第35話 皇帝と皇后

 馬車は城壁の中を中央へと進む。

 広い馬車止めに馬車を止め、そこからは徒歩だ。


「ハル、いってきな」


 イオスが声をかけている。


「いおしゅ、いってくりゅ」


 手をヒラヒラと振るハル。


「ハル、ここからちょい歩くんだ。階段も多いから抱っこするぞ」

「ん……」


 ハルが両手を出すと、ヒョイと抱き上げるリヒト。もう、慣れたもんだ。ハルは城の中に興味津々だ。キョロキョロしている。

 色んな制服の人達が歩いている。庭には色とりどりの花が咲いている。城壁の中にも木が沢山あり水路もある。

 中央の建物に入るところで、1人の男性が待っていた。


「テージュ、ご苦労」

「フォークス様、皆さま、お待ちしておりました。ご案内致します」

 

 そう言って先を歩き出した。

 リヒト父、偉い人みたいだな。実際、偉い人なんだが。ハルに対しての態度を見ていると威厳はないし、雰囲気もない。

 だが、今日は少し違うぞ。充分に偉い人オーラが出ている。


「あれはな、皇帝陛下の従者でテージュだ。城に来たらいつも案内してくれる」

「りひと、じゅうしゃて何?」

「従者か? 陛下の側で色々する人だ」


 まあ、リヒトの説明も間違ってはいない。

 ここで少し説明しておこう。


 リヒトの父は、フォークス・シュテラリールと言う。

 先にも話に出てきたように現皇帝の弟君だ。実は、リヒトが担っているガーディアンの総司令官、トップだ。

 前皇弟家であるシュテラリール家の一人娘だったリヒトの母と婚姻し婿養子に入った。とは言え、恋愛結婚だそうだ。

 若い頃は自身もガーディアンをしていたが、今は後進を育てている。生活信条は『野菜だけで力が出るか!』だそうで、エルフらしくない少々脳筋気味な人物だ。

 リヒトの得意技であるマジックアローを伝授し鍛えたのは何を隠そうこの父だ。


 リヒトのフルネームは、リヒト・シュテラリールと言う。

 リヒトの、ブルーブロンドの髪とブルーゴールドの瞳は父似だ。


 リヒトの母は、リュミ・シュテラリールと言う。

 一人娘で、のびのびと育ったのであろう。よく喋り明るくおおらかな性格。魔法にも秀でていて、弓はもちろん鞭も使える。実はかなりの実力者らしい。ミーレに弓と鞭を教えたのはこの母だ。

 本職は研究者で、薬草も鉱石も魔物も国の歴史にまで詳しい。オールラウンダーな研究者。調薬や製薬にも秀でている。


 リヒトの兄は、スヴェト・シュテラリールと言う。

 父の後継者で、ガーディアンの総司令官を目指して父に付いて勉強中だ。兄の、ブルーゴールドの髪と瞳は母似だ。

 今日は留守番だが。と、言うか父がいない間は兄に仕事がまわってしまう。きっと今頃は父の代わりに執務中だろう。


 エルフ族の国『エルヒューレ皇国』は、皇帝(エンペラー)が治める国だ。

 だが、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵といった階級制度は存在しない。何故なら、ハイエルフ属とエルフ属で明確な違いがあるからだ。見た目はもちろん、能力でも違いがある為、態々階級制度を設定する必要がないのだ。

 だからと言って差別意識がある訳ではない。適材適所だ。何千年と生きるエルフにとっては、大した事ではないのかも知れない。

 又、ハルに対してそうである様に、小さな子供は無条件で可愛がり大事にする。種族で育てるという意識が高い。種族差別もしない。おおらかで懐が深く平和的な種族だ。

 さて、目的の部屋に到着した様だ。


「陛下、シュテラリール家の皆様をお連れ致しました」

「入って頂きなさい」


 中から部屋の主人らしき声が聞こえた。

 案内をしてくれたテージュと呼ばれる従者がドアを開けてくれる。

 豪華で広い応接の間に通される。豪華と言っても、煌びやかな訳ではない。

 シンプルで落ち着いた家具や調度品。質が高いのであろう。華美な装飾がある訳ではないのに豪華で重厚な雰囲気がある。

 外から見ると切り揃えた岩石か何かで出来ている様に見えるが、部屋の中は木材が多く使われている。

 部屋に入ると、まず正面のテラスが目に入る。泉が眼下に広がりその向こう側には街が見える。

 ハルが雰囲気に呑まれそうになっていると、リヒトに降ろされた。リヒトの両親もリヒトもお辞儀をする。ハルも慌ててそれに倣う。

 

「よく来た。公式の場ではない。気楽にしてくれ。座りなさい」

「は、陛下」


 また、リヒトに抱き上げられソファーに座らされる。


「君がハルか」


 目の前の真ん中に座る、ブルーブロンドの髪にブルーゴールドの涼しげな瞳。リヒトの父を少し派手にした様なエルフが威圧感のある声で話しかけてきた。


「こちらへ……」


 そう言われ片手を差し出される。ハルは緊張しながら呼ばれた方へと歩いていくと、あっという間に膝の上に抱き上げられた。


「おぉぉ! 可愛いのぉ〜、可愛い! なんて小さくて可愛いんだ! ああ、小さい子の匂いがするぞぉ〜!」


 ハルを自身の膝の上に座らせ腕の中に抱き込み頬をスリスリしている。ハルは何が起こったのか理解できずに固まっている。


「兄上、ハルが驚いてます」

「ん? 驚かなくていいぞ。私はアレの兄だ。そうだな、伯父さまとでも呼んでくれるか? ん?」


 と、期待の眼差しでハルを見つめている。デジャヴか? やはり血は争えない。


「兄上……!」

「陛下!」

「ん? なんだ? いいだろう? どうせお前はお父様とかなんとか呼ばせておるのだろうが?」


 おや……図星だ。さすが、兄弟だけある。部屋にいた側近らしき男性が近寄りハルをシュバッと奪還した。


「失礼致しました」


 そう言いながらソファーに座らせてくれる。ハルは訳が分からずポカーンとしている。


「兄上……」

「分かった、分かった。んんッ……ハル、私はこのエルヒューレ皇国の皇帝、レークス・エルヒューレだ。それの兄だ」

「私は皇后のラティラ・エルヒューレよ。よく来たわね、会いたかったわ」


 皇帝に皇后。この国のトップだ。リヒトの父の兄だと言う皇帝。エルフの割にはガタイがいいし、ビシバシ威圧感を感じる。


「ハル、大丈夫か?」

「りひと……」


 リヒトがハルの肩に手を置くと少しビクつくハル。やはり、緊張しているのだろう。

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