第16話 そんなダジャレある?

 魚の人は逃げようとしたが、怖くなった私はすぐに魔法を使った。

 ゾンビなんて怖すぎる!


「『花穂の檻』!」

「早く逃げ……お? おおおお……すごいな」


 魚の人が『花穂の檻』を見回し、感嘆の声をあげている。

 その間に集まって来たゾンビ達は、入って来ることができずに『花穂の檻』にぶつかった。

 ひとまず安心だが、私は攻撃ができないから、これからどうしよう。

 ギフトで貰った魔法の中に『黒蔓の抱擁』という、じわじわ倒す系のものがあったけれど時間がかかりそうだ。


「あかん、集まって来とるわ」


 魚の人に言われて周囲を見ると、同じようなゾンビや骨だけのスケルトンが、こちらに向かって来ていた。


「ほんとだ……! やっぱり逃げた方がいいかな!?」

「身動き取れんようになる前に、仲間と合流した方がいいんとちゃうか!?」


 その言葉に、私と芳三は頷いた。

 虎太郎とはそれほど離れていない気がするし、ゾンビやスケルトンに囲まれて耐えなければいけないのは精神的に無理だ。

 とにかく、前に集結してしまったゾンビ達を引き離したい。


「前のゾンビ達をどかしますね! 『流水』!」

「これは……! あの、気持ちええ水やな!」


 そんな呼ばれ方をするのは嫌! と心の中で反抗しつつ、魔法を行使する。

 すると、前に張り付いていたゾンビ達が流れていった。


「おおっ、すっきり! よし、走るで~!」


 真っ先に飛び出した魚の人に続き、私も肩に芳三を乗せて走り出す。


「金脈! 仲間はどこにおるか分かるんやな!?」

「分からないですけど、なんとなく『こっち!』って勘が働くんです!」

「なるほど! そりゃあ頼もしいな! わははっ!」


 そう言って大きな口を開けて笑っているが、信用してくれているのか、笑うしかないのかよく分からない。


「それはいいとして、あんたはもっとちゃっちゃと走れんのか?」

「これでも成長した方なんですー!」


 走るスピードはそれほど変わっていないけれど、前よりも体力がある……気がする!

 それでも、虎太郎の十分の一にも満たないだろうから、早く合流したい。

 後ろを見ると、ゾンビ達を振り切るどころか、どんどん増えてきた。

 海外ドラマのゾンビパニックものは好きだけれど、実体験なんてしたくなかった!


「あ、そうだ! ゾンビに噛まれたら、ゾンビになりますか!?」


 私の知っているゾンビと、この世界のゾンビは同じなのだろうか。


「そりゃあそうやろ! ゾンビ女とゾンビトカゲにならんようにな! わっはっはっは!」

「笑いごとじゃないです~!」

「ぎゃっ!」


 芳三は力強く言い返しているので、「ゾンビなんかにはならない!」と言っているのだろう。

 守護獣だから、さすがにゾンビには負けないか。

 私はゾンビ菌に敗北する未来しか見えないので、絶対に噛まれたくない~!

 ゾンビになっちゃったら、虎太郎には会えない……。

 危険だし、腐った姿なんか絶対に見られたくないよ~!

