第56話 配下にしてくれと懇願される

この男をこちら側に引き抜き、逆に俺たちの諜報員として動いてもらう。

それこそがセレーナの提案であった。


「俺たちはあんたが仲間になってくれれば、逆にクロレルシティの情報を手に入れることができる。あんたが暗殺任務遂行中だと偽の報告をしてくれれば、しばらくは他の暗殺者が送られてくることもない。これだけでも十分なメリットだけど、まだ他にもお願いしたいことはある」

「というと……? クロレルの殺害ですか」

「まさか。そんな物騒なことは言わないさ」


というか死んでもらったら困る。あいつには最終的に更生してもらって、次期領主になってもらわなくてはならないのだし。


「簡単に言えば、人材の引き抜きだよ。クロレルシティから、うちの村に人を誘致したいんだ。だがあいにく俺たちは揃ってお尋ね者、気軽に街へ行けるような存在じゃない。そこで代わりに、その情報を市中に広めてきてほしいんだ」


これがうまくいけば、全ての問題が一挙に解決する。

人材不足はなくなり、街の人を救うこともできるうえ、俺たちは身の危険だって回避できるのだ。


「意図は分かりましたが、しかし拙者でなくとも誰か別の者に依頼する方がよいのではありませんか。仕事とはいえ、拙者はあなた方を殺そうとした人間。釈放するばかりか、仲間になど普通は……」


たしかに、それが普通の考え方かもしれない。

暗殺に手を染めたものを仲間に引き入れることだって、普通ならば避けられるべきだろう。


だがそんな常識にとらわれて、みすみす逆転の一手を逃すのはもったいない。


「仕事だったんなら、もう済んだことだよ。それに、あんたの腕が立つことは見ればわかる。手を貸してくれ、そうしたらこれまでの罪も見逃してやる。

悪い話じゃないだろ? あんたはもう殺しをしなくてもよくなるんだ。したくて暗殺業をしているわけじゃないんだろ?」


「……なぜそれを」

「さっきあんたがそこに投げたお守りだよ。大事な人からもらったんじゃないのか? それに見たところ、あんたはかなりの手練れだ。だのに、毒殺しようとした。直接血を見たくなかったのかも、って思ったんだ」


黒装束の男は顔をうつむけると、笑い漏らす。


もしかすると、大ハズレだったのかもしれない。こればかりは、根拠のないただの予想でしかないのだ。


「えっと、違ったか……?」

「いいや、そういうことではありませんよ。むしろ、その通りです。拙者は没落貴族の出自。そのため、このような仕事で家族の食い扶持を繋いでいた……」


「じゃあなんで笑ったんだよ」

「あなたの器が大きすぎるからですよ。これまで、何人も国の要人たちと顔を合わせてきたが、あなたほどの器の大きい人を見たことがない。

そんなことまで見抜かれたら、あなたについていく以外の選択肢はなくなります。

……アルバ・ハーストン様。改めて、どうか拙者を配下に加えていただきたい」


黒装束の男はそう絞り出すかのように言うと、自ら顔を覆っていた布を取り払う。

その素顔は、殺人なんて似つかわしくないほど優しげなものだった。


彼はその後、片膝をついてこちらに頭を下げる。ぽたぽたと床には涙の粒が落ちているから、よほど感極まっているらしい。


そのしばらくののち、彼は持っていた紙になにやら書き記すと、刀で指先を切り印を押し、俺へと差し出す。


「拙者、名をコレバス・ソンプトンと申します。一度は死んでいた身。この身を賭して、忠義をお尽くしいたします」

「やめてくれよ。忠義とか、身を賭すとか、面倒だから。やることをやってくれればそれでいい。クロレルのところみたいにブラック労働させるのは嫌いなんだ」

「……そうでありますか。では。おおせの通りに」


「うん、よろしく頼むよコレバス。じゃあさっそく一つ目の任務だけど、さっきの作戦実行に移してくれるか? まずはクロレルシティに戻って、任務が難航していることを伝えるとともに状況をおしえてくれ」

「かしこまりました……! かならずやご期待に添えてみせましょう」


そう言い残すと、コレバスは荷物をまとめて、さっそく家の外へと去っていこうとする。


「少し休んでいってもいいと思うんだけど?」

「どうしても、すぐに動きたいんです。あなたのためになるのならば休んではいられません」


窓の外へと飛び出して行ってからは、かなりの速さだった。


風属性の魔法を使えることもあるのだろう。あの分なら、クロレルシティまでもそうはかかるまい。


まだ夜も深い時間帯だ。

平穏が帰ってきた部屋には、しんと静かな空気が流れる。


無事に危機は回避できたのだ。とりあえず今日はめちゃくちゃ寝よう、うん。果報を寝て待とう。


そう考えていた俺に、セレーナが思い出したようにメリリへと尋ねる。


「そういえば、どうしてメリリがこの家にいたのかしら。それも、アルバのベッドの上に」

「……えっと、そ、それは……! あたしは、その……アルバ様と今夜こそ愛の契りをかわそうと……!!」

「今夜? 過去にもあったの? どういうことか詳しく聞かせてもらえる?」


これぞ一難去ってまた一難だ。

セレーナの誤解をとくのにしばらくかかったため、結局眠りにつくことができたのは明け方ごろになってからのことであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る