第21話 予想外の威力

「また、ゲームと違うところか……」


 虎太郎が難しい顔をしている。

 慎重な性格だから、知らないことがあると気になるのかもしれない。


「もう、精霊との交渉に青白結晶を使わない方がいいかな?」


 こんなに虎太郎が戸惑うようなことが起こる物を、気軽に使うのは怖い。


「……そうだね。何が起こるか分からないから、次に精霊に出会ったら僕の結晶で交渉しよう」

「私は自分の魔力の結晶を作ることができるようになってから、交渉するよ」


 これ以上虎太郎の結晶で交渉するのはやっぱり気が引けるし……。

 宿で一人の時に特訓しよう。

 そう心に決めて、ジョギングを再開した。

 虎太郎、そして芳三と並んで走る。


 途中に何度か空駝鳥を発見したので、虎太郎がさっきと同じ要領で仕留めた。

 ドロップアイテムも先程同様にレアが続いた。

 私の『運S』もちゃんと機能しているようだ。


 運動やドロップアイテム集めは、順調に進んできたのだが……。


「ぐ……ぅ……」


 走る足音に混じり、諭吉の苦しそうな声が聞こえて来た。


「諭吉? どうした?」


 虎太郎が立ち止まり、胸ポケットから頭を出している諭吉を見る。

 私も足を止め、諭吉に近づいた。


「ぐ、ぉ……」

「諭吉、もしかして……お腹痛いの?」

「ぐぉーお」


 頭を横に振っているが、やっぱり苦しそうに見える。

 心当たりと言えば、青白結晶を食べたことしかない。

 やっぱり食べたら駄目なものだったのだろうか。


「大丈夫?」

「ぐぉ!」

「ぎゃ……」


 元気だとアピールしているように見えるけれど、芳三も心配そうにしている。


「あまり上下しないように走ったつもりなんだけど、酔ったのかな」

「あ! ごめね、私が走るなんて言ったから……」

「ぐぉーお!」


 これにも首を横に振って「違う」と言っているようだけど……本当かな?


 とにかく、諭吉にも青白結晶をあげるのは止めだ。


 諭吉は元気アピールを続けているけれど、今日はもう探索はやめて宿に戻ることにした。

 部屋についたら、諭吉が休めるようお水をたっぷり用意してあげよう。


 諭吉をなるべく揺らさないように、私達はゆっくり歩いた。

 途中に精霊を見つけたけれど、交渉はまた今度……。


 雑談しながら歩いているのだが、今の話題は「芳三と諭吉のごはんは何がいいか」だ。

 諭吉の体調不良も、もしかしたら『腹痛』ではなく『空腹』かもしれない。


「ドロップアイテムの中に鳥肉あったじゃない? あれを食べないかな? レアだし、元気になりそうな気がするんだけど……」

「芳三、肉は食べるか?」

「ぎゃー」


 聞いてみたが、どちらなのかはっきりしない返事だ。

 芳三も食べたことがないから分からない、とか?


「とにかく出してみようか。生かな? 焼いた方がいいのかな? ……私もからあげが食べたいな」


 鶏肉のことを考えていたら、無性にからあげが食べたくなってきた。


「からあげ……」


 ぽつりとそう呟いた虎太郎を見ると、とても切なそうな顔をしていた。

 待ち焦がれている人に会えない、みたいな……。


「からあげが好きなの?」

「好き」


 からあげのことだと分かっているのが、まっすぐにそう言われ、ちょっとドキッとした……。


「じゃ、じゃあ、宿のキッチンが借りれたら作るね」

「うん」


 今までで一番力強い「うん」に、思わず笑ってしまった。


「ぐぉ!」

「諭吉?」


 ずっと胸ポケットの中に籠っていた諭吉が元気に頭を出して来た。

 少し休んで回復した?


「もう平気なのか?」

「ぐぉぉ!」


 虎太郎が尋ねると、諭吉は元気よく鳴いた。


「よかったあ。もう、心配したよ~」


 今度は復活アピールなのか、パタパタと動かしている前足を突くと、私の指を掴んで遊びだした。

 強がっているわけではなく、ちゃんと回復したようでよかった。


「ぐぉっ!」

「宿に着いたら、一応休んでおきなよ?」

「ぐぉ~!」


 諭吉が回復したところで、村が見えてきたのだが……。


「あれ、村の入り口のところが騒がしいね。……あ、兵士っぽい人がいる」


 十人程度の兵士と、数人の村人が言い争っているのが見えた。

 まさか、私達を追いかけて来た? そう思ったのだが、どうも様子が違う……。


 そんなことを考えながら見ている内に、村人の一人が兵士に拘束された。


「あの捕まっている人……村長の息子さんだね」


 虎太郎に言われて見ると、確かにあの感じの悪い褐色『異世界版星野君』だった。

 彼が何か仕出かしたのだろうか。

 それとも、やっぱり……。


「奥村君……。私達のこと、探してるんじゃないよね?」

「多分、違うと思う。村は元々問題を抱えてたみたいだから、それじゃないかな」


 そういえば、他のところから支援を貰えないとか、そんな話を聞いたっけ……。


「でも、一応見つからないようにしようか」

「そうだね」


 虎太郎の言葉に頷く。

 すぐに身を隠そうと思ったけれど、この辺りは障害物がなかった。

 だから、早く移動しようと思ったのだが――。


 ……まずい。

 拘束されまいと暴れていた村長の息子と目が合ってしまった。


 お願いだから、私達を巻き込まないで……!


「おい、お前達! あの火の魔法で俺を助けろ!」


 私の願いは敵わず、村長の息子がこちらに向かって叫んだ。

 やっぱりシンプルに嫌いです!


「奥村君、どうしよう!? 放っておいて逃げたいけど……でも、いいのかな……」


 彼のことを助ける気は起こらないけれど、村長さんや村の人達は優しかった。


「村でお世話になっているしね……あ」

「? あ………」


 虎太郎の視線を追うと、村の中にいる人達がこちらに向けて、遠くを指差したり、手で払うような仕草をしていた。

 私達に「逃げろ」と言っているようだ。


「そう言われると逃げにくいよ……!」

「うん……本当に……」


 優しい人達を見捨てるようなことはできない。

 やっぱり、善意には善意で返したい。

 私と虎太郎は顔を見合わせ、苦笑いをした。


「仕方ない……助けに行こうか」

「そうだね」


 急いで騒動の現場に行くと、虎太郎が兵士達に向けて話しかけた。


「……あの、暴力はよくないですよ」

「なんだ? こいつの仲間か!」

「仲間ではないです!!」


 すぐに強く否定すると、村長の息子は私を睨み、虎太郎は少し笑っていた。

 事実だし、そこはちゃんと主張しないと……!


「こいつは我々の作業を妨害しただけではなく、国の重要設備も破壊した! 責任は取って貰う。お前達もこいつを庇うなら同罪だ!」


 私たち向け、そう宣告する兵士に村長の息子が怒鳴る。


「何が重要設備だ! 守り神様達のおかげで平和に暮らせてきたというのに……恩知らず共が!!」

「訳の分からんことを……! おい、黙らせろ!」

「はい!」


 兵士達は殴って気絶させるつもりのようで、拳を振り上げている。

 なんとかしないと……!


「一色さんは村の中に入って、今日覚えた魔法を……!」


 虎太郎は私に諭吉を預け、走って行った。


「! うん!」


 虎太郎が村長の息子を助けるから、私は村の人達を守って、ということだろう。


 私がそんなことを思っている間にも、虎太郎は村長を殴ろうとしていた兵士の腕を掴み、放り投げていた。

 ……すごい、かっこいい!


 今回は私だって役に立つ……!

 魔法を覚えたし、何度か緊張する場面を体験したからか、思った以上に落ち着いて動ける。


「さあ、私もやるぞ!」


 兵士はここだけじゃなく、他にもいるかもしれない。

 村の中にいる人達に手出しされないよう――。


「村の全部を包んで! 『花穂の檻』!!」


『全部』は無理かもしれない、できるだけ広範囲で……!

 そう思いながら魔法を発動させたら――。


『『はーい』』

「?」


 私のすぐ両隣で声がしたと思ったら、この魔法をくれた精霊達がいた。

 二人の足元から無数の巨大な蔓が、無秩序に籠を編むようにしながら伸び始める。

 そうして出来上がった蔓のドームが、すぐに村全体を覆い隠した。


「え? ……え? え、え?」


 何が起こっているのか分からず呆然としている内に、蔓の至る所から白い花が咲き、温かい緑の光を放ち始める。

 蔓は物質的には存在しておらず透き通っているので、中にいる村の様子は見える。

 空を見上げ、驚いている村人達の姿も見える。


「これは……隊長、中に入れません!」


 兵士の一人が村の中に入ろうとするが、見えない壁に阻まれている。

 私は村を守ることに成功した、ようだが……。


「しゅぎょ、すごいのでた……」


 びっくりしすぎて噛んでしまった。

 こんなことになるなんて……!

 呆然としていると、両側にいる精霊が私の腕にくっついてきた。


『悪い奴、もう入れないよ?』

『ぼく達偉い?』


『ぼくっこ』なのか、と思いながら頷く。


「うん……超絶偉いけど、もうちょっと地味にできなかったかな、っていう……。あと胸隠して……」


 私にラッキースケベは必要ないし、やっぱり虎太郎に見せたくない。

 きょとんとしていた精霊達だったが、意味が分かったのか胸に細い蔓をぐるぐる巻いて隠してくれた。


「ど、どうなっているんだ……」


 兵士の多くが、村を覆う蔓に戸惑って動けずにいる。


「すげえ……綺麗だ……」


 村長の息子は、すでに虎太郎によって助け出されており、他の村人達と同じように口を開けて見上げていた。


「……い、一旦戻るぞ!」


 兵士の一人が周囲に向けて叫んだ。

 その掛け声で呆気に取られていた兵士達が、慌てて動き始めたのだが……。


「『一旦』じゃ困るな」


 虎太郎が兵士達に向かって言う。


「次、来た時には……。『蒼炎の渦』」


 あ、芳三が虎太郎にあげたギフトだ、と思っていたら……。


 虎太郎が手を向けた何もない野原に、耳を劈くような轟音をあげて蒼い炎の柱が立った。

 騒ぎの間に暗くなっていた空が、炎の蒼に染まる。

 そして肌をじりじりと焼くような炎の熱気が、周囲に広がっていく――。


「ひいいいいっ」

「うわああああ!!」


 村や村人は私の魔法に守られているけれど、熱気と飛び散る火の粉に襲われている兵士達は腰を抜かし、転びながら逃げ去って行った。

 あの様子だと、もうここには来ないだろう。


「お、奥村君、すごいね……!!」


 私は思わず虎太郎に駆け寄ったのだが、虎太郎は今も燃え上がる蒼い炎を見て呆然としていた。


「奥村君?」

「一色さんの魔法を見て、僕も脅しに派手な魔法を見せようと思っただけなんだけど……想像の十倍凄かった……どうしよう……」


 困惑する虎太郎の気持ちがとても分かる。

 私も振り返り、蔦のドームに覆われ光っている村を見て『無』になった。


「どうしてこうなった……」


 兵士が去ったあとには、興奮して歓声を上げる村人達と、自分がやったことが想像の上を行きすぎて戸惑う虎太郎と私が残ったのだった。

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