第32話 クロレルの悪口をいったら……?


「だとしたら、すごい腕だ。

 本当に助かった、いや助かりました! 今日の今日壊れたものだから、夜営業ができなくなって困っていたんです。

 ただでさえ場所代にかかる税も厳しいですから……」


依頼主さんはそこで、はっと口をつぐむ。

辺りを見回したと思ったら、そそくさと代金を払って自分の屋台へと戻っていく。


ここにも、クロレルの悪政が影響を及ぼしていたようだ。


……街の経済が立ち直るまで、この屋台街の場所代は0にしたはずなんだけどなぁ。


だがお金を払わなければならないことがわかった以上は、しっかり稼ぐ必要もある。


それもこれも食料を買い込むため……! より質のいい藁を買ってベッドをグレードアップするため!


悲壮な決意で気を入れ直す俺だったが、見ればまた一人カウンターの前に並んでくれている。


そうなってからは、客足が途絶えなかった。


「たったそれだけの価格で直してくれるのなら、ぜひ! 鑑定もお願いしたい! 俺は貴族の端くれなんだが、どの程度魔法の才能があるか見てくれるか!?」

「うちもお願いします〜。ダンスの時にお気に入りのスカートが裂けちゃって。

 凄腕の修理屋さんがいるって聞いて、家まで走って返って持ってきたんです!」


などなど。


要望は種だねあるが、すべてにきっちり応えていたら、やがて待ちの列はどんどんと伸びていく。


なんとかそれを捌ききると、カウンターに手をついて2人頭をもたげた。

かなり激しい労働だった。これは帰り道にブリリオの背中で寝ること間違いなしだ。


「みんな、もしかすると普通には修理屋に物を持ち込めないくらいお財布が厳しいのかもしれないわね。今回は、お安めの値段設定だったもの」

「……やっぱりクロレルの政策のせいか。ここも搾り取られる対象ってわけだな。そもそも低所得者向けの施策なのに。ひどいことするよ、まったく」


3ヶ月とはいえ、俺が統治していた街である。

今やなんの権力もないけれど、どうにか立て直しに貢献できないだろうか。


「そうだ、たとえばここの屋台を一新するとかっていうのはどうだろ――って、あれ」


思いつきを口にしたところで、違和感に気づいた。

どういうわけか周囲にざわめきが走っている。


「おいおい、まじかよ……、あいつ。近くに奴らがいるってのに、あんなにはっきりと……」

「ちょっとお前、やめとけって。お、俺は知らねぇからな!」


客足がどんどんと遠のく。屋台を営んでいた連中までもが店を放置して逃げ出してしまう。

そうして、人気がなくなっていく中心で俺はいまだに状況を掴めない。


「えっと、なにかあったのか? 俺か? もしかしてバレたか?」


セレーナに聞くが、彼女はこてんと首をひねった。


「さぁ? 気付かれるようなことはなかったと思うけど? でももしかすると、まずいこと言ったのかもしれないわね」

「そんなこと言った覚えはないんだけどな」


自らの発言を振り返ってみる。


やっぱり思い当たることがなくて眉間に皺を寄せていたところ、こちらに向かってくる集団があった。


彼らが横を通ると、逃げていた人々は一斉に道を開ける。その中をふんぞりかえって、睨みを効かせながら歩いてくるのだから、穏やかではない。


そして、その集団は俺たちの屋台の前で立ち止まる。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る