第54話 ハルが誘拐された!

「ミーレ、イオス。ハルを頼む。ルシカと出る」

「リヒト様! お気をつけて!」

「りひと!」

「ハル、ミーレとイオスから離れんな!」

「うん!」


 リヒトとルシカも協力する様だ。


「みーりぇ、りひととりゅしか腹へりゃねーかな?」

「ハル、大丈夫よ。減っても大人だからね」

「みーりぇ、しょう?」

「そうよ。ハル、お腹すいたの?」

「ん、腹へった」

「アハハハ」

「いおしゅ、笑ったららめ」

「いや、ハル。肝座ってんなー」

「減りゅもんはしゃーねー」

「ハルちゃん、お腹すいたの?」

 

 おや? 令嬢、ハルちゃんと呼んだか? 懐いちまったか?


「うん」

「お昼食べましょうか。一緒に食べましょう!」

「えぇー……」


 ハルはまだちょっと嫌そうな顔をする。


「何よ?」

「お姉しゃん、また馬鹿に戻りゃない?」

「酷いわね、戻らないわよ! もう間違っていたと分かったもの」

「しょう? じゃあいいや。食べゆ! みーりぇ、いおしゅ食べよ!」

「はいはい。すみません、本当に構いませんか?」

「もちろんだわ! ハルちゃん、用意させるから待ってね」


 ところで、前領主のじーさん。自分の娘が原因だと知って、意気消沈してすっかり大人しくなっている。いきなりエルフは見目麗しいとか何とか手を叩いて言っていた元気はカケラもない。


「お祖父様、どうしたの?」

「エレーヌ、すまんかった。わしの育て方が間違っていたんだ。あんな小さい子に言われてしもうた」

「お祖父様、一緒にこれからやり直しましょう。お母様にはお祖父様のお力も必要だわ」

  

 おやおや、偉い違うもんだ。変われば変わるもんだね。

 リヒト達は人攫いの一団を追いかけて馬を走らせているのだろうが、ハルは平和に昼食も食べてそろそろおネムだ。


「ハル、いらっしゃい」

「ん……みーりぇ」


 トコトコとミーレの側に歩いて行くと、ミーレが抱き上げてハルの背中をトントンとする。するとハルは直ぐにウトウトとし出し寝息をたてる様になる。


「ミーレさん、ベッドを用意させるわ。寝かせてあげて下さい」

「ありがとうございます」


 エレーヌに先導されてハルを抱っこしたミーレが邸の2階に移動する。その後ろをイオスが行く。


「ミーレさんにも迷惑掛けてしまったわ。ごめんなさい」

「はい、とっても迷惑でしたよ。本当、今のあなたが信じられないわ。どっちが本当なのかしら?」

「私……道中のハルちゃんを見ていて思ったの。考えたんです。あんなに小さい子でもお利口にしているのに、私は今まで何をしていたんだろうって。エルフの人達はこの邸の者と違って、我儘を言う私に向き合って下さった。邸の者はもう呆れていたのね。私、調子に乗っていたのよ。私は偉いのよって。何も偉くないのに……。皇族の意味さえ知らないのに、恥ずかしい。止めがハルの『やり直し』てやらされた事ね。情けなかった……ああ、やっぱり間違っていたんだって思い知らされたの。で、泣いたらスッキリしたわ。小さい頃は本当にあれでいいと思っていたのよ。だってお母様のマネをしているのだから、間違っている筈がないと思っていたの。家庭教師の先生の中には嗜めて下さった方もいらしたのよ。でも、私は聞く耳を持たなかった。お勉強もしなかった。こんな小さなハルちゃんに手を貸してもらわないと吹っ切れなかったのですもの。情けないわ」

「そうですか……しっかり反省して下さい」

「はい……もうミーレさんに叩かれないようにするわ」


 ミーレ、ツンデレか? 口元が緩んでるぞ。

 部屋についてベッドにハルを寝かせる。ハルは背中を丸くして小さな身体をより小さく丸くしてスヤスヤ眠る。


「お茶を用意させるわね」


 令嬢が部屋を出て行った……


 ――コンコン


 小さくノックする音が聞こえてそっとドアが開いた、


「ミーレ、パーピが戻ってきたんだ。ちょっといいか?」

「何? イオス」


 ミーレがイオスに呼ばれて部屋を出て行った……


 そして……部屋のバルコニーに影1つ。静かに部屋に入ってくる。


「ハル……ごめんな……」


 影はハルを大事そうにそっと抱き上げケープに包み込み、ベランダから身軽に下へと飛び降りた……



「じゃあ、リヒト様達は戻ってこられるのね」

「ああ、人攫いだと思っていた馬車が違ったらしいんだ。もしかしたら誘導されていたのかも知れないと仰っていた」


 ミーレとイオスが話しながら部屋に戻ってくる。ほんの少しの時間だった。そのほんの少しの時間を狙われた。


「ハル!? ハル!!」


 ミーレがベッドに駆け寄る。


「ミーレ、どうした?」

「ハルがいない! いないのよ!! ハル! どこに行ったの!?」

「いや! だって部屋の外には俺達がいたじゃないか!?」

「だって、いないのよ! このベッドに寝かせたのよ! ハル!!」


 ミーレは気が動転しているのか、ベッドを隅々まで触ってみている。

 ミーレはこの時、ハルがいなくなった事で血の気が引くのを感じていた。目の前がどんどん真っ暗になっていく。心臓がギュッと締め付けられる。


「クソッ! ミーレ、バルコニーだ!」


 バルコニーに出る窓が開いていて豪華なレースのカーテンが揺れていた。


「ミーレ、令嬢に確認だ! まさかとは思うが……俺はパーピでリヒト様に連絡する!」

「イオス、分かったわ!」


 ミーレが気を取り直した。絶望している場合じゃない。まだ絶望するのは早い。

 ミーレがバタバタと走って行く。イオスはパーピを呼びながらバルコニーからヒラリと飛び降り庭から外の道へと走って行く。


「クソッ! 何処へ……!! ハル……!」


 だが、伯爵邸の前には人影は何もなかった……


 

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