第25話 伝説の聖獣は俺に名前をつけて欲しいらしい

サントウルフが言葉を発している。


そんな不可思議極まりない状況にも関わらず、他の誰かが気づいている様子はなかった。


「どうしたの、アルバ」

「……セレーナにも聞こえないのか?」

「なんのこと」


こうなると、魔力が原因でもなさそうだ。

俺は上を見上げ、当のサントウルフに尋ねる。


「……どういうことだ? 何で周りには聞こえてないんだ?」

『我らサントウルフが人と会話を交わせるのは、信頼に足ると決めたただ一人のみ。その一人が死ぬまでは、その者以外とは口を聞けぬ。私は、お主をその一人と見込んだ』


治療が終わるまでは考えてもみない。まったく思いがけない展開になっていた。


俺はつい言葉をなくしてしまう。


『ここを出してはくれぬか。心配はいらぬ、お主らに危害を加えるようなことはせぬと誓おう』


なかば呆然としていたからか、気づけば頼まれた通りに動いていた。


「開けて大丈夫なの、アルバ」

「あぁ、彼がそう言ってる。嘘をついてる感じはしないから」

「…………本当に話せるようになったのね。成熟したサントウルフは選ばれしただ一人とだけ言葉を交わせるようになる。ただの伝承だと思ってたけど」

「はは。嘘だと思うよな、普通」


まぁ普通は信じられない。俺だって未だに半信半疑だ。


「ううん、思わない。これでも結構信じてるのよ、あなたのこと。もちろん勘だけど」


だが、セレーナがこう言ってくれたから嘘ではないと思えた。

俺は柵にかけていた錠を外す。


すると、彼は中からゆっくりと出てきて、その場に座した。

改めて、かなりの大きさだ。よく柵の中に納まっていたなと思うくらい。


真下から見上げれば、夜空が見えなくなる。身体を寄せられ、尻尾を巻かれると、すっかり身体が収まってしまう。


たぶん彼がその気になれば、一口で食べられてしまう。


だが、彼はそれをせず優しい頬擦りをする。


『改めて、さきほど暴れたことを詫びよう。そして礼を言う、アルバ。この身を、そして我が息子を救われた。その勇敢さ、そして優しさに敬意を表する』

「……俺だけがやったことじゃないんだけどな」

『ふっ、謙遜せずともよい。お主が我が子の食べてしまった魔導具を内側で破壊し、治療までしてくれたことはさきほど聞いた。

 さっきの治癒といい、それほどの芸当をいくつもできる人間は、何百年と生きてきたがそうはいなかった』


何百年と聞いて、その生命の長さに驚く。


ただ体が大きいわけではない。

その身体には、長い長い歴史が刻まれているのだ。


そして、それは決していいものだけではない。

欲をかいた人間による悪行に苦しまされてきた時間の方が、長いに違いない。


「それだけのことで俺を信用していいのか? 俺もこのバカな役人たちと同じ人間だぞ。もしかしたら、捕まえて狩るつもりかもしれない」

『その点なら問題ない。この目で、お主だと見込んだのだ。お主の目には、悪意がない。それはこの子も言っている』

「…………フスカが」

『ふふ、もう名前を与えられていたとは。先を越されてしまったようだ。だが、いい名前だ。私にも名前をくれはせぬか』


それは、よもやの申し出だった。

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