 ゾンビになって「おくむらくーん」と虎太郎を追いかけ回している自分を想像して叫びたくなった。


「芳三……私がゾンビになったら燃やしてね……」

「ぎゃ!? ぎゃぎゃ!!」

「守るから大丈夫、って? 芳三、ありがとう~!」


 芳三の頼もしさに感動しながら走っていると、段々と岩肌の天井が高くなり、横幅も増えて空間が膨らんでいった。


「あっ!」


 段々明るくなってきたな……と思っていたら、一気に空間が広がった。

 洞窟の中なのに、余裕でサッカーができそう……というか、スタジアムごとすっぽり入ってしまいそうだ。


「ここは……湖? 地底湖?」


 そんな広い空間のほとんどに、水面が広がっている。

 氷の壁面と水面が共鳴し合うようにキラキラ光っていて眩しい。


「あ、あれは……!」


 湖の中心にある小島の上に、大きな結晶の塊が見えた。

 はっきりとは見えないけれど、おそらく虎徹の本体だ。


「ここにいたら奥村君と合流できるよね!?」

「ぎゃっぎゃ!」


 湖の周囲を見てみると、ここから左奥と右奥に道があった。

 どちらかの道に行くには、湖を渡るしかない。

 虎徹の本体のところに行くにも、渡らなければいけないし……どうしようか。


「芳三、ここで待つ?」


 何とか引き離せたが、ゾンビ達が追いついてきたら『流水』で押し流したり、『花穂の檻』で塞ぎながら待とうかな?


「ぎゃ!」


 芳三は虎徹の本体がいる小島の方を見ている。


「あそこに行くの? 私、泳ぐのは得意だけど、服だしなあ」

「ふふ……とうとうわしが活躍するときがきたようやな! 任せてくれ!」


 魚の人が胸を張っているが、何をしてくれるのだろう。

 確かに、泳ぎは得意そうだけれど……。


「何かいい方法があるんですか?」

「ぎゃー?」

「あんたを水の中でも平気にしてやる。でも、その前に……。ふふ……わしの本当の姿を見せてやろう」

「本当の姿?」

「さっき作ったやろ? あれは人魚が醜い姿になってしまう病気、『魚人病』を治す薬や。今までは不治の病で、わしも大方諦め取ったけど……あんたのおかげで元に戻れそうや」


 そう言うと、さきほど作った小瓶の蓋をあけて、ぐびぐびと一気に中身を飲みほした。

 上半身がお魚なのは病気のせいで、本当は人魚だった?

 今聞いた言葉を頭でまとめていると、魚の人の姿が変化し始めた。


 鱗に覆われていた上半身は、青銀の長髪に金色の目の美しい男性に変わり、下半身は青と水色のグラデーションが綺麗な魚の人魚になった。

 美し過ぎて神聖なオーラを放っている。


「嘘……」

「ぎゃ……」


 童話の世界から飛び出してきたような姿を見て、私と芳三はぽかんと口を開けてしまった。

 変わりすぎでは……!?


「どうや! いい男やろ!」


 芸能人のように真っ白な歯を光らせた笑顔が眩しいが……『喋り』が合わない!

 関西弁は好きだけど、見た目とのギャップがすごい……脳がエラーを起こしそうだ。


「あー! 元に戻ってすっきりしたあ! 動きやすいわー! 水に浸かりたい! ……よっ!」


 魚の人は我慢できなくなったようで、勢いよく湖に飛び込んだ。

 跳ねた時に揺れた尾びれも綺麗だった。


「ぷはぁっ! ああー……気持ちいい……極楽や……」


 見た目はこんなに美しいのに……セリフは温泉に浸かっているおじさん……。


 魚の人はそれから少し泳ぎ、満足してから私達の近くに戻って来た。

 それでも水から出たくないのか、浅いところに留まっている。


「やっぱり水の中は最高やなあ。細胞が生き返るわあ。ああー……美人のお酌と上手い飯が欲しいわあ」

「……あの、ちょっと喋り方を変えてみたりしませんか?」


 なんだかとてももったいない気がするというか、ビジュアルにあったセリフを聞いてみたい……。


「うん? なんでや」

「いえ、なんでもないです……。と、とにかく……お魚さん、元の姿に戻れてよかったですね」

「誰がお魚さんや! わしはリヴァイアや」

「!」


 そう言われ、名前を聞いていなかったこと、自分も名乗っていなかったことを思い出した。


「私は『金脈』ではなく、一色波花です。リヴァイアさん」

「イッシキ? 変わった名前やなあ。やっぱり『金脈』でええな。あ、そうそう! わしは特別な人魚でな。『リヴァイアさん』って、ダジャレみたいやけど…………ん?」


 リヴァイアさんは何か違和感があったようで、自分の尾ひれを水面から上げた。

 すると、そこに何かくっついているものが――。


「ヴゥ―……」

「「「!!!!」」」


『何か』と思ったのはゾンビの頭だった。

 口にはしっかりとリヴァイアさんの尾ひれを咥えている。

 そういえば……水に飛び込んだ時に『花穂の檻』から出ていたような……!


