルフさん達はアヴィー先生の知り合いか?」

「リヒトさん、この地域のリーダーのルガーさんです」

「俺はリヒトだ。アヴィー先生の生徒だったんだ。このちびっ子はハル。先生の曽孫だ」

「アヴィー先生に曽孫がいたのかよ! 先生一体何歳なんだ!?」

「アハハハ、驚きますよね。俺も驚きました。もう大分動けるようになりましたね」

「あ? ああ、本当だ!? 何だったんだ? 解毒って事は毒なのか?」

「はい。ルガーさんこの地域の井戸は1つでしたか? 他にはありませんか?」

「ああ、あの広場の井戸だけだ」

「リヒトさん、案内します」

「ニーク。頼む」

「待て、俺も……ニーク、肩貸してくれ」

「いや、ルガーさん。まだ寝ている方が良いですよ」

「寝てられっかよ! 毒なんだろ!? 俺の目で確かめねーと!」

「リヒトさん……」

「いいんじゃねーか? もう解毒はできてるだろうし。見ておきたいんだろ? ヒールしといてやるよ」


 リヒトがルガーに手を翳す。


「ヒール」


 ルガーの身体が白く光った。


「お、おぉ! すまねーな。スラムだけどな、俺達は此処に住んでんだ。そこに毒なんか! 許せねー!」


 ルガーと紹介されたスラムのリーダーは、無理矢理身体を起こす。

 リヒトがヒールした事もあり何とか自力で歩ける様だ。

 

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