第54話 刺客


初期症状の段階で治療を終えられたこともあり、メリリの体調はかなり早くに回復のきざしを見せた。


「アルバ様、すいません、あたし……。あたしのせいでこんな事態に。しかも、こんなにお手間をかけて……! 余計なことはしない、を至上主義にしてるぼっちゃまに!」


いつもの調子が戻る。ほっとしたいところであったが、俺はうっすらとそれを感じていた。


何者かが上にいる、と。

さっきまでは焦っていたせいで気づけなかったか、今は向こうが焦っているゆえに気配がわかるのか。


俺は、天井へとナイフを数本放り投げる。


すると、どうだ。

梁とともに崩れ落ちてきたのは、黒装束を見に纏った小柄な男であった。顔の半分以上が覆われており、人相を窺えない。


「な、なぜ、拙者の居場所が分かった……!」


男はすぐに態勢を立て直し、部屋の角へと逃れる。


どうやら貴族の血を引く者らしい。風属性魔法を使って高速で去ろうとするが、速さで劣ることはない。

俺は土属性魔法・『土づる』により、家から去ろうとする彼の手足を拘束していた。


「なっ、魔法までこういくつも使えるとは話が違う……! しかもこの強度……」

「さて、話を聞かせてもらおうか」







黒装束の男は、状況を見るやすぐに観念したらしい。

隠し持っていたナイフや小刀などの武器(一部、お守りなんかも混じっていたが)を捨てて、その場に正座をする。


その素早い判断は、そうできるものじゃない。

こうして相対して感じる実力者の風格や、彼の身なり、起こった出来事から見るに、暗殺を請け負った仕事人なのだろう。


「……拙者の負けだ。煮るなり焼くなり好きにするといい」


それゆえに、覚悟も立派なものだった。

目を瞑り、正座をして首を前に突き出す。


だが、俺にはもう誰が依頼をかけたか見えていた。

仕事を受けた形のこの男に刑罰を加えたり、ましてや首を落としてやろうだなんて思いもしない。


「いや、煮ても焼いても食えそうにないから遠慮したいな。俺はただ話をしてくれればそれでいいんだけど」

「……それはできぬ。そういう契約だ」


男は頑なに、なにも答えようとはしない。

だから仕方なく相手の反応で確かめるため、勝手に推理を話してみることにする。


「まあ大方、クロレルとの契約で俺を殺しに来たんだろ。メリリはそれに利用された。彼女が俺を襲うように仕向けて、もろとも毒殺することを狙ったんだ。

理由もおおかた想像がつくよ。いい加減な政治ばかりして、クロレルの評判は地に落ちてる。だからあいつは、自分の代わりに家督を継ぐ可能性を残している俺を殺すことで地位の安定を狙った。そんなところだろ?」


と言って、暗殺を目論まれていることは予想外であった。

俺の存在など、クロレルの眼中からはとうに消えていると思っていたからだ。


が、奴の狡猾で捻くれた性格を思えば、念には念を入れて、俺の排除を目論むことはありえないことじゃない。


黒装束の男は、目を見開きそれを聞いていた。やがて詰まっていた息を吐きだして、ついに首を縦に振った。


やはり、推測通りだったらしい。

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