「か…………噛まれとるうううう!!」

「大変だああああ!!」

「ぎゃああああ!!」


 リヴァイアさんが噛まれてしまった! ゾンビになってしまう!

 回復魔法でなんとなるのだろうか!

 いや、まずはゾンビの頭をなんとかしないと……!」


「ぎゃ!!!!」


 芳三が火力の強い青い火球を放つと、ゾンビの頭はポチャンと湖の中に落ちた。

 倒しきれたのか分からないが、とにかく急いで浅瀬まで行き、リヴァイアさんを『花穂の檻』の中に入れた。


「リヴァイアさん! 大丈夫ですか! ゾンビになっちゃう!?」

「ははは、大丈夫や……ゾンビ化は呪いやから、解呪のアイテムを使ったら…………あ」


 大丈夫と聞いてホッとしたのだが、リヴァイアさんの動きが止まった。


「リヴァイアさん?」

「……ない……前にも噛まれたことがあって……使ってしまった……急いで作らな……!」

「ええええ!? 間に合いますか!?」

「だ、だだ大丈夫や! えっと……待ってくれ……素材、何やったかなア“……」

「ぎゃ!? ぎゃ!!!!」


 肩に乗っている芳三が威嚇するように鳴いた。

 私もリヴァイアさんの異変に気がつき、体が一気に強張った。

 声も一瞬おかしかったし、澄んだ金色の瞳だったのに、今は白目の部分もすべて真っ黒になっている……。


「ア“かん……ア”たまがぼんやりしてきた……」

「リヴァイアさん! 大丈夫ですか!」

「クソッ……いま、もどったら……金脈……わしから離れ……」

「ヴゥア“ー」

「「!」」


 リヴァイアさんがゆっくりと『花穂の檻』の檻から出て行こうとするが、その先には先ほどのゾンビがいた。

 このまま出て行くと、またリヴァイアさんがまた噛まれてしまう!

 噛まれるだけでは済まないかもしれないし、その前にリヴァイアさんもゾンビになってしまうかも……。


 もし、リヴァイアさんがゾンビになってしまったら、一緒に『花穂の檻』の中にいる私達も危なくなる。

 でも、見捨てることなんてできない!


「急いであのゾンビを何とかするか、リヴァイアさんを治さなきゃ!」

「ぎゃ!」


 芳三がゾンビの方へ向かって火球を吐く。

 どうやらゾンビの方をなんとかしてくれるようだ。

 そうなると、私はリヴァイアさんを早くなんとかしないと……!


「リヴァイアさん! さっきの本、貸してください!」

「ア“?」


 リヴァイアさんから話を聞けそうにないから、正確な薬を作れないかもしれないけれど、私の『運』があれば適当に作った薬でも治るかもしれない!


「金脈……いいから逃げエ “……」

「いいから早く頂戴! ……そこね!!」


 人魚の姿になっているが、ポーチはそのままだった。

 どうやって取り出すのかも分からなかったけれど、手を突っ込むと無事に本を取り出すことができた。


「に、にげエ “って……」

「リヴァイアさんはゾンビにならないようにがんばって! 何とかするから!!」

「金脈……」

「えっと、魔力を入れるって言ってから……こうかな」


 魔力の結晶を作っているときと同じ感覚を起こしてみると、リヴァイアさんがやっていた時と同じように本が浮かんだ。


「よし! ……あれ? 光り方がちょっと違う気がするけど……動いているからまあいいか! 素材にするのは……」


 持ち物の中から、呪いに効きそう! と思ったものをぽいぽいと投げていく。

 本の周りにたくさんの素材が浮かんでいく。


「そうだ、これも……」


 虎太郎に貰った夜虹光鱗を握りしめる。

 大事にしたいけれど……これを入れた方がいい気がとてもする!

