第55話 イオス、フル回転
イオスはまだ道を走る。街から延びている道は伯爵邸が行き止まりになっている。邸の前の道を真っ直ぐに街へと走る。人混みに紛れられたらもう探し出すのが難しくなってしまう。
「クソッ! クソッ!! ハルー!!」
力いっぱい叫んで呼んでみたが、返事があるはずもない。仕方なくイオスは邸に戻る。
「イオス! ハルは!?」
「ミーレ、いない……」
「そんな……!! ハル! ハル!!」
「ミーレ、落ち着け。邸の者でいなくなった者はいないか?」
「あ、ああ。そうね。聞いてみるわ」
ミーレが邸に走って行く。
――他にないか? 見落としている事はないか? ハルは2階の部屋で寝ていた……バルコニーから侵入して……どうやってバルコニーに? どうしてあの部屋で寝ていると分かったんだ?
イオスが頭の中で状況を整理しながら邸の庭を突っ切りハルの寝ていた部屋の真下へとやって来た。
――どうやって、ここを登ったんだ?
エルフのイオスでさえ少し考える。助走をつけて思い切りジャンプしてみる。届くはずもない。壁に手足をかけようと試してみるが、ひっかかる凹みや突起がない。隣の部屋はどうだ? いや、距離がありすぎるだろう。
――庭の木からは離れている。よじ登れそうな柱やデコボコや装飾もない。縄を結んだ形跡もない。じゃあ、やはり内部か……? 飛び降りた事は確かだと思う。だが、いくら小さいといっても幼児を抱えて飛び降りたのか?
そして、何処へ……門は? 壁は? 柵は? どうやって越えたんだ? 明らかにハルを狙っている。そこまでしてハルを誘拐する理由は?
「イオス!!」
「ミーレ! どうだった!?」
「メイドが1人いなくなっているわ! あの令嬢付きのメイドの1人よ!」
――クソッ! またかよ! この邸はどうなってんだ!? 確か、令嬢が攫われたのもメイドが手引きしていた筈だ。
イオスが必死で頭を動かしている中、リヒトからのパーピが……
「ミーレ、リヒト様からだ」
「パーピ? 何て!?」
「リヒト様もこっちに向かっているって。このまま邸を調べろって」
「何をどう調べたらいいのよ! ハルが……」
「ミーレ! 落ち着け! そのメイドと仲のいい奴はいないか? 調べてくれ。話を聞くんだ。メイドがよく行っていた場所や、仲が良さそうな外部の人間を聞いてくれ! 絶対に仲間がいる筈だ!」
「分かったわ! イオスは!?」
「俺はもう少し外周りを調べてみる」
「分かったわ!」
そして、イオスは門番を探す。いた。1人真面目に門の前に立っている。
「すみません。ずっとここにいましたか?」
「え? はい。この時間は俺が当番なので」
「誰も来ませんでしたか?」
「えっと……あなた方以外は誰も……と、街の衛兵が2人ですね」
――ん? 2人……? 確か人攫いの報告をしにきた衛兵は1人だった。
「それは、2人一緒にですか?」
「いえ、別々です。1人は衛兵の副長でした。もう1人は最近入った奴でさっき帰りましたよ」
――そいつだ! メイドとそいつが手引きしたんだ! タイミングが良すぎるだろ!
「その衛兵の名前、分かりますか!? 今何処にいるのかは!?」
「え……さぁ。最近入ったんで名前はなんだったかな……」
「何処にいるかは!?」
「さあ? 街にいるんじゃないですか? 衛兵なんで」
――クソッ、どうする……考えろ……何か忘れてるぞ……
ルシカのパーピがイオスの肩にフワリととまった。
「その衛兵探せませんか!? 緊急なんです! 人攫いに加担しているかも知れない!」
「えッ!? 分かりました! 探します!」
門番が門のすぐ近くにある小屋へと走って行く。待機場所なんだろう。
パーピからルシカの指示を聞く……
――そうか! なんで忘れてたんだよ! 俺って馬鹿!!
と、イオスがガバッと頭を抱えてしゃがみ込む。またパーピでルシカに現状と、メイドと衛兵が関わっている事を報告してルシカからの指示を試してみる。
多分、リヒト達よりもイオスの方がまだハルに近い筈だ。
――頼む……気付いてくれよぉ!
『コハル! コハル!』
『………………』
――返事がない。もう念話が届かない程遠くに行ったのか? いや、そんな筈はない!
『コハル! 頼む! 気付いてくれ! 俺だよ、イオスだ! コハル! コハル!!』
『イオス? あれ? どうしたなのれすか?』
――やった! コハルに通じた!
さっきパーピがルシカの指示を伝えて来た。コハルがハルの亜空間にいる筈だ。念話を試してみろと。イオスはその指示通り、念話を試した。
『コハル! 今何処だか分かるか? ハルが寝ている間に攫われたんだ!』
『なんなのですとぉッ!? あたちも寝てたれすのよれす。顔を出したら不味いれすなの!?』
コハルも動揺しているのか、言葉がめちゃくちゃだ。
『顔は出したら駄目だ! ハルは無事か!?』
『無事なのれす。寝てるなのれす』
その時イオスは唐突に思い出した。
――髪飾り!!
直ぐ様イオスは邸に取って返す!
『コハル! ちょっとこのまま待ってくれ!』
『分かったなのれす!』
――そうだよ! 何で思い付かなかったんだよ!! マジ、俺のバカー!! (2回目)
イオスは邸に入って叫ぶ。
「ミーレ!!」
「イオス! 何か分かった!?」
「ミーレ! 髪飾りだよ!」
「え……?」
「だから! ハルの髪飾り!」
「あ……! あぁーッ!!」
「コハルと念話が通じるんだ! だから、そんなに離れていない! 場所が特定できるかも知れない!」
「やだッ!! イオス天才!」
ミーレが目を閉じて集中する。ハルの髪飾りは魔道具だ。万が一離れてしまってもハルの居場所が分かるようにと、ミーレが心配してつけた魔道具。それをミーレは探す。
「イオス、街だわ」
「よし! 取り敢えず伯爵に話を通しておく」
『コハル、聞こえるか?』
『イオス、聞こえるなのれす』
『場所が分かるかも知れない。まだ街にいるらしい。コハルはいつでも念話ができるようにしておいてくれ! あと、ハルを必ず守るんだ!』
『分かったなのれす! イロス!』
――いや、俺イオスだから。イロスって何だよ。コハルよ、落ち着け。俺も落ち着けー!
イオスは邸に戻って伯爵を探しながら頭では先のコハルへの指示をしていた。そして、ルシカにもパーピで報告を。
イオス、フル回転だ!
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