2章

第1話 とある高官の胃痛 ※クリフ

「ああぁぁああ……」


 私の悲壮な声が虚しく響く。

 オクムラ様とイッシキ様は行ってしまった……。

 イッシキ様の魔法がなくなった瞬間、レックス様がポータルに駆け寄ったが、私を見て首を横に振った。


「困ったな……追いかけられないですね」

「どうしてですか!?」

「こちらに来たときにはあった行き先が一つ消えているんです。勇者様達はその場所に行って、追われないようにポータルを止めたのでしょう」

「そんな……!」


 私は思わず膝から崩れ落ちた。

 膝が痛いし、三十歳だが泣いてもいいだろうか。


 ポータルを稼働させたり、止めることまでできるとは……。

 守護獣様がやったのか、オクムラ様やイッシキ様がやったのかは分からないが、あの御一行が強大な力を持っていることが分かる。

 そんな方々から拒絶され、逃げられてしまうなんて……私の老後は終わったかもしれない。

 城に戻ったらやっぱり退職しようか……退職金はいくら貰えるかな……。

 とりあえず、ここで空を眺めながら寝ようかな……。

 現実逃避を始めた私を見て、レックス様が苦笑いを浮かべている。


「リストにあった場所は覚えているので、どこにいるか検討はつきます。西部の奥地なので、追いかけるには数日かかりますが……。とにかく、早急に接触できるように西部の者に連絡を入れましょう」

「そうですね……あ」


 そう頷いたが、去っていく二人に目が止まった。

 神出鬼没で有名な商人『ツバメ』と村の青年だ。

 オクムラ様、イッシキ様と親しくされていたから、何か情報を持っているかもしれない。

 私は二人を呼び止めた。


「あの! オクムラ様とイッシキ様について、お話を伺いたいのですが……!」

「ツバメさん、俺は村に戻って親父に報告します」

「わたくしも村に戻ります。ご一緒しても?」

「もちろん! 俺、気分が上がってるんですよ。競争しません?」

「いいですね! 負けませんよ!」

「あの、待ってください……!」


 二人は私を完全に無視して行ってしまった。

 割と傷つきましたよ、私は。


「もう姿が見えないし……」


 みんなシュンシュン動いて、どんな体をしているんだ……。

 本当に同じ人間なのだろうかと疑ってしまう。

 とにかく、村へ行けば彼らに会えるだろうから、後程改めて村を訪ねよう。


「クリフさん、俺は先に帰りますよ」


 そう声を掛けてきたのはホシノ様だ。


「あ、はい。私も戻ります。カハラ様も戻りましょう」

「コウ……」


 カハラ様は私の呼びかけを気にせず、ホシノ様に視線を送る。

 私、無視されてばかりなのですが!

 存在感の薄さは自他共に認めるが……とうとう私、消えたのかもしれない……。


「コウ、樹里のこと嫌いになったの?」

「…………」


 カハラ様も存在感が薄れて消えてしまった?