 人の命には代えられない……虎太郎にあとで謝ろう。


「お……まエ “……それはア“……」

「いいから! リヴァイアさんは気合いでゾンビ化止めておいて!!」


 段々リヴァイアさんの状態が悪くなっているのが分かる。

 急げ急げ……!!


 最後の素材として夜虹光鱗を入れ、私は再び魔力を入れた。

 本は真っ白なページを開いている。

 再び新たなアイテムを生み出すようだ。

 お願い……呪いを解く効果がありますように……!

 手を組んで祈りながら待つと、強い光を放ってアイテムの生成が終わった。

 できあがったのは、先程の小瓶とは違う水晶の珠だった。

 私の魔力の結晶を、野球のボールくらいまで大きくしたような白い珠だ。

 小瓶に入った飲ませるタイプのアイテムができると思っていたのだが……。


「え……これ、どうやって使うの……?」


 成功したのか、失敗したのかも分からないし……。


「食べられそうにないし……ぶつけてみる……?」

「ぎゃ!!!!」


 肩に乗っている芳三が、リヴァイアさんがいたところ――私の背後に向かって一際大きな声で鳴いた。

 それと同時に、私の周囲に影ができた。

 まるで巨大なものがいるような――。

 恐る恐る振り返ると、そこには胴の長い竜のような魔物が立っていた。

 青銀の鱗に、妖しく光る赤い目……。


「そんな……」


 瞬時に、この魔物はリヴァイアさんだと分かった。

 先程の彼のセリフが頭に蘇る。


 ――わしは特別な人魚でな。『リヴァイアさん』って、ダジャレみたいやけど……


「リヴァイアさんって、リヴァイアサンってこと!!!?」


 海竜とか海の魔物として、何かのゲームでみたことがある。

 どれも強敵のイメージがあるのですが!?


 しかも、もう話が通じるような状態ではないように見える。


「……間に合わなかった?」

「ぎゃ……」


 まだ、一緒に『花穂の檻』の中にいるから、飲んでくれないと盛大にピンチなのですが……。

 わずかな望みに賭け、恐る恐る聞いてみる。


「リヴァイアさん……薬ができたんですけど……飲んでくれます?」

「ギャアアアアアアアアア!!!!」


 リヴァイアさんの目は敵意に満ちている。

 そんな気はしていたけれど、やっぱり駄目だった!

 急いで私と芳三だけの状態で『花穂の檻』をかけ直さないと!

 そう思ったのだが……。


「あ」


 リヴァイアさんが、大きく口を開けて襲い掛かって来た。


(これは……間に合わないな。ああ……奥村君と再会したかったな。でも、ゾンビになったら、会わずにすみたいな……ゾンビでストーカーしそうで申し訳なさすぎる……)


 なぜかそんなことを冷静に考えていた。

 一瞬のはずなのに、とても長く感じる。


「一色さん!!」


 走馬灯なのか分からないが、虎太郎の幻聴がした。

 本物がよかったな……と思っていたら、急に体が激しく動いた。


「わ!!!?」


 自分で動いたのではない、誰かが抱えてくれたような――。


「遅くなってごめん! 一色さん、大丈夫!?」


 目を開けると、息を切らせて焦っている様子の虎太郎が私を覗き込んでいた。


「……奥村君?」


 どこからどう見ても、私の知っている奥村虎太郎だ。

 ……幻聴じゃなかった?

 そう分かった瞬間、涙が込み上げてきた。


「ほ……本物だああああ!!!!」

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