第57話 住民、誘致!
クロレルの手先であったコレバスを味方へと引き入れて数日――。
その効果はさっそく現れていた。
クロレルシティ在住者だという数人が、さっそくトルビス村にやってきたのだ。
聞けば、住人を募集しているという噂を聞いて、移住できる環境かどうか下見に来たらしい。
聞いた限り、いろいろな職種の方が混じっていた。一応、荷物検査だけさせてもらってから村の中へと招き入れる。
「……噂に聞いていた話では、もっとゴミであふれて寂れた場所だということでしたが。思いのほか、活気があるのですね」
「そうでしょう? 捨てられているゴミもだんだんと整理を開始していますし、俺がここの領主になってからはゴミが捨てられることもなくなりましたから。
どうです、家もかなり整備したんです。住むには十分そうでしょう?」
俺は彼らに対して、村の案内を行う。
まず見てもらったのは、住環境だ。
移民を受け入れるにあたって必要だろうと、一般的な構造の家を建てて用意していた。
いいところばかりを見せても仕方がないので、村のある家々と同じ造りの簡素なものだ。
街にある見た目に美しいものではないが、住空間には自信があった。
「……リビングに、寝室。それに仕事部屋や炊事場……。どれも、街で暮らしていた頃と大差ない……。それどころか必要な物は、なんでもあるのですね……」
「はい、そこは一通り取り揃えています。共用ですが、シャワーやトイレも完備していますよ」
「な、なんと。街も外に出ればそんな設備はまったくないものとばかり……!」
まずは、かなりの好感触。つかみは上々と言えた。
となれば、畳みかけるほかない。
続いて俺が移住希望者を連れて向かったのは、例の工場だ。
といって、作業を見せるだけでは味気ない。俺は、部品を分解したものから作った魔導具の一部をそこに展示していた。
一人の男が手にしたのは、魔石からの力を利用することでゴミなどを吸引する掃除用品だ。
「見た目は、あまりよくないな……」
まぁね? もともとは部品の寄せ集めに過ぎない。
しかし、起動させるや否やその反応が変わった。少し近づけるだけで、埃などをあっと言う間に吸い取ってしまったのだ。
「すごい、これは商品化できるくらいの吸引力です。いや、既存製品以上の出来だ。これが代用品……。というか、捨てられたゴミからできたって本当ですか」
「えぇ、まぎれもない事実ですよ。一部の魔導具は、ここで組み立ても行っています」
「おぉ、それはいい! ここに移ったら、外へ向けた商売をするのも面白いかもしれませんね」
他にもいくつかの魔導具を紹介して、工場をあとにする。
その時にはもう、彼らの気持ちが移住に傾いていることは見えていた。
となれば、あと一押し……なのだけど、俺がそこで彼らを連れていったのは開墾したばかりでまだなにも植わっていない畑だ。
今は住人らにお願いして、土にたい肥を混ぜるなどの作業をしてもらっている。
「……ここは」
これには移住希望者らに、戸惑いの表情が浮かぶ。
想定済みのことだった。
都会で生きてきた彼らにとってみれば、泥臭い畑作業自体がそもそも見慣れない光景だろう。
だが、いいところばかり見せていざ移住してみたら思っていた生活と違った、というのではお互いによくない。
ならば、発展途上であるという現状をその目で見てもらおうと思ったのだ。
俺は努めて声を落として、語り始める。
「この村はまだまだこれから。発展の途上にあります。畑の面積は少なく、育てるノウハウも多くないうえ、周りには魔物の脅威もある。道の整備だって完ぺきではないし、医療施設が整い切っているわけでもない……。
だからこそ、みなさんの力を貸してほしいんです。あの街にいて、虐げられて家に籠るくらいならば、俺たちと一緒にこの村を盛り立ててほしい。下民だとか良民だとか、そういうのは、ここでは通用しない。みな平等に力になってほしいんです」
脅しではなく、すべて嘘偽りのない本音だ。
これで移住をやめると言うならば、それはそれだ。
興味本位で話だけ聞きに来たような人や、クロレルシティより快適に暮らせるからという目的だけで、ここへ来てもらっても困る。
この村に、それを受け入れるだけの余裕はない。
……そもそも俺の負担を軽減するため、って言う個人的な目的もあるしね。
果たして、どう受け取られただろうか。俺は息を呑んで彼らの反応を窺う。
「……私はここに住むよ。もうあの街にいて、ただ怯える生活はしたくない」
「俺もそうする。なんだか情けなく思えてきたよ、これまでの自分が。良民だとか下民だとか、関係ねぇよな。
この村の人は、こんなに頑張ってるんだ」
「あぁ分かるよ、その気持ち。わしも、この村の力になりたい……!」
そう言うと彼らの一部は自ら進んで、脇に立てかけていた鍬を手にすると、畑の中へと入っていく。
村人らと少し言葉を交わすと、おのずと作業を始めていく。
俺がクロレルとして統治していた時の住人と同じだ。
彼らは、何も変わっていない。
クロレルシティは崩壊へと向かい、街から活気が消えても、住人らの内側にはまだこれだけの情熱が残っている。
もともとあの街が発展した一番の原動力は、彼ら住民の力なのだ。
「ではお待ちしていますよ、みなさん。ご家族さまが暮らせる環境も整備する予定ですから安心して、お越しください」
彼らの帰り際、俺は一人一人と握手を交わす。
全員が充実をした表情で移住を約束してくれたのだから、間違いなく人手が増えてくれそうだった。
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