 ぱっちりした目に涙をためて瞳をうるうるさせているのに、私のように無視されている。

 ……まあ、我々も先程のやり取りを見ているので、ホシノ様から無視されている理由は分かるわけだが……。


「おや?」


 レックス様の声につられて視線の先を見ると、ポータルを使って誰かやって来たのが見えた。

 ホシノ様がポータルの前にいるため、重なっていてはっきりと姿が見えない。

 精霊鏡の映像を見て、誰か応援に来たのだろうか。


「あ、レックスにクリフ! ここで合っていたようだね」

「!!!?」


 声と共に姿が見えた瞬間、私は倒れそうになった。


「ヨーム様!?」


 若草色の高級な服の上に、研究者が着る白衣を着た青年――。

 紫がかった灰色の長い髪を一纏めにしていて、地味な印象を抱くこのお方は……ラリマールの第二王子様だ。


「誰、こいつ」


 第二王子様のお姿を知らないホシノ様が無礼な態度をとったため、私の喉がひゅっと鳴った。

 倒れそうになっている場合ではない! と立ち上がる。


「ホシノ様! こちらはヨーム・ラリマール様――我が国の第二王子様です!」

「! あ、すみません……」


 さすがのホシノ様もまずいと思ったのか、一歩下がって姿勢を正した。

 そんなホシノ様に、ヨーム様はへらっと気の抜けた笑顔を向けた。


「はじめまして。ヨーム・ラリマールです。ホシノ様ですね。よろしくお願いします」

「は、はい。星野光輝です。よろしくお願いします……」


 穏やかな方だから、厳しく咎めるようなことはないと思ったが……これ以上問題が起こらなくてよかった。

 そう思っていたのだが、実は一番要注意人物なのでは? と疑っているカハラ様が動いた。


「ヨーム様、はじめまして! 華原樹里と申します。ラリマールの皆様にはお世話になっております」


 ヨーム様に近づき、とびきり可愛らしい笑顔でそう話すカハラ様を見て私は顔が引きつった。

 以前は単純に可愛らしいと思っていたが、先程の映像で本性を垣間見ているので、女性と縁がない私でもヨーム様に取り入るための演技だと分かってしまう。

 そういえば……ヨーム様ももう二十歳になるが、研究ばかりして浮いた話がない上に、「まだ必要ない」と仰って婚約者もいない。

 女性に免疫がないとなれば、カハラ様の術中に嵌ってしまうのでは!? と思ったが……いらない心配だった。


「カハラ様には、兄が特にお世話になっているようで」

「!」


 ヨーム様の言葉の真意に気づいたカハラ様は、思わず黙ってしまった。

 カハラ様とパスカル様の噂は、しっかりとヨーム様の耳にも入っていたようだ。

 ホシノ様、カハラ様との挨拶は一段落した様子なので、私はヨーム様に話し掛けた。


「ヨーム様、もう外遊からご帰還されたのですか? どうしてこちらに?」

「勇者様と聖女様の召喚が成功したと聞いて、日程を縮めたんだよ。帰って来ている途中だったんだけれど、すごいことが起こっていたから父上を置いて来ちゃった」


 ヨーム様も精霊鏡で先程の守護獣様救済を見ていたようだ。

 守護獣様の研究も熱心にされていたヨーム様なら、あれを見て飛んで来るのも頷ける。


「ねえ、守護獣様は!? 勇者様と聖女様は!?」


 目を輝かせて周囲を見回すヨーム様とは対照的に、ホシノ様とカハラ様の表情は暗い。

 さすがに先程の体験をしたあとに、自分達が勇者と聖女だと名乗り出ることはできないか。

 私達もそれを悟っているので、周囲は微妙な空気になった。


「ヨーム様、守護獣様達はもう旅立たれまして……ここにはいないのです」

「! そうなのか……残念だ。じゃあ、せめて守護獣様の結晶化して割れた部位が残ってないか探そう!」

「えっ」


 ヨーム様はそう言うと先程の戦闘跡地に行き、地面を這うようにして探し始めた。

 白衣が土塗れになっているし、探し回っている様子が虫のようだ……。

 王族なのに……こんなお姿を国民には見せられない……。


「ヨーム様。守護獣様の結晶化した部分は消えてしまったので、無いと思うのですが……」

「そうなの? でも、何かあるかもしれないよ! ああっ! この足跡、小さい千年竜様のものじゃない!? 小さい守護獣様方、可愛かったなあ……! あ、そうだ。装置も壊れたみたいだけど回収して解析しないと。あと勝手なことをしてた兵士がいたよね? 城に連れて行っておいてくれる?」

「! 承知しました」


 オクムラ様が詰めた兵士は、レックス様の指示で城から連れてきた騎士達がすでに拘束している。

 兵士はヨーム様の意思とは違う行動を取ったのだろうか?

 装置の方針についても、詳しく話を聞きたいが……。


「クリフ達は先に戻っておいてよ。父上がもうすぐ着くと思うし」

「!」


 陛下がお戻りになる!

 陛下が到着したら、今まで起きたすべてのことを報告しなければいけない。

 あっ……ああっ……胃がっ!!


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