第30話 正面から入らないなら壁を越えればいいじゃない

ダイさんに見送られ、俺たちが再び森の中へと出たのは昼頃であった。

その足で向かうは、正門からも西門からも遠い、壁の前だ。


高さ約30メートルほど。

それが街中を囲うように聳え立っているのだから、もはや要塞である。


「どうするつもりなの、アルバ。そうそう侵入なんてできないわよ、こんなの。

 ……って、分かっちゃったわ。もしかして、飛び越えて入るつもり?」

「え、そのつもりだけど?」


「…………やっぱりそうなのね、まぁアルバならできるかもしれないって思ったもの。でも、中から見られたりしないの? こんなところに上がったら目立つんじゃ」

「いいや、それなら大丈夫だよ。この街の警備隊たちは、この高すぎる壁を信用しきってる。壁の見張り兵なんて、一人もいないんだ」


それくらいのことは、このクロレルシティを統治していた時に把握済みだ。

試しに一度この壁を越えさせてもらったこともあるが、誰にも見られなかった。


「じゃあセレーナ、えっと、抱えさせてもらってもいいか?」


俺はセレーナに両手を開いて差し出す。


口に出してから、なんか恥ずかしくない、今の? と急に照れがのぼってきて顔が赤くなった。

セレーナがなにか答える前に引っ込めようかと思っていると、彼女は俺の方へと寄るとそこでくるりと反転する。


「じゃあお願いね」


そして、こう頭を胸に預けてきた。

さらには顔を上げて、下からのぞきこむ。


ここまで無防備に預けてもらって、勇気が出ないわけがない。

俺は態勢を低くすると、彼女の膝裏と背中を抱えて、いわゆるお姫様だっこ。


鼻をくすぐる甘い香りにどきりと胸を高鳴らせつつも、風魔法・『高跳躍』を発動した。

これは足に纏わせた魔力を、垂直方向に強く発することで、高跳びを可能にする魔法だ。


「高跳躍、ね。でも普通はどれだけ鍛え抜かれた人でも、せいぜい10メートルよね」

「まぁ、俺も20メートルぐらいが限界なんだけどな……っと」


俺は途中で壁にあったわずかな段差を蹴りあげ、そこからさらに上へと跳ねる。


そして、無事に壁の上に着地することができた。


「……いい景色ね。街が一望できる。あれが建築中の例の賭場かしら」


普通なら、この状況まずは怖がるところだけどね? 肝っ玉の座りようは、さすがの一言だ。


「うん。でも、景色を楽しむのはまた今度にしようか」


俺は次に、壁から飛び降りる。

ここでも使うのは、風属性魔法だ。足裏からの魔力をうまく扱いさえすれば……


「今、壁を歩いてるわね」

「あぁ、うん。変に音を立てないほうがばれないだろ」


こんな芸当もできる。


高さなら30メートルは相当だが、歩く距離としては短い。


最後は、真下にある廃墟のような路地裏に音を立てないようにゆっくり降り立てば、無事に潜入成功だ。


「まったく危なげなかったわね、ありがとアルバ」


セレーナが俺の腕の中から、こちらを見上げて言う。


そのパープルの瞳は、美しすぎた。近くで見ると宝石が砕いて散らされたかのよう。

彼女の熱が気づけば腕全体に伝わっていたこともあった。


ばくばくと跳ねる心臓に血を持っていかれたせいか、そこでくらりとする。


つまりなんというか。

一番危なかったのは、セレーナの色気だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る