第39話 暴走メイド(26)は止まらない


幼少期から約10年ほど、俺にはずっとお付きのメイドがいた。


それがメリリだ。


最初に出会った時、俺が8歳で彼女が16歳。

はじめはメイド研修として入ったのだが、そのまま俺の担当となった。


「羨ましいよ、アルバ。あんな可愛い使用人がついてるなんて、そうないぞ?」


王都にある貴族学校に通っていたときには、学友から羨ましがられることもあったっけ。


たしかに、その見た目は可愛らしい。

そして10年の月日を経ても、その可愛らしさはまるで変わらなかった。


不変である。



年上に言うのもなんだが、まるで小動物のようなのだ。

くりっとまるでガラス玉みたいに丸い目、それがはまる乳白色の肌、150に満たない小さな背丈であるあたりなどはとくにそう。


唯一、小動物らしくないものといえば……


他のあらゆる要素に見合わないほど豊かな胸くらいだろうか。


「ああ、ぼっちゃま、アルバぼっちゃま!!」


ほら、このはしゃぎようもなんとなく子犬みたい。


彼女は腰元まで届こうかという黒髪ロングのツインテールを揺らす。


ずっと、こうだ。昔からずっと、彼女は俺にべったりくっついてくる。



それを見て、青いため息をついたのはセレーナだ。

怜悧な瞳で冷たい視線を流してくるのだから、なにからなにまで真逆の存在に見える。


「……で、誰よこの人は」

「それは、こっちのセリフですよーだ。あなたこそ誰ですか。あたしはアルバ様と永遠を誓い合った仲ですけども」


いや、そんな記憶はないんだけどね?


こんな貰い事故みたいな形で、セレーナに誤解されては困る。

俺は、すぐさま話を遮って訂正へと入った。


「この人は、メリリ。俺の世話役を任されていた元メイドなんだ」

「ふーん、ということは20半ばなの? これで? ……すごいわね、いろんな意味で」

「すごいんだ、いろんな意味で」


メリリはそれを聞いて、「そうでしょ!」とでも言わんばかりに腕を腰に手をやり、ドヤ顔をして見せる。


「まぁあたしぃ、永遠の18歳なんですけどねっ!」

「いや、26だろ、たしか」

「あらあらまぁまぁ! ぼっちゃまったら、あたしの年齢を覚えてくださって………あ、今のなし! 18ですよ〜、やだなぁ」


いちいち身振りが多いのも、彼女の特徴だ。


手首を前へと振って、「やめてくださいよ」と笑う。


それを一瞥して、セレーナはふっと口端を吊り上げた。

メリリはそこに、ただの苦笑ではない何かを感じ取ったらしい。実際、俺にも少しだけ分かってしまった。


「あ、なんですかその顔は! 勝ったって思いましたね、今!? 若さだけがすべてじゃないんですけどぉ!?」

「……18って自称してる時点で、若さに価値があると考えてる証拠だと思うけれど」

「なっ、そういう的確なことは言わないでください!!」

「それはそうと、ご飯は作ってくれるのかしら。私もアルバも暇ではないのだけど」


ほとんどセレーナが圧倒していると言って、よかった。

それこそ年齢差など関係なく、メリリはたじたじだ。


だが、やられっぱなしでは気が収まらなかったのかも知らない。

彼女はまるで獣みたいにうめいたあと、ついに反撃へと出る。


ちょこちょこ歩いてカウンターから出てくると、セレーナに近づく。


「ご飯は作りますよ。でも、食べるときは、帽子を取るのがマナーです!!」


そして、その帽子を剥ぎ取ったのだ。


「さぁ、これでどんな人か分かりますね! どれどれ……」


メリリは、正面からセレーナの顔を覗き込む。

そして、それきり固まってしまった。だんだん姿勢を崩していき、やがて尻もちをついた。


「なによ、人を化け物みたいに指さないでもらえる?」

「……も、もしかしなくても、あなたって! アポロン家のセレー―――」


ぎりぎり間に合った。

俺は慌ててしゃがみ、叫びかけるメリリの口元を押さえにかかる。


彼女は少しだけじたばたともがいたものの、すぐにおとなしくなった。


「あっ、アルバぼっちゃまの匂い……! もっと嗅ぎたいかも! あだもう少し強めに抱き寄せてもらってもいいでしょうか!」

「切り替え早いな、おい」


理由は、ひどいものだったけれど。

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