第52話 毒


クロレルが俺と入れ替わっているとき、メリリに手をつけようとしていた。


そんな恐ろしく衝撃的な事実が判明したものの、とりあえずは話がついた。


……そう思っていた翌日のこと。


「アルバぼっちゃま」


俺が目を覚ましたのは、またしても彼女に襲撃を受けたからであった。


「……メリリ」


俺は身体を起こす。

彼女は足音を立てないようゆっくり窓枠から降りると、ベッドのへりに腰掛けした。


またしても窓から入ってきた点はさておいて、昨日よりは数段落ち着いている。

少なくとも、そう感じた。


彼女をそう見せるのは、たぶん化粧と寝間着だ。

昨日は年齢に似合わず子供っぽい仕立てだったのが、今日はシンプルな絹のガウン。サイズ感も彼女の背丈にぴったりで、谷間がのぞくあたり、普段にはなく煽情的な趣をしている。


そして、化粧の具合も違った。

元来の整った顔が、さらに引き立てられていたのだ。

月夜に映える白肌に、紫色に近い朱のリップなど、その印象はかなり変わっていた。


思わず見つめてしまっていると、彼女は俺の肩に頭を預ける。


いつもよりさらに甘い匂いに、頭がしびれた。


「な、なにをしにきたんだよ、昨日の今日で」

「……昨日言いましたよ、あたし。これからは本気でぼっちゃまを……、いえ、アルバ様を落としに行くと。なのでさっそく来たまでですよ」


十年来の呼び方が変わった。

それは、変化させたいという意志の表れなのだろう。そこに驚いていると、彼女は俺の髪をまとめるようにして、首裏へと手をやる。


「さぁ、あたしは覚悟できていますよ。逃げないなら、このままキスしますから」


まるで昨日と同じ展開だ。

メリリは目を閉じると、とんがらせた唇をそっとこちらへ寄せてくる。


そこで電流が走ったようにある記憶が頭を駆け巡った。


「この匂い、嗅いだことがある……」

「えっ」


たしか、俺がまだクロレルと入れ替わっている時のこと。


この香りを嗅いだのは、街で横行していた闇市を極秘視察に行ったときのこと。

そのとき出回っていた違法化粧品と同じ香りだ。


俺はすぐさま、枕元に置いていた魔導灯をつける。


「ちょ、アルバぼっちゃま。そんなことをしたらセレーナ嬢に……」


と、メリリは焦る。

実際、セレーナを起こしてしまったらしく


「……どうしたの、眩しい。というか、どうしてメリリが?」


彼女は寝ぼけまなこをこすりながら、首をかしげる。

だが、状況を説明している場合でもない。


「あとで言うよ。起こして悪い。とりあえず、だ。メリリ、顔をよく見せてくれ」

「うえぇっ!? そ、そういう趣味ですか。あえて見せつけてやる、とかそういう高度な趣味ですか、アルバ様……! って、ふえ?」

「違うよ、ちょっとだけ動かないでくれ」

「ひゃ、アルバ様……! は、はいぃ!!」


俺はぎゅっと目をつむるメリリの唇に親指をかける。

ぽつぽつと白く膨れているその特徴を見て、俺の嫌な予感は確信へと変わった。


「それ、毒ね。ジギタール、遅効性の毒よ」


横からセレーナもこう補足するのだから、間違いない。

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