第52話 伯爵令嬢だから
翌朝、朝食も食べ皆が寛いでいた時だ。
――コンコン
「おや、誰でしょう?」
ルシカが部屋のドアを開けると、例の令嬢の父親である伯爵がいた。
「突然申し訳ございません」
「リヒト様」
「ルシカ、仕方ない。入って頂こう」
どの宿かを知らせていないと言うのに、伯爵がわざわざ自身で訪ねてくるとは一体何事だ?
「朝から申し訳ございません。直ぐにでも出立なさるのではないかと思いまして、失礼とは存じますが……」
「伯爵、そう表向きの挨拶はいい。何でしょう?」
リヒトが先を促す。伯爵の言う通り、さっさと出立しようかとリヒト達は話していた矢先だった。
「ご迷惑をお掛けするばかりで申し訳ありません。実は、第1皇子殿下に謝罪の文を用意致しました。是非、お持ち帰り頂けないかと」
「ああ、分かりました。預かりますよ」
「ありがとうございます。それと……実は前領主である義父がご挨拶をしたいと申しておりまして……」
伯爵の話では……伯爵夫人の父親が話を聞きつけてやってきたそうだ。孫が攫われオークに囚われていたところを無事に救われた。それは奇跡だと。是非ともお礼を言いたいと言う事らしい。
「あー、いや。気になさらない様にお伝え下さい。我々はもう出向くつもりはありませんので」
「お気持ちは理解しております。娘や妻は同席させませんので、どうか少しだけでもお願いできませんか? 本当に私共にしてみれば、奇跡の様なものなのです。攫われた時点で半分は諦めておりましたから」
リヒトが皆を見る……が、皆気乗りしないのはよく分かる。もう関わりたくないのはリヒトも同じだ。
しかしなぁ……伯爵自らこうして来られると断りにくいだろう。
「はぁ〜……仕方ない。少しだけお邪魔しよう。しかし、昨日も言ったように私達はもう関わりたくないのだ」
「はい、重々承知しております。ありがとうございます!」
そして、リヒト達は伯爵邸に逆戻りだ。これが終わったら今度こそさっさと出立しよう! と皆思っていた。
「これはこれは! 誠にエルフの方々は見目麗しい!」
伯爵邸について、案内された部屋で待っていた義父らしき男性が口を開くやいなや手を叩きながら言った言葉だ。ふざけているのか?
「義父上!」
「あ? ああ、すまん。あまりにも皆様お綺麗だったのでな。失礼致しました。此度は孫を救出して下さったばかりか、わざわざ送り届けて頂きありがとうございます。心からお礼申し上げます」
「本当にありがとうございました。どうか、皆様お座り下さい」
メイド達がお茶を出す。ハルはまたキョトンとしている。
「私達ができる事をしたまでです。どうかもうお気遣いなきよう」
「そんな訳には参りません! 孫娘の命の恩人です! どうお礼をさせて頂いたら良いのか」
「では、もうこれでおしまいにして頂けませんか? 私達も小さな弟を連れております。色々見せてまわる予定ですので」
「お小さくてもさすがエルフですなぁ。なんとお可愛いらしい!」
この爺さんも天然が入ってるか? 微妙に失礼じゃないか?
「では、私達はこれで失礼します」
「いや、お待ち下さい! 昼食でもご一緒にいかがですか?」
「いえ、結構です。伯爵、皇子殿下への文を預かります」
「ああ、はい。お持ちします」
伯爵が席を立った時だ。
「お祖父様!」
やっぱ来るよね。じっとしている訳ないよね。バンッ! とノックもせずに令嬢が入ってきた。リヒト達は皆ハァ〜と大きなため息をつく。ハルだけちょっと面白そうにジッと見ている。
「邸に部屋を用意してあげていたのに、どうして宿屋になんか行くのですか!? 失礼だわ! 夕食もご一緒しようと思っていたのに!」
令嬢が元気にギャンギャン文句を言っている。皆スルーだ。
「では、私達はこれで失礼します」
リヒトの言葉で皆立ち上がろうとした。
「何とか言いなさいよ! 失礼でしょう!」
「アハハハ! 孫娘は元気なもので」
馬鹿じゃないのか? この爺さん何言ってるんだ? と、皆の顔がそう言っている。
「伯爵、私達はもう関わりたくないと申した筈だが?」
「申し訳ありません!」
ハルが立ち上がり令嬢のドレスを引っ張った。
「何すんの!」
「やりなおし! お姉しゃん、やり直し! 外にれて!」
「え……? ちょ、ちょっと……」
そう言ってドレスをぐんぐん引っ張り令嬢と部屋を出て行く。皆、呆気にとられて見ていると、小さなノックの音がした。
「は、はい」
伯爵が戸惑いながら返答した。ガチャとドアが開きハルと令嬢が入ってくる。
「しちゅりぇいいたしましゅ。此度は助けて頂きありがちょうごじゃいました」
ペコリとお辞儀をするハル。
「あい、お姉しゃんやって」
「え? え?」
「ほりゃ、やって!」
「わ、分かったわよ!」
2人してまた部屋を出て行く。またノックの音がする。
「はい」
伯爵が返答をする。ガチャとドアが開きまたハルと令嬢が入ってくる。
「失礼致しますわ。此度は命を助けて頂き、本当にありがとうございました。感謝致しますわ」
令嬢は軽くカーテシーをする。
「ん、できりゅじゃん。なんれしないの?」
「だって、やったって誰も見ていないわ! 私がどんなに努力したって誰も見ていないわ! 褒めてもくれないもの!」
「お姉しゃん。誰も見ていなくても、褒めてもりゃえなくてもしゅるんらよ。礼儀ら。しょれくりゃいできないと恥ずかしいじょ?」
「恥ずかしくなんかないわよ! 私は伯爵令嬢だから!」
「伯爵令嬢なんらからみんなの手本になんなきゃ」
「え? 手本に……?」
「しょう。お手本になりゃなきゃ。偉しょうにしゅりゅんじゃなくてお手本になりゅんらよ。伯爵令嬢なんらろ?」
「そうよ! 伯爵令嬢よ!」
「じゃあもっと勉強もしなきゃな。偉そうにしゅりゅんじゃないじょ。謙虚になりゅんらじょ。お手本になりゅんらじょ。そしたりゃみんなの態度も変わりゅじょ」
「みんなの態度も……私は間違えていたの?」
「しょうらな。間違ってみんなに迷惑かけてた。らから誰も相手してくりぇないんら。もっとちゃんと勉強しなよ」
「そうなの……分かったわ。お勉強するわ」
「頑張って。じゃあ、おりぇ達はこりぇで。りひと」
「ああ、ハル。お利口だったな」
「エヘヘへ」
もうすぐ3歳の幼児に軽くしつけられた令嬢だった